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2005/05/04

『哀愁的東京』(重松清/光文社)

哀愁的東京
重松 清

光文社 2003-08-21
売り上げランキング : 47,370

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 バブルの頃を一度見つめなおしてみよう。そう思った。

 この本を読むまでは、バブルの頃を目の敵にすることしかなかった。バブル時代を経験した世代が、その経験を今も忘れられずに世の中を動かそうとしていること。その時代の価値観以外の価値観を今も持てずにいること。そう一括りにしてバブルの頃を目の敵にしていた。
 バブルの頃に・・・

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『幸福な王子』(オスカー・ワイルド/新潮文庫)

幸福な王子―ワイルド童話全集
ワイルド

新潮社 1968-01
売り上げランキング : 28,484

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 短い話ほどよい。長い話はとにかく全然読み進まない。たぶん、童話のモチーフが巷にもう溢れ返っていて知り過ぎていて、物語も文字だけを使った表現では刺激に乏しいから。文字だけを使った表現で、こういう普遍的なモチーフを描いて、そこに没頭できた時代に羨望。例えば『猟師とその魂』でも、アニメとかFlashとかで見せられたら、違う刺激が混ざるから読み(?)進められたかもしれない。

 刺激がおもしろさの源泉としたら、・・・

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『ナイン・ストーリーズ』(J.D.サリンジャー/新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ
サリンジャー

新潮社 1986-01
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『両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム 』(寺山修司/新潮文庫)

両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム
寺山 修司

新潮社 1997-09
売り上げランキング : 23,782

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『キッチン』(吉本ばなな/角川文庫)

キッチン
吉本 ばなな

角川書店 1998-06
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『体は全部知っている』(吉本ばなな/文春文庫)

体は全部知っている
吉本 ばなな

文芸春秋 2002-12
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『権現の踊り子』(町田康/講談社)

権現の踊り子
町田 康

講談社 2003-03-26
売り上げランキング : 34,507

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『ハゴロモ』(よしもとばなな/新潮社)

ハゴロモ
よしもと ばなな

新潮社 2003-01-20
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『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (1)』(藤子・F・不二雄/小学館)

藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (1)
藤子・F・不二雄

小学館 2000-07
売り上げランキング : 26,763

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『十二の意外な結末』(Jeffrey Archer/永井淳 訳/新潮文庫)

十二の意外な結末
ジェフリー アーチャー 永井 淳

新潮社  1988-09
売り上げランキング : 139,638

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『啄木全集 第十六巻 日記四』(石川啄木/岩波書店)

 なぜ啄木の全集を買ったかと言うと、『ローマ字日記』と呼ばれている明治42年の20日間の日記を読みたかったからだ。なぜ『ローマ字日記』を読みたい のに全集を買ったかといえば、『ローマ字日記』単体あるいはそこが含まれている出版物が軒並み絶版で手に入らないからだ。それをたまたま、近所の百貨店の 年末恒例の古本市で発見し、3,000円という価格もあって全集で買ったのだ。
 ではなぜ『ローマ字日記』を読みたいと思ったのか。・・・

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『幸福な朝食』(乃南アサ/新潮文庫)

幸福な朝食
乃南 アサ

新潮社  1996-09
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『チェンジ・ザ・ルール!』(Eliyahu M. Goldratt/ダイヤモンド社)

チェンジ・ザ・ルール!
エリヤフ・ゴールドラット 三本木 亮

ダイヤモンド社  2002-10-11
売り上げランキング : 6,663

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『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治/角川文庫)

銀河鉄道の夜
宮沢 賢治

角川書店 1996-05
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『海辺のカフカ 上/下』(村上春樹/新潮文庫)

海辺のカフカ〈上〉
村上 春樹

新潮社  2002-09-12
売り上げランキング : 35,063

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海辺のカフカ〈下〉
村上 春樹

新潮社  2002-09-12
売り上げランキング : 35,173

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『ちょっとピンぼけ』(Robert Capa/文春文庫)

ちょっとピンぼけ
R.キャパ 川添 浩史 井上 清一

文藝春秋 1979-01
売り上げランキング : 36,295

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 第二次大戦を撮ったハンガリー人カメラマン、ロバート・キャパの1942年からヨーロッパ戦争終焉までの活動手記。
 ロバート・キャパの名前はもちろん知っていた。そんなに写真を見たことはないけれど、名前を出してべた褒めすれば「判ってる」気分になれる、そんないわゆる「カリスマ」を持ってるカメラマンとして。
 でもキャパのことをどんなふうに知っているかなんて、この圧倒的な手記を読むにはどうでもいいことだった。僕が生まれて読んだ中で五本の指に入る素晴らしい本。
 まず何よりも驚くのは、全編を貫かれるユーモア。キャパ自身は、文中でイギリス人に「なんでもどんな状況でも乗り越えられるユーモアを発揮できる見上げた人種」と評しているが、彼自身も相当なものだ。ましてそれが苛烈なヨーロッパ戦争の只中に発揮されるのだ。戦争を知らない、そして全体主義国家・日本の軍隊像しか知らない僕が知っている戦争に機転や洒落などない。頭で想像を行き渡らせることと、実際にその状況下に身を置いている人間との彼我の差を、ここでもまたまざまざと思い知らされる。
 キャパに限らずとにかくみんなよく飲むし、女が好きでしょうがないという雰囲気が至るところで読み取れる。戦時中の手記なのにそんなことが読み取れるのだ。歴史モノがあまり好きではない僕はそんなに戦争を取り上げた本を読んだことはないけど、それにしても日本の戦争モノでこんなことが読み取れた本なんてなかった。戦争の悲惨・非道を伝えることはもちろん大事だが、一面的に過ぎることの恐さは忘れてしまうのだろうか?
 ほんとにキャパが人間くさくて撮ることに夢中で魅力的な男だというのが凄まじく伝わってくる。敵国籍でありながらカメラマンとして帯同していく、酷く困難な道程にしか思えないのに、キャパはその都度その都度現場で出会った人とコミュニケーション(しかも彼は英語を満足に話せる訳ではない!)し味方につけて、どんどん前に進んでいく。今の自分は何かにつけ便利な世の中に住んでいるのに、なんて逃げ腰に生きているのだろうと深く反省し、とにかく対話で前に進めるんだという気持ちを起こさせてくれる。
 戦争中の話ということで興味が沸き難いかも知れないけれど、この文春文庫以外にも新訳が出ているそうだし、読みやすくなっていると思うので是非読んでもらいたい一冊。

