2014/04/15

『里山資本主義』/藻谷浩介

4041105129 里山資本主義  日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)
藻谷 浩介 NHK広島取材班
角川書店  2013-07-10

by G-Tools

この本は詰まるところ、地方の閉じた経済圏内で、資源を有効活用して収支安定を計るという施策の「実行可能性」と、「収入を増やすことよりも、支出を減らすことを考えましょう」ということの2つに自分の中では尽きました。

「支出を減らすことを考える」際、今までは年金をカットするとか、高齢者の医療費負担を上げるとかが主だったと思いますが、「エネルギーを自作することで、エネルギー費用を縮小する」という方策は新鮮でした。ある程度実現可能性もある。だから、本当にそんなことができるのか?という気にかかり方ではなく、気になったのは「これまで地域の外に支払っていたお金が地域に残る」という発想でした。そして、周防大島の瀬戸内ジャムズガーデンのように、地域の外から人を呼びこむことによってお金を稼ぐ、という発想、これは正に「外貨を稼ぐ」発想と近いように感じます。もちろん通過は同じ国で円なので外貨を稼ぐ訳ではないですが、日本の中でラインを引いて、自分たちの領域内から外に出るお金をなるべく減らし、領域外の人が使うお金を増やすことが望ましい方向ということだとすると、やはりそこには「成長」がないと格差が開いていくだけなのではないか、と考えてしまいます。

少し話がそれますが、ふるさと納税もこれに近い違和感を感じるひとつです。どうして他都道府県の人がお金を使ってくれたら、それに対して特産品とかの特典をつけなければならないんだろう。その地域に住んでいて、真面目に住民税を払っている住民に対してこそ、まず何か特典があって然るべきじゃないのか?住民が支払う住民税は土台であってベースであっていわば当たり前のお金なのでそれに対してお礼は全然考えません、でも非住民の方がくださるお金は上積みなので、インセンティブを出してどんどん追加がくるようにしましょう、ということだと思うんだけど、これって正直者がバカを見ると言ってるに等しくて、でもそれによって助かる地域の生産者がいたりする訳で、結局「経済最優先」になってしまっている。健全な社会に生まれ変わらせるなら、こういうところは正していかなければならないと思う。

ちょうどこの本を読み終わるくらいの頃、藻谷氏がニュースステーションに出ていて、里山資本主義というのは何も大仰に「電気使うのやめましょう」と言っている訳ではなくて、できるところからやればいいということと言っていたのを聞いた。領域外に流れるお金を減らす策を突き詰めるとすれば、節約できたお金が向かう先が領域内になるのかどうかがこの話の決めてじゃないかなと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/04/13

『1971年 市場化とネット化の起源』/土谷英夫

1971年
1971年 土谷 英夫

エヌティティ出版  2014-01-17
売り上げランキング : 18935


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

変動相場制への移行を導いたニクソン・ショックと、インテルの世界初マイクロプロセッサ発売の1971年。著者はこの2つの出来事を現代に至るエポック・メイキングとして、1971年を「市場化とネット化の起源」とする。IT業界に身をおいているのに恥ずかしながらマイクロプロセッサが世に登場したのが1971年と知らず、ニクソン・ショックと同じ年にマイクロプロセッサが登場していたんだという事実に少々感動してしまいました。確かにこの2つの出来事が、(良し悪しは関係なく)現代の世界のかなりの部分のベースであることは否定できないので、「起源」という著者の表現は彗眼と思います。

著者は成長のない経済は成立しないという趣旨で話を展開していると思います。また、その反証として「オキュパイ・ウォールストリート」もいつの間にか下火になったという現実を冷徹に記載しています。それと、ハイエクの「合理的な経済を実現する統合的な一つの知は存在しない」ので、多様な不完全な知の集合が全体として合理性に近づく、という趣旨を最後に展開するのですが、IT業界に身を置く私としては、1971年のマイクロプロセッサ登場とともに始まり、何度も何度も「全能」を唄いながらキャパシティ不足や処理能力不足で不完全なもので終わってきたデータ分析が、昨今、いよいよビッグデータという言葉とともに(少なくとも市場(マーケット)的には)完成形を迎えつつあるように見えるなかで、「多様性」は今後も求められるのか?その辺りが次のエポックと考えて、読むテーマを意識していかなければいけないのかなと考えています。

