2016/01/01

『ふなふな船橋』/吉本ばなな

4022513098 ふなふな船橋
吉本ばなな
朝日新聞出版  2015-10-07

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何といえば良いのか凄く難しい。リアリティのあるオカルティックストーリーテリングとしては、『N.P』のような初期の作品ほどのパワーを感じることはできなかったし、全体的に密度が薄いというか、イベントが起きた際のそのイベントの突拍子もなさで一気にテンションが上がる場面と、そうでない場面との密度・落差が大きくて、どっぷり浸れた、という読後感ではありません。ましてやふなっしーなんてとてもポップなキャラクターを主軸に据えて、まるで「船橋マーケット」は手堅く抑えて、というマーケティングを見てしまったり。

けれどこの物語では、ふなっしーは重要な意味がある。主人公の花と、別れた恋人俊介は、現代の日本の資本主義経済下の二つの典型的なスタンスを代表していて、俊介は老舗のそば屋の跡取り息子でいわゆるエスタブリッシュメント、花は小さいけれど文化的な熱意を持った書店の店長でつまり小商い。一度振られた花が、復縁を申し込まれた俊介を、迷いに迷った果てに逆に袖にする。俊介は花と別れて別の女性と付き合っているけれど、その女性に「1か月だけ自由にしてほしい」と言って君に会いに来た、という。それはつまり、「滑り止め」の保険としてその女性はキープされている、ということで、その用意周到さもエスタブリッシュメントの特徴と言える。それに対して花は「「なんのために」とか「どうなるために」がない人たち」が良い、と言う。この二人のスタンスの違いを象徴しているのがふなっしーで、花にとってはふなっしーは心の拠り所となる大切な存在だけれど(そしてなんであれ人の心にはその人が納得できる心の拠り所が必要なのだと語る)、俊介にとってふなっしーは藤子不二雄などの物語キャラクターに比すると「格が違う」ということになる。人の心の拠り所はそれぞれに個人的なもので、だから較べることでしか現れない「格」など無関係なのだが、エスタブリッシュメントはその考え方を受け入れる訳にはいかない。それを受け入れることはエスタブリッシュメントの存在基盤を脅かすからだ。

問題は、この小説がそうした「小さなお金で生きている人たち」に力を与えられる小説か、ということだ。そうした生き方にこそ、お金に対する正しいスキルが必要で、だから花も「経理の勉強をして店長になった」というような描写がある訳だけど、この小説が、果たしてそういう生き方を志そうという人を増やす力を持っているかと言われると、考え込んでしまう。そういう生き方をして苦しんで傷ついた人を癒す力は持っていると思うけれど、そういう生き方を選ぶ人を増やして世の中を変えていくような力は持っていないんじゃないか、そもそもそれは志向していないんじゃないだろうかこの小説は、とそんな風に思ってなかなか難しいと思ったのでした。

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2015/12/06

『服従』/ミシェル・ウェルベック

4309206786 服従
ミシェル ウエルベック 佐藤優
河出書房新社  2015-09-11

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今年の始め、「今年は宗教について読まなければいけない」と思い、大して読めないまま、今年最後の読書になるかもしれないと思う『服従』が強烈に宗教(と政治)を考えさせる一冊だった。

2017年(以降?)のフランスで、イスラーム同胞党が与党となり、フランスがイスラームの国へと変容する。そこに至るのは、極右政党国民戦線が得票率首位の中、UMP・民主独立連合・社会党が「拡大共和戦線」を立ち上げ、イスラーム同胞党を支持し、イスラーム同胞党が大統領を輩出する、という流れ。つまり、極右とイスラーム、どちらを「否定」すべきか、という問いの答えとして、「イスラーム」が選ばれたのだ。イスラームの政策主張は一点、教育に関してだった。

男尊女卑、一夫多妻、貧富の差拡大、家族主義。そして何より大学はイスラーム信者でなければならない。みないわゆる「前近代的」なイメージがするのに、登場人物はみなそのイスラーム化したフランスに不都合を感じているようではない。これでいいではないか、と言わんばかり。もちろん世界にはイスラームの教えに則って運営されている国があり、その国の国民が文字通り「不自由」で不幸な生活なのかと言うとけしてそうとばかりは言えず、豊かとは言えずとも心満ち足りた生活を送っていることだってあり得るだろう。であれば、フランスだってイスラームを選択しても何らおかしくはない、ということ。そこには「貧富の差が拡大」するという、為政者がそうだと認める事象があるけれども、行ってみれば人間中心主義の近代ヨーロッパにしても、芸術文化の力を開花させることができたのはそのシステムの中での著しい富の集中だった。であれば、貧富の差が拡大する社会の中にあっても、貧困層が不満を感じないシステムのほうがより優れたシステムではないのか。

しかしそれは「服従」が可能にするシステムだ。「服従」はなんら問題を孕まない姿勢なのか。それはかつての極右の変形を新たに生産することはないのだろうか。11/13の日経ビジネスオンラインの「ア・ピース・オブ・警句」の「安倍政権支持率回復の理由」で、”具体的には、「自分でない誰か」に決断を丸投げにしたい欲望を抱いたということだ。”という一文を読んだところだった。

