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2005/05/04

『海辺のカフカ 上/下』(村上春樹/新潮文庫)

海辺のカフカ〈上〉
村上 春樹

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海辺のカフカ〈下〉
村上 春樹

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 身の程知らずを百も承知で言えば、読後の最初の感想は「物足りない」。判り易過ぎるんじゃないの?もちろん僕は文学を正式に修めた訳ではないけれど(そ んなこと言ったら専攻だった経済政策も正式に修めてはいないけど)、メタファーとかオイディプスコンプレックスとかドラマトゥルギーとか、聞きかじって漠 然とその意味するところはイメージできる。そういうものを踏まえて構築されている小説だって読み解くことはできるんだけど、その展開が行儀が良くて判り易 過ぎる感があるのだ。  何を言いたいのか、そういうものが奥底に潜んでいて、提示された文章のひとつひとつを鍵としてその奥底を探し当てる、読書にはそういう愉しみは確かに あって、潜んでいるそれは表立っては出てきていないのだからひとつきりじゃないはずだ。探し当てようとする人の数だけそれはある。ところが『海辺のカフ カ』は、メタファーとかオイディプスコンプレックスとかドラマツゥルギーとか、聞きかじっただけで得意気に語ってしまう僕のような輩を嘲笑うかのように奥 底など作らない。言おうとしていることは、カフカやスフィンクス、オイディプスという、それ自身物語を内包している言葉で端的に語られてしまう。そうして その言葉に対する僕の理解と知識は凡庸で中途半端なのだ。「その程度の通り縋っただけのような理解じゃあ僕のほんとうに書きたかったことなんてわからない よ」とくすくす笑われているようでならない。  そういう、「これは判り易過ぎやしないか」という物足りなさと、「これで判った気になっちゃいけないのだろうな多分」という遣る瀬無さが交錯する。 自分の読んだ通りの感想を持てばいいんだろうけど、どうしてもそこに確信が持てないのだ。そういう意味では、15歳の田村カフカ少年がよりタフになって いったように、中途半端な鑑賞しかできない知識のままでいるか、より「タフ」になるか、覚悟を試す踏み絵のような小説だ。  そんな中で、恐らく主題と懸け離れているだろうけれども、どうしても気になって仕方がない、僕にとってのテーマというものがあった。それは「戦争」だ。  田村カフカ少年と並んでこの小説のメインキャラクターであるナカタさんは、太平洋戦争最中の幼少時代、長野のお椀山で起きた「不思議な事件」によって、 空っぽになってしまったまま齢を重ねた。このナカタさんが小説全体の流れである「運命」に対して重要な役割を果たしているのだが、もし、戦争中の「不思議 な体験」を境にナカタさんの身に起きた変化によって、カフカ少年や佐伯さんの運命を元の形に戻せたというのなら、元通りになる道程すべては戦争の時代から 始まっていることになる。もちろん、「不思議な事件」は戦時中だったというだけで戦争が引き起こしたものではない。けれど、カフカ少年が森の奥で見つけた 「入り口」に誘うのは兵士だし、「入り口の石」を元通りにしようとしたのは戦時中に「不思議な事件」に出くわしたナカタさんである。  そう考えると、どうしても「戦争はまだ終わっちゃいない」いや「戦争は終わりなんかしない」というメッセージを読み取ってしまう。父性の物語が暴力と切 り離せないというのなら尚更だ。星野青年が入り口の石を元に戻したところで、当たり前だけどカフカ少年の生はこれからも続くのだ。それに、形を変えた暴力 が現代の資本主義社会にも至るところに存在するという事実もそれこそメタファーもたくさん語られている。避けて通れないことや宿命について、その最たる状 態というべき「戦争」から世代を超えて繋がっていく点で、本作はその構成の類似から『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と比較されるが、どち らかと言えば『ねじまき鳥クロニクル』と比較してみたい小説である。

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