続きを読む "『1971年 市場化とネット化の起源』/土谷英夫"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/02/11

『テトラポッドに札束を』/和佐大輔

会社の人に勧められて、わざわざ勧めてくれるくらいだから世間での会話の共通言語ではあるのだろうと思って読んでみましたが、結論としては読まなくてもいい本でした。私に残った興味は、著者は自身のビジネスの黎明期の収入に関して、確定申告をしているのかなということくらいでした。

このタイトルから連想する内容で、読んで得られると期待することは大きく2つあると思っていて、一つは超実践的なネットビジネスノウハウ、もう一つは半身不随という厳しいシチュエーションに置かれた方のタフなメンタリティ。だが、前者はそもそもそのノウハウで稼いでいるので本で公開されるはずもなく、後者に関しては文面は丁寧なんですが胸に迫ってくるものはあまりありませんでした。最もこれは個人差があることだと思います。

端的に言うと、彼が成功した要因の多くは先行者利得であって、彼のスタンスや精神性や向学心とはあまり関係がないと思います。もちろん、あの時代にインターネットに目をつけたこと、更にそのインターネットに目をつけるに至った理由が不慮の事故だったというところで、「不慮の事故にあってもそれを恨むのではなく現状を受け止めて前を向く」という教訓や、「インターネットといった先進的な技術を意欲的に取り組む」というスタンスを学ぶことはできますが、この手の教訓やスタンスを鮮烈に心のなかに印象付けるような文章にはなっていないと思いますし、こういった教訓やスタンスを身につけたいと思っている人は、本著を読む前にすでにこの教訓やスタンスは少なくとも頭のなかに入っていると思います。

タイトルはもちろん『アルジャーノンに花束を』にかけていて、かつ、敢えて「札束」とヒールな空気の表現を使いつつ実は自分を半身不随にしたテトラポッドに感謝をしているということを伝えている捻った構造なんだと思うのですが、花束が札束に変わっていた通り、金銭的な成功を伝える以外のものは私にはありませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/02/09

『クォータリー マグナカルタ Vol.05』/島地勝彦

4864911061 クオータリー マグナカルタ Vol.05 WINTER 2013
島地 勝彦
ヴィレッジブックス  2013-12-20


by G-Tools

「税金から逃げるのは誰だ」というオビの文句に心を鷲掴みにされて購入。その特集はどの記事も興味深かったです。中から二つ:

「税金と共同体 租税回避と国民国家の解体/内田樹」

ここ最近ブログに書かれていたのと一貫した趣旨で、グローバル化による流動化に対する批判が展開。私はグローバル化については「程度問題」と捉えるのが適切と思っているので、グローバル化を全面否定するに近い論調には馴染めないのが正直なところなのですが、「自民党改憲草案」の22条改憲案が、「公共の福祉に反しない限り」が削除されているという指摘の部分はなるほどと頷いた。ただ、日本を見限るのは何も富裕層だけではない。このあたりの時代の変化を直視した上で、「日本に税金を納める」気持ちにさせるのは何かを突き詰めないと、この議論は何の意味もないように感じた。そうでないと、「日本に生まれた限りは日本に税金を納めるのが当たり前だろう」という精神論の域を出ないし、それこそ「古いスローガン」を振り回す側とやってることはなんにも変らないからだ。
「税をめぐる不都合な真実」/橘玲
「日本国の行政経費は国家予算90兆円に地方自治体の歳出や公的年金・医療保険など社会保障関連支出80兆円を加えたおよそ170兆円だ。これを20歳以上65歳未満の労働可能人口8000万人で割れば、一人当たりの人頭税は年間200万円強になる。これで、所得税や法人税、消費税はもちろん、年金や健康保険料もなく、国債の発行で将来世代に負担を先送りすることもない完全に平等な国家が出来上がる」
「ほとんどのひとは提供される公共サービスに対して過小な税金しか払っていない」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/01/12