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『上海ベイビー』(衛慧/文芸春秋)

上海ベイビー
衛 慧 桑島 道夫

文芸春秋 2001-03
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『ガンダム「一年戦争」』(円道祥之/宝島社文庫)

ガンダム「一年戦争」
円道 祥之

宝島社 2002-07
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『老いてこそ ゆるやかな坂道の途上で』(Maurice Maschino/原書房)

老いてこそ―ゆるやかな坂道の途上で
モーリス マスキノ Maurice Maschino 高野 優

原書房 2002-04
売り上げランキング : 1,467,932

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『マクルーハン』(Written by W.Terrence Gordon Illustrated By Susan Willmarth/ちくま学芸文庫)

マクルーハン
W.テレンス ゴードン W.Terrence Gordon 宮澤 淳一

筑摩書房 2001-12
売り上げランキング : 28,806

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 マスコミとか広告業界とかの人とか目指す人とかは、マクルーハンは必ず通るものだと思ってました。そうでもないんですか今時は?ケインズを知らない経済学生がいるようなもんですか?
 マクルーハンはメディアが人間の思考に与える影響を論じた学者だと思っていたが、まず何よりも彼のメディアの「定義」そのものに新しさがあった。以前からあった常識的・固定観念的な定義に対して、それをもとからなかったように扱えるほどの衝撃があったという意味で「再定義」とも言われる。そんな彼の定義とは、あらゆる「拡張」すべてがメディアだ、というものだ。服は皮膚の「拡張」、自動車は足の「拡張」。こうして拡張したメディアを更に拡張するメディアという関係と、何者も基盤としない単独のメディアという切り口が見えてくる。
 マクルーハンの書物をまともに読むのはとても時間が足りないし(ましてしがないサラリーマンの身じゃあ!)、さりとてありきたりな解説書ではマクルーハンが目指したカラーに触れられないし、そこへ持ってきて本書はマクルーハンっぽいカラーで作られた解説書としていい出来だと思う。「なんでも多面的に見よう」というマクルーハンの姿勢と主張はよく理解できるけど、やっぱり解説書だからかそれともマクルーハンの主張がそこまでなのか、多面的に見たからといってその先に希望があるのかないのか、なくて当たり前なのかが見えてこない。見えてこないことは構わないけど、なんとなく徒労感が残るのはなぜ?

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『ベッカム すべては美しく勝つために』(David Beckham/PHP)

ベッカム すべては美しく勝つために
デイヴィッド ベッカム 東本 貢司

PHP研究所 2002-04-18
売り上げランキング : 321,928

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 ”すべては美しく勝つために”-このサブタイトルに強く惹かれた。高い理想を掲げ、誰にも文句の言えないパーフェクトな勝ち方を目指す志。そんなベッカムの精神理論を期待したのだが、さすがにそこまで明確に書かれてはいない。書かれているのは、ベッカムという一個人の割とありのままの心情の吐露だ。
 俄かサッカーファンの僕にとっては、FAカップやチャンピオンズリーグに始まる大会名とその権威や、入り乱れる選手名が判らず、どれほどの意味のあることなのか感じ取れない箇所は間々あった。それでも、ベッカムがどれだけ高い志を持って、高い理想を掲げて努力を積み重ねてきたかはひしひしと伝わってくる。いかに地に足をつけてフットボーラーとして歩んでいるかも。
 印象に残るのは、ワールドカップについて書かれた箇所で、何度も「国を代表している」と語られること。かつて何度も議論されてきてるけど、日本では「国を」という言い方が封じられて久しい。問題なのは「国を」ではなくて、「お国のために」という、絶対的なもののためにその他のものが犠牲になるシステムや精神だったはずなのに。XXのためにと言って何をやっても許される免罪符作りに精を出す気質だったはずなのに。スーパースターベッカムの言葉を聞いて、「国を代表している」という部分におや?と思う日本人は何人いるのだろう。そんなこと関係ないくらい、写真集の部分も出色のでき。

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『パイロットフィッシュ』(大崎善生/角川書店)