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2015/11/04

『偶然の科学』/ダンカン・ワッツ

4152092718 偶然の科学
ダンカン・ワッツ Duncan J. Watts
早川書房  2012-01-25

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経営戦略全史』の終盤に出てきて気になったので。気になったポイントは「過去から学ばない」「結果だけで見ない」という論旨と、『偶然の科学』というタイトル。『偶然の科学』というタイトルからは『偶然とは何か』のような内容を想像したけれど、偶然そのものを科学するというよりも、社会学において事象はほぼ偶然なんだよ、という意味に取れた。だから、「過去から学ばない」「結果だけで見ない」。人間は現在の事象について、過去からの因果関係で、それが必然だとして説明したがるけれども、物理学などと違い、一度きりしか起こらない社会現象について、それが過去の出来事群からの因果と証明することはできないし、多様な出来事のすべてを考慮することもできない、だから、起きたことはすべて「偶然」であり、「過去から学ばない」のが最善の戦略であると述べる。

これは「計画」を捨て去るという点で、今までの自分の生き方を大きく転換しなければならず、少なくない心理的抵抗がある。計画性はこれまで人間性の重要な一要素と信じて疑わなかったところ、「柔軟性」の元に、当初計画をどんどん変更していくのが最善なのだ、ということだから。これは頭では判っていても、「とにかくやってみりゃいい」式の「いい加減さ」を受け入れがたい人間にとってはかなりハードルの高い転換。不確実性の名の下に朝令暮改を繰り返すことを是とした風潮を思い出す。

ここで必要になるのも、やはり「何のためにそのスタンスを取るのか」という目的意識であり倫理観であり道徳観だ。なぜ、細かい軌道修正を繰り返すのか?その答えの先に、受け入れられる土壌がある。

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2015/10/12

『ビジネスモデル全史』/三谷宏治

4799315633 ビジネスモデル全史 (ディスカヴァー・レボリューションズ)
三谷宏治
ディスカヴァー・トゥエンティワン  2014-09-18


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  • 金融。両替商が為替業の元祖、くらいの理解しかできていなかった。直接決済の時間差決済というビジネスモデル、ということを認識したが、完全には理解できていない。
  • 「神の御技である芸術家を支援すること」ジョバンニ・ディ・ヴィッチ。社会的地位をあげるための有効な手段がパトロネージュ。パトロンの理解。芸術を愛しているからではない。
  • A&P、百貨店、GMS、CVS、大規模店の「売り方」ビジネスモデルの変遷が難しい!チェーンと百貨店くらいまでは直感的に理解できるけれど、GMSと大規模店は自分の言葉で説明できない。
  • 行動主義』を読んだ際、「今年は去年と、来年は今年と異なる洋服を纏いたいと思うものだ」と、変化したい欲望を自然なものと断定していたけど、それはGMが開発したビジネスモデルと知り、消費資本主義という言葉がようやく理解できたと思う。
  • オークネットとリンカーズ。恥ずかしながら日本の革新的ビジネスモデル開発企業を知りませんでした。もう少し調べて知識を増やしておきたいです。
  • 「そのヒマこそがわれわれヒトの本質なのです」ここにも暇倫

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2015/10/11

『HHhH(プラハ、1942年)』/ローラン・ビネ

4488016553 HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)
ローラン・ビネ 高橋 啓
東京創元社  2013-06-28


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自分は本当に何も知らないのだなあと打ちひしがされた一冊です。

Himmlers Hirn heiβt Heydrich. タイトルの『HHhH』はこの文章の略で、意味は「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」。この小説は、ナチのユダヤ人大量虐殺の首謀者・責任者のハイドリヒを、ロンドンに亡命したチェコ政府が暗殺を企図した史実に基づいて描かれています。まずヒムラーもハイドリヒも知らなかったし、チェコ政府がロンドンに亡命したことも知らなかったし、ナチの重要人物を暗殺しようという計画とその実行も知らなかったし、リディツェも知りませんでした。『ソハの地下水道』を読んだときも思いましたが、ナチが猛威を振るっていたあの時代に、市民レベルで抵抗を続けていた事実が、ポーランドやチェコやハンガリーには存在するという事実が自分には理解を超えていて咀嚼することができないくらいです。ローラン・ビネは小説の終盤で、「こういう人たちにこそ敬意を払うべきだと一所懸命頑張りすぎた」と述懐します。ハイドリヒ暗殺計画である類人猿作戦の存在すら知らなかった私にとってはガブチークとクビシュが暗殺実行のために躍動する様とその胸の内模様はもちろん衝撃的過ぎてただただ茫然と読み進めるしかなかったのですが、そのガブチークとクビシュを支援する一般市民達が、一般市民であるが故に同じ一般市民である自分の胸にどうしようもないくらい深い深い釘を刺していきます。「お前ならどうするか?」という。

我々日本は、その暴力に対し、自分たちで抵抗することができなかった歴史を持っている国です。その事実を小説として、もしくはドキュメントとしてでも、あるいはニュースの中ででも描くときに、ビネのこの言葉は思い起こされるべきだと思います。

ありうるということと、まぎれもない事実であることは違う

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