『異端の統計学ベイズ』/シャロン・ヴァーチェ・マグレイン

4794220014 異端の統計学 ベイズ
シャロン・バーチュ マグレイン 冨永 星
草思社  2013-10-23


by G-Tools

ビッグデータに関する資料や書籍を当たっているうちにいつの間にか興味を惹かれていたのがベイズ。今思い返すと、ベイズの何を聞きかじって興味を惹かれたのか明確に思い出せず、また、ベイズと巷で取り上げられる意味でのビッグデータとの関連性が今ひとつ明確に説明できないけれど、ベイズ統計学と本著は非常に読み応えがあり抜群に面白かったです。数学に全く興味が持てなくても、現代の最先端のITを支えている理論、その考え方が、黎明の1740年頃から今に至るまでどんな歴史を歩んできたのか、スリリングなドキュメンタリーに惹きつけられると思います。

ベイズの定理そのものの解説や来歴は脇に置くとして、「ベイズ」という統計学の歴史を読もうとして思いがけず現在の日本の情況を顧みずにいられない記述に二箇所出くわします。一つは第二次大戦終結時にチャーチルが暗号化解読の証拠の破棄を命じた部分、もう一つは1970年代のアメリカでスリーマイル島原発事故をベイズ理論で予見していたという部分です。

p161「なぜこんなにも長い間、暗号解読を巡る話が伏せられてきたのだろう。たぶんそこには、自分たちがタニー・ローレンツ暗号を解読できるという事実をソビエト政府に知られたくない、というイギリスの意図が働いていたのだろう」

連合国の勝利にはチューリングらによるドイツ軍の暗号・エニグマの解読が大きく貢献したのですが、チャーチルはエニグマを所有したソビエトに、自分たちが暗号解読能力を保有していると知られないほうが好都合と判断したというものです。このために、暗号解読に多大な貢献をしたベイズ理論は陽の目を見られなくなるのですが、この判断をベイズ理論の立場から見るのか国家安全保障の立場から見るのかで意見は大きく異なってしまいます。これ以外にも、本著には幾度と無く「機密扱い」という文言が出てきます。学者達が国家の安全に貢献する研究を行ったにも関わらず、その成果が「機密」となって世に知らしめられない事態。特定秘密保護法の本来的に期するところはこういった国家の安全に関わる機密情報だと思うのですが、意図するところが仮に国民として納得できるそれであったとしても、その制定過程を誤ると理解できないし、その法によって実現される規制が本来の意図から大きく逸脱してしまうということを改めて思いました。

p326「アイゼンハワー大統領は1953年に「平和のための原子力」と題する演説を行って、原子力産業の展開に着手した」「そしてその20年後には、環境や人々への安全リスクに関する包括的研究はいっさいなされぬまま、アメリカ国内で計50基の原子力発電所が稼働していた」
p329「2003年にはアメリカの全電力の20パーセント相当が104基の原子力発電所で作られていたにもかかわらず、1978年からこれを執筆している今(2010年から2011年にかけて)までに、原子力発電所を新設せよという命令は一度も下されていない」

「これまで事故が一つも起きていないのだから、この先も事故は起こらないはずだ。そうはいっても疑問は残った。不可能とされることは、ほんとうに起きないのだろうか?」この言葉は、3・11における福島原発事故を経験した日本人には重く痛く突き刺さります。アメリカでは、「起きていないこと」の起きる確率を導き出そうという発想がありました。おそらく、日本にはそれはなかったのでしょう。これはひどく単純でかつ重大な違いのように思えます。今のところ起きていない事象の発生確率を考えるためにはどのようにすればいいか、そもそもそれを考えようとするかどうか、「ありえない」という言葉が安直に使える日本語の世界では、根付きようのなかったスタンスなのかも知れません。

ベイズ理論は、そのような「起きていないこと」の発生確率を考えることのできる理論です。これは頻度主義と言われる一般的な統計手法、つまり発生件数をカウントして検定して確率を導く方法ではそもそも扱いようのない課題でした。この点に興味をもたれたら、それだけでも読む価値のある一冊だと思います。

続きを読む "『異端の統計学ベイズ』/シャロン・ヴァーチェ・マグレイン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«『安倍政権のネット戦略』/創出版