パイロットフィッシュ
大崎 善生

角川書店 2001-10
売り上げランキング : 61,690

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 主人公は小さい出版会社に勤める四十代の男、山崎。年齢を重ねていくことに漠然とした不安を抱いている僕には、それだけで十分読み進めたくなる。四十歳の人間は、どんなことを思い日々を生きるのか。しかしこの小説が描写するのは、「今」ではなくて「記憶」、つまり「過去」にフォーカスされている。
 山崎の学生時代の記憶、小出版会社に勤めてからの記憶と、四十代の山崎の現在の身辺とがクロスして描かれる。学生時代の恋人との思い出や過ちの記憶、社会人になったばかりの頃の意気揚々とした青い言動の記憶、若い時代の様々な記憶が、登場人物達を苦しめている。
 例えば、新人サラリーマンだった頃、オッサン達を時代遅れと笑い飛ばしてガンガンやってきた山崎の友人森本は、その勢いで得た成功が、年齢とともに衰える勢いと共に失われつつあることに怯えて暮らしている。彼を苦しめるのは、かつてオッサンを笑い飛ばした自分の言動という記憶。その記憶が今オッサンとなった自分を苦しめるのだ。
 こういったタイプの、「弱い」人々が登場するのだが、数年前の僕なら彼らを「弱い」と一刀両断にしたことだろう。しかし、二十代に別れを告げようとしている今、もちろんこの種の「弱さ」を弁護する気はないものの、だからといって×印をつけようとは思わなくなっていた。程度の差はあれ、人は本来弱いものだ。それを
是とする訳でもないし、それを克服するのがあるべき姿だというつもりもない。単に、本来弱いもんだってことを、受け入れるようになったというべきか。
 この小説は、「人は記憶からは逃れることができない」という視点に立つと、確かに悲観的な小説かもしれない。人生には取り消せないことのほうが遥かに多いし、ありえない無駄だと判りきってることばかりだったりもする。ただ主人公・山崎は、表面的には失ったり別れたりしたことでも、記憶から消し去ることはできないのだから、ずっと一緒にいるのと同じことなのだと言う。安っぽい慰めかも知れないが、そういうものが信じられなければ、人生の最期の最期に残るのはただ深い悲しみだけのような気がする。ちなみにパイロットフィッシュとは、後に水槽に入る本命の観賞魚のために水質を整える役割を与えられる(実際にうまく循環サイクルにのって整うかどうかはわからない、そして整わなければ通常その水槽の水質は二度と循環サイクルには乗らない)魚のことである。

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『不可能な交換』(Jean Baudrillard/紀伊国屋書店)

不可能な交換
ジャン ボードリヤール Jean Baudrillard 塚原 史

紀伊国屋書店 2002-01
売り上げランキング : 87,799

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 思想書を読むのは2,3年ぶりで、読み始めてから読み終えるまでに1ヶ月かかってしまった。もちろん、本書で使用される語彙をすべて理解できていないし、それどころかまず言葉そのものを覚えてさえいない。そんな中途半端な状態で思想書の読後感なんて書いてはいけないのだけど、サラリーマンで門外漢の僕に思想書を100%理解するだけの時間を割くことはできないので、一頻り思ったことを書いてみる。
 思想のおもしろさは、「正当化のプロセス」にあると僕は思っている。世界の構造や価値観の行く末について、先人が使用してきた語彙の重なりを踏まえながら、それを揺らしたり強めたりして、自分の解釈を「正当化」していくのだ。突飛で跳躍し過ぎているようでも、そのプロセスによっては納得せざるを得ない(というよりは反論できないということか)ことがあったりして、そこがおもしろい。
 『不可能な交換』は、一読した限りでは人の「ないものねだり性」の行く末を、思想的に予言している論考に思えた。貨幣の登場以来、経済原則は主義の如何を問わず「等価交換の実現可能性」を第一義としてきた。あらゆるものは、その等価物と交換可能であるという原則だ。等価交換が可能であるがゆえに貨幣が成り立ち、ありとあらゆるものに意味と目的を与えることができると思い込んでいる。
 その結果、あらゆるものごとは予測可能であり安定的であり、その安定性を揺るがす部分=「生」に対する「病」や「死」、「現実」に対する「神話」や「幻想」、それらを抽象化した概念としての「否定性」や「悪」を追放して「肯定性」と「善」によるトータルな支配を実現せんと試み続けてきた。
 ところが我々はここへ来て、兼ねて遠くへ押しやってしまいたかったはずの「死、幻想、否定性、悪」等々にノスタルジーを抱いてしまっている。例えばクローン技術はわれわれに幸福な未来を想像させるだろうか?
  しかし単純に一度追いやった「死、幻想、否定性、悪」が簡単に再生される訳ではなく、その対立性そのものが無効となり、等価の概念が無効となるがゆえに等価物も失い、安定性の基盤が無効となって、不確実性に支配されるというのがボードリヤールの論考の概要だと(今のところ)思っている。
 この論考は力強い説得力がある。実際、「等価交換の実現可能性」を最も直接的に信奉すべき立場にある経済の場面では、未だに予測可能性も安定性も確立することができないでいる。かと思えば、イメージによる予測不可能な大ヒットとその現象の記号化さえ起きているし、さまざまな差別化を施した性と貨幣との等価交換は、その債権者側=売春側の幻想を打ち砕く方向に推移している。
 こんなふうに平たい言葉で言ってしまうのは、思想の土俵ではルール違反だけど、そもそも「等価交換」とは「なんでも金で解決できる」という思い込みであって、至って凡人的に考えれば、そんなことありうる訳はないのだ。しょうがないから損害賠償やら罰金やらそういうルールを作ってやってきただけで、そのルールを神格化したところからこの物語は始まっている。「不可能な交換」と言われると体の奥がなんとも言えずざわめくような生理的な不安を覚えるが、これは凡人がまっとうだと極めて凡人的に考える「世界」を取り戻すための思想に流用することさえできると思う。ボードリヤールは、「違う。これは高度情報化社会の先に進展する世界であって、かつてあった世界を取り戻しているのではない」と言うかも知れないが。

 一向構わない。奇しくも「進展するのみで取り戻せはしない」というように、世界は「不可逆的」で「不可避」なのだから。

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『アメリ』(イポリト ベルナール/リトル・モア)

アメリ
イポリト ベルナール Hipolito Bernard

リトルモア 2001-10
売り上げランキング : 43,634

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 アメリって20歳超えてるんだよね?読んでて最初に引っかかったのはそこ。次に引っかかったのはイポリトさんって作者のことなのかってこと。イポリトさんはともかく、この人物(アメリ)が20歳(今手元に本がないので正確な年齢が調べられないんだけど)ってのはちょっと違和感があるかも。だっていくら空想好きなとこがかわいいとはいえ、ちょっと子供っぽすぎるでしょう!
 毎日の取るに足りない小さなひとつひとつの出来事が、愛すべきものなんだって読んでるとごく素直に思えるし、妻(アメリの母親)をなくしてふさぎ込み現実逃避気味の父親に対するエピソードなんかも、ひとつひとつが丁寧で、間延びせずリアルな時間が流れてる。それに、今自分が過ごしている毎日に、ごく自然に向き合うことの大切さが、アメリの恋を通じて伝わってくる。
 だから余計に、アメリが子供っぽくってしょうがない。何が子供っぽいかはいろいろ基準があると思うし、例えば言葉や外見や行動が大人っぽくしていても、その背伸びするとこが子供っぽいって思うこともあるから、アメリくらいストレートだとそれは逆に大人なのか?とも思うけど、これを読んで、そういうストレートな部分を「かわいい」とか「こんなふうに生きたい」って思った(特に)女の子は頂けないんじゃないかしら。小学生とか中学生の女の子なら別だけど。でも、トイレでヤり始めるシーンのあるようなストーリーを、小学生が読んではいけません。

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『インストール』(綿矢りさ/河出書房新社)

インストール
綿矢 りさ

河出書房新社 2001-11
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 女子高生で受験生の主人公が、学校に行くのがイヤになり、たまたま数日前に自分の壊れたパソコンをあげた同じマンションの小学生のウチで、 エロチャットでバイトをし始める、という物語。
 ストーリーテリングはとてもうまくて、読んでる時間を感じさせないんですが、まず違和感があったのは、主人公と行動を共にする小学生のセリフ。風俗嬢のメル友がいるこの小学生、めっちゃくちゃしっかりした口調で喋るんですが、どうしても浮いてる。確かに、子供の頃から携帯とかパソコンとか情報量の多い時代の子供って、ましてメールなんてざらのこのご時世、幼い頃から妙に大人びた口調というのはわかりやすい表現かも知れませんが、同じ画一的丁寧口調と言ってもあんなふうには喋らんだろうという違和感を抱いてしまいます。 どんな時代でも子供はその時代の大人の子供時代よりも圧倒的に大量の情報のもとで生きていくけれど、やっぱり子供ってわかる口調なんですよ。そういう口調に書かれてなかったね。
 それからもうひとつ、これは小説としては致命的かなと思うんですが、この主人公がどうしても作者のことのように読めて仕方がないんです。本当はどうかわからないし、主人公全然違ってエロチャットでもなんでもござれって人かも知れませんが、読んでる限りはそう思ってしまう。物語は最後、主人公も小学生も、現実と向き合う力を湧き上がらせようとして終わるんですが、その物語で語られるすべてが作者の意思というか意見で固められてるように感じるんです。それと対立する、作者の本意ではない意見を持つ筋も登場人物も出てこない。だからあんまり深みがない。文藝賞の選考委員も、主人公を作者のことと思って「かわいいなあエヘヘ」ってくらいで選考してるんじゃないの?
 私小説ってのもあるけどさ。

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『日蝕』(平野啓一郎/新潮文庫)

日蝕
平野 啓一郎

新潮社 2002-01
売り上げランキング : 87,857

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 近代文学好きには嬉しい文体。やはり表現方法は大切だということを思い知らされました。十五世紀のヨーロッパという舞台設定を考えてもそうだし、過去の文学的モチーフをなぞると言う主題からいってもそうだし。
 宗教的背景を援用した小説はあまり読んだことがなかったので、「魔女狩り」「錬金術」といったシンボルも見慣れてはないはずなのに、それが指し示すところや、歴史上文学史上どのように扱われてきたのかといったところは、自然と理解できた。というよりも、知ってるはずのない知識なのに、既に知っている知識であるようなある種のデジャ・ビュだった。これは、この宗教背景に対する作者の深い理解の賜物か、それとも「宗教」という舞台装置のかぶせ方が甘くて、覆い隠しているはずのモチーフが透けて見えたからか?
 文学的価値はあると思うし映画にしたりするとおもしろいだろうなあと思いますが、つまりドラマはありますが後にはあんまり残りません。毎日の暮らしが文学という「学問」とくっついてないフツウの人には。僕はくっついてないので。まあでもこの小説は、過去の文学をリメイクするのが主題ですから。

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『N・P』(吉本ばなな/角川文庫)

N・P
吉本 ばなな

角川書店 1992-11
売り上げランキング : 125,764

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 正直、何を言っていいのか・・・。吉本ばななはお気に入りの作家の一人で、ほとんどの作品を読んでいる。読んでいたのは24,5歳くらいまでだから5年ほど前のことで、つまり5年間は作品を読んでいない。読んでいないまま、「好きな作家」「よかった小説」という印象を抱いていた。
 そして今回『N・P』を再読してみたけれど・・・当たり前かも知れないけど、これは「当時」おもしろかった小説、という感想がひとつある。異母兄弟や近親相姦やオカルトというテーマは、あの当時おもしろさを引き起こすテーマだった。再読だから新味を感じないのか、はたまた今では新味を感じないテーマだからなのか難しいとこだけど、たぶん世間一般の読者をそれほど強く惹きつけることのできる題材じゃないと思う。その分、「当時」おもしろかった小説、という感想になってしまう。
 もうひとつの感想は、なんというかえも言われぬ読後感がやっぱり残るということ。自分が最も好きな物語は、誰でも何度読み返しても何度も感動する と思うけど、『N・P』は心象の記憶にはっきり残っていたのと同じ感動をもう一度味わうことはなかった。けれど、感動ではないけれど不思議な読後感ー爽やかでもないし、明るいわけでもないし、前向きになれるわけでもないけれど、けして嫌な感じではない不思議な読後感は残ってる。
 小説は時代の気分を反映したいわゆる「はやりモノ」だという一方で、時代を超えて読み継がれる普遍の物語も確かに存在するわけで、その理由は「感動」にあると思ってたんだけど・・・本を読んで「よかったー」と言ってしまうその源を、「感動」って一個の言葉に括ってたのが間違いってことか。『N・P』は、人は思うがまま生きればいいという単純なことを静かにそれと気づかないように語りかけてくる。それと気づかないまま、不思議な読後感に漂ってる。そういうのもアリかと。

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『e. 』(Matt Beaumont/小学館)

e
マット ボーモント 部谷 真奈実

小学館 2002-01-18
売り上げランキング : 139,515

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 ワールドワイドな広告代理店でやり取りされるeメールだけで構成された小説。ナレーションや説明は一切ナシ。全文、誰かが誰かに宛てたeメール。
 文体そのものが企画モノなのは、テキストサイトにおけるフォントいじりみたいなもので賛否両論あると思うけど、覗き見するような面白さがあるかなあと釣られて買ってみた。
 いい意味でも悪い意味でも、eメール「だけで」構成されてるってことは、そんなに強い印象はない。あるところで起きた事件の真実が、まったく無関係な人々のメールのやり取りの後突然現れたりして、そういうところはおもしろいかな。
 広告代理店で熾烈に繰り広げられる手柄獲得合戦ってカンジで、人の手柄を奪ったり失敗を押し付けたり上役に取り入ったりといったことがメールでガンガン繰り広げられる。同じサラリーマンとして、こういう状況ではこういう風に立ち回るのが世渡り上手ってことなんだな、と妙に納得するメールもあったりして。いかに仕事をせずに出世するか、そんな渡世術が至るところに散りばめられてる。
 真面目に読んだら、口がうまくないから世渡りもうまくない我が身に照らし合わせて、めいっぱい陰鬱な気分になる内容。でもこれは、笑い飛ばす言うなれば「マンガ」。日本人には判らないジョークもたくさんあるけれど、ウィットやメタファーや皮肉に満ちたイギリス人の「文学感」を、スマートに楽しめること間違いなし。

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『ジェニィ』(Paul Gallico/新潮文庫)

ジェニィ
ポール・ギャリコ

新潮社 1979-07
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 「すてきな大人の童話」というコピーに釣られてしまったことを読んでるときは後悔してしまった。ロンドンでそこそこ恵まれた家庭に育っていたピーター少年が事故を境に突然真っ白な猫になり、利発で優しい雌猫ジェニィと出会い、猫世界で冒険を繰り広げる話。
 460ページ近い厚みがありながら、数ページでもういきなりピーター少年は猫に変身。ここから先が当然、長い長い。「猫好きの著者」というだけあって、「へー猫ってこういう動作をするんだーそう言われればそうだなー」というような詳細な描写が確かに随所に出てくるものの、「xxした。というのはooだからであって...」といった逐一進んでは振り返る倒置強調の多様(というか強調はそれしかないくらい!)や、平易な言葉だけで重ねていく状況・心情描写、どれをとっても1950年代のスピード感。まだるっこしくってしょうがない(もっとも倒置もそうだけど、これは訳者の問題も多分にあるかも)。
 猫の世界になじんでいく少年の姿は、どんな苦難や環境の変化にも怯まずに対応していこうというメッセージと受け止められるけど、読み終わってしばらくして、もっと単純にあることに気づいた。
 それは、こういう調子の本のほうが、場面場面がくっきり記憶に残っていて、読後もピーターの活劇のさまざまな場面が浮かび上がってくるということだ。現代小説でおもしろいと言われるものは、スピード感あふれる文体と、読むものを飽きさせない新鮮な語彙を豊富に駆使して描かれている。けれどもその結果、読者がその物語に費やす時間は、その物語を読んでるときだけ。古い時代の小説は、物語が進むスピードは遅いが、その物語の情景は読後も長く長く残る。そう思うのは、僕が歳を取っただけのこと? やっぱり今時の子供たちは、今時の小説を読んで年老いても思い返すのだろうか?

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『ねじまき鳥クロニクル』(村上春樹/新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル
村上 春樹

新潮社 1997-09
売り上げランキング : 2,992

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 久し振りに読み進めたくないという感覚を味わった。そして、言い表しようのないどんよりとした読後感も。この小説の主題は何か。出版されてそう月日が経ってないうちに読んだときは、ただなんとなく、第二次大戦を起点とした歴史の連続性みたいなものだと思って納得していた。生きている人間にはどうしても逃れることのできない運命のようなものが厳然としてあり、本人が自覚しているような運命を更に超えたところで、仮に自覚できたとしてもその自覚できる範疇よりもずっと前から決定付けられていてそれに抗することは無駄なことだと。今読み返してみると、そのときなぜそういう解釈を持ったのかよく判らない。そもそも、僕は本当にこの小説を読んだのだろうか?一巻から三巻まで、通して読み終えたのだろうか?少なくとも、登場人物の名前には心当たりがあった。おおよその物語の流れは「ああそうだったそうだった」と追認することができた。それでも本当に読んだのかどうかはっきりとしたことがわからない。たかだか4年前の話なのに、だ。
 今回再読してそんな印象を持った理由は、多分二つある。ひとつは、4年前出版された小説とは思えないほど「ふるい」タイプの小説だったこと。もうひとつは、思い出されたこの小説に対する以前の解釈とはまったく異なるタイプの解釈を抱いたこと。
 まったく異なるタイプの解釈とは、死に関することであり、世界に関することであり、つまり以前の解釈よりもずっと現実的な解釈だった。読中にはもちろん、クミコと兄・綿谷ノボルの(性的)関係やノモンハン事件の時代の人々やその時代から現代まで継続している人々との複雑な「つながり」や明らかな「孤独」に興味は向いているけれども、同時にそれはあまり重要でもないと考えている。 我々は過ごしている時間を紛れもない現実と 考え疑うことは普段あまり(めったに)ないが、はたして我々は現実をどれくらい正確にそしてどれくらいの質量を捉えているのだろうか。そういう認識論についてもあまり重要ではないと感じてくる。
 どのような血筋でもどのような因果でも、間違いなく人は死んでいく。「つながり」や「孤独」や「ほんとうの現実」や「認識論」はそれぞれ、そのときまでに起こる、あるいは本小説の言葉を借りるなら起こる「可能性のある」事象のひとつひとつに過ぎない。だからオカダ・トオルは待たなければいけない時宜はおとなしく待つことに徹し、進むべきときはよろめきつつも進んで妻・クミコを取り戻そうとしたのだ。一旦は宿命の暗澹たる落とし穴に抵抗しても無駄だと思い知らせるように見せかけ、さらに主人公にそれをも乗り越えさせる振りをさせて、この結末ではいったい何を考えればよいというのだ。繰り返しになるが、結末もプロットも、まして主題を考えることさえもあまり重要でないことは判っている。つまりはどうあれ人は死ぬまでの時間を生きていくだけだという以上の何かは意味がないということなのか。この本の後、いったいどんな本を読めばよいというのだろう。

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『白い犬とワルツを』(Terry Kay/新潮文庫)

白い犬とワルツを
テリー ケイ Terry Kay 兼武 進

新潮社 1998-02
売り上げランキング : 35,650

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 確かに爽やかだと思う。誠実な老人が最期まで背筋を正して生きていく姿は、世間や世界がどうあれなるべく誠実に生きていこうという気概を持たせてくれる。しかしやはり僕にはこの物語も、死を目前に控えたときの、気持ちの持ちようを知るための手立てだった。それが一番大きなテーマだった。
 サムのように、誠実で、気骨を持ち、包容力と寛容を持ち合わせるように努めれば、癌で余生一年と知ったとしても、あんなに毅然とそして従容と死を受け入れることができるのだろうか?彼の資質に程遠い僕が、長い年月をかけて彼の資質に仮に近づけたとしても、あんなふうに落ち着いた佇まいで死を迎えゆくことはできそうにない。これから癌による苦痛が日毎増えていき、モルヒネで抑えるしかないと判っていて、その苦痛に怯えないだけの精神力が僕に備わるとは到底思えない。
 白い犬の正体は、作者がこれ以上ないさじ加減でぼかしているこの小説の主題だが、正体はともかく、この白い犬が思い起こさせる何かが、死を正面から見据えても怯まない精神力を与えてくれる何かなんだろう。「それをある人は神と呼んだり、ある人は仏と呼んだり、、、」と何かを何かのままにするための記述方法はいくつもある。でも大事なのは「何か」を感じ取れることであって、「何か」の正体を明らかにすることではない。感じ取れさえすれば、正体はわからなくってもいいんだ。作者はそのために、必要以上とも思える登場人物やサブストーリーを巧みに駆使してぼかしているようにも思える。

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『体の贈り物』(Rebecca Brown/マガジンハウス)

体の贈り物
レベッカ・ブラウン

マガジンハウス 2001-02
売り上げランキング : 163,068

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 この小説がひとつのテーマに基づいた短編集ではなく、複数の章からなるひとつの小説だと気づいたのは後半を過ぎてからだった。登場人物のカタカナの名前が覚えきれず繋がりがわかっていなかったのが、ひとつの小説だと気づいたのはエイズ患者の登場によってだった。
 もしかしたら前半からエイズ患者だったのかも知れないが、とにかく主人公はホームケア・ワーカーとして末期患者の介護をしている。健康ではない、つまり老いではなく病によって死期が近付いている人の側にいることはどんな気分なのだろう。彼女達ホームケア・ワーカーは、そのためにありとあらゆることに気を配っている。残りの時間を快適に過ごしてもらうために。「快適」という言葉もそうだし、本人の希望を尊重するという姿勢もそうだ。
 しかし、どれだけ使命感をキープしようとしても、携わる人は皆必ず去っていく環境が、もろい神経をめくらないはずはない。そのためのワーカー団体の整理された組織体制にも触れられ、ホームワーカーの現実が丁寧に読み取れる。もちろん安い感傷もなければ、苦悩をそれこそドラマティックに引き伸ばすこともない。だからこそ死をまざまざと想像させられ、恐れを思い起こされ、そしてそれを乗り越えるための方策をこの小説は考えさせるのだ。
 もともとは、本当の意味での「死」、例えではなく本当に生命が終わるという意味での「死」、他と自の「死」について、どうしようもなく恐くなることが長年続いていて、一度きちんと考えてみたくて「死」に関わる本を選んでみたが、「携わる人は皆必ず去っていく環境」は、生命だけでなく職場にも当てはまる。特にこの不況下の現在と自分が属する業界は、誰も彼もが現状に不服を持ち更なる高給を勝ち取るために、別の会社に身を移そうとする。まずはこの仮想の「死」を乗り越えて自分を保たなければいけないし、周囲のこの自発的な「死」に振り回されている限り、何も克服することなどできない。
 見えない遠い、けれども今も着実に近付いている「死」を想像して恐れる以前に、この今も「死」は存在し、それとは気づかないまま恐れて振り回されている。この小説はホームケア・ワーカーという職業の毎日を具体的に触れているが故に、会社生活におけるそんな「死」にも気づかせてくれる。

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『十二番目の天使』(Og Mandino/求龍堂)

十二番目の天使
オグ マンディーノ Og Mandino 坂本 貢一

求龍堂 2001-04
売り上げランキング : 11,518

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 すごく困難な何かに立ち向かう気力を奮い立たせるのが、物語の大切な役割だとしたら、この物語はその力を確かに持っている。写実的なわけでもなく、身近なわけでもなく、びっくりするほど意外な展開があるわけでもないが、迸る説得力を持っている。
 よくあるいい話だねと言ってしまえば簡単だけれど、気楽に読めば誰でも泣けてしまうシーンがあるのも事実。だから、この本がいろんな書評で取り上げられていたり、「泣ける」とオビが連呼していたり、本屋の売れ筋コーナーに陳列されていたり、そういう売り手側面はとりあえず忘れて、いろんな人がこの物語を気楽に読めるような時代になればいいのにと思う。
 この物語の不思議な説得力は、ひとえに簡潔な表現力が生み出してると思う。登場人物の死といった大きな事件を、半ページに満たない表現で片付けてしまう。かといって、本筋にさほど関係しないリトルリーグの戦況を必要以上にリアルに語ることもしない。抑制された文体で、ごくベーシックに書き上げられている。誠実にビジネス界を歩んで成功してきたジョン・ハーディングや、どんなに野球が下手でもまったく諦めないティモシー・ノーブルの姿以上に、この物語の形態そのものが人生に対峙する気力を、無言のうちに読み手に伝えてくる。

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『モモ』(Michael Ende/岩波書店)

モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語
大島 かおり ミヒャエル・エンデ

岩波書店 1976-09
売り上げランキング : 3,292

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 モモは初めて読んだ。読後思いを巡らせることについてはともかく、掛け値なしに面白い物語だった。1973年の作とあるので僕より一歳若い。そんなに最近書かれたものとは知らなかった。
 1973年作と聞いて意外に感じるくらい、僕にとっては古い物語だった。 産業革命後くらいに、機械化が進む未来を憂いて書かれたというふうに漠然と思っていた。「時間どろぼう」というテーマは、それくらい古くからあるテーマには違いない。
 ロボットにしろコンピュータにしろ携帯電話にしろ、一旦人間の至便性を高めたアイテムは、それを当たり前のことにする。それが至便である期間はごく短い。至便性が主に距離と時間の制約を乗り越えることだとすれば、至便性の追求を止めない限り、永久に「時間どろぼう」のいいカモであり続ける。しかし至便性の追求はすべての経済活動の根源であり、普遍的な欲求であると考えられるから、つまり人類は「時間どろぼう」から逃れる手立ては持ち合わせていないということになる。
 では「モモ」は、なぜみんなの時間を「時間どろぼう」から取り返してくれたのだろうか?無闇に便利さを求めるような欲を抑えて、つつましく生きていきましょうと言いたいのだろうか?それとも、最後まで突っ走るかドロップアウトするか、言い換えれば都会で家庭を顧みずビジネスマンとして走り続けるか、出世もそこそこに田舎暮らしをするか、二者択一しかもうないんだよと説法したかったのだろうか?
 この物語が1973年に書かれた意義はそこにあると思う。僕たちは至便性の追及を、いっとき無理に遅らせることはできても、止めてしまうことはできない。なら、単純に二元論で終わるのではなく、綿々とそして一秒後にも続いている至便性追求の連鎖の中で、新しい<時間>を、自分達の<時間>を見つけ出していこう、モモは類稀なる聞き上手の能力で、読者にそう口に出させる。

 本筋とは関係ないが、この物語はほんとうに童話なのか。大人向けの「童話」とかではなく、れっきとした児童文学だ。日本で童話や児童文学と言えば、構図もプロットも一本の、明瞭なお話をさす。そして、そういうお話を、「大人が読んでもおもしろい」と大人気になっている。かたや、「星の王子様」もそうだが、ドイツやフランスでは、こういった物語が「児童文学」なのだ。それこそ、日本はやはり「時間どろぼう」の餌食になった人間が多いのかも知れないが。

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『僕のプレミア・ライフ』(Nick Honrnby/新潮文庫) 『スローカーブを、もう一球』(山際淳司/角川文庫)

ぼくのプレミア・ライフ
ニック ホーンビィ Nick Hornby 森田 義信

新潮社 2000-02
売り上げランキング : 10,539

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スローカーブを、もう一球
山際 淳司

角川書店 1985-02
売り上げランキング : 20,096

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 『スローカーブ...』を再読しようとしてたとき、たまたま手にしたのが『僕のプレミア・ライフ』だった。イギリスでよっぽど売れた小説のように書かれていたので、ただのフットボール話じゃないのだろうと思って買ったらびっくりするくらいただのフットボール話だった。それも実話。作者の幼少時代から三十歳を超える現在までの、生活すべての中心に フットボールを持ってくるフットボールバカぶりを一冊かけて捲くし立てている。
 ただし、これは”小説”だ。 エッセイやルポではない。大きなドラマがある訳でもなく、組み立てられた物語がある訳ではない。作者はフットボールのお陰で文筆家になれたようなことは書いているが、あるのはその程度のドラマであって、フットボールのせいで女の子にふられたとか結婚したとか、そういったものは全くない。だけど、数十年つきあい続けたフットボールを通じて何かが見えてきて、それが読者に伝わるのだから、これはれっきとした小説だと思う。
 翻って『スローカーブ...』。初めて読んだのは確か大学生の頃で、スポーツ、それも高校野球が題材であるにも関わらず、努力とか根性とかとは無縁の内容で、シニカルな投手が主人公というところが新鮮で随分好きだった。しかし、今考えてみればこれはやはり”ルポ”であって”小説”ではない。何かが伝わってきた、とそう感じるその何かは、結局のところそれまでのスポ根モノが植え付けてきた「スポーツ精神論」ではない内容という新鮮味だったのだ。何が小説か、というのは難しいし僕がどうこう言えることではないけれど、少なくとも「前とは違う」ということが小説ではないはずだ。ましてそれが「新しい」ということではない。事実、『僕のプレミア・ライフ』は徹底してフットボール話なのにこれほど新しいではないか。
 ありきたりな意見かも知れないが、ここには「スポーツ」に対する歴史の違いが浮き彫りになっているように見える。もちろん、日本発祥のスポーツとあわせて考えなければいけないが、この違いは「スポーツ」だけでは済まないだろう。そこで自分の人生そのものを生きる『僕のプレミア・ライフ』と、単に自分の人生のある一面を投影するだけの『スローカーブ...』。その気になってみるだけと、本気になってしまうのとの差異はあまりにも大きい。

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.『いちばん初めにあった海』(加納朋子/角川文庫)

いちばん初めにあった海
加納 朋子

角川書店 2000-05
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 自分だけで本を選ぶと、どうしても趣味で偏ってしまう。偏ってしまうとなんだか偏頭痛を伴う辛気臭さでどんよりとしてしまう。もともと、読書をあまり一般的なものじゃないって自覚はあるので、せめていろんな分野を幅広く読もうと心がけるようにしている。
 なぜこんな前書きかと言うと、この本は嫁の推薦で読んだ本だからだ。現代女性作家、ミステリー、そしてテーマが「癒し・再生」-多分、人に勧められない限り一生手を出さない本だったに違いない。
 更になぜ「読書の姿勢」みたいなことを長々書いているかというと、読後、ストーリーがほとんど記憶に残ってないからだ。嫁には申し訳ないが、どうもあまり印象に残らなかった。読んでる途中で、大凡の展開や「言わんとしてること」が察せられてしまったのだ。
 殊にミステリーという分野で、「言わんとしてること」が見えてしまうのは致命傷だ。古典文学、純文学と言われる分野で、表現の背景を読み取る鍛錬を割とストイックに積み重ねてきた、古風な僕にとっては、現代文学の、「推理小説」というジャンルじゃない小説の「ミステリー」なんて、取るに足らない謎々のようなものだった。
 しかし、読書を愉しんでいるのに、読後にストーリーも思い出せないというのは、反省しなきゃいけない。仮に先が読めたところで、そんなこと読書の優劣を決める何の足しにもならないから。ストーリーを愉しめるのか?それだけが、読書をいい力にしてくれるものだから。

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.『かもめのジョナサン』(Richad Bach/新潮文庫)

かもめのジョナサン
リチャード・バック 五木 寛之

新潮社 1977-05
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 Dragon Ashってこんなカンジだよな。ふとそう思った。
 前半と後半で全然違う。前半は洗練された寓話なのに、後半は妙に説教臭い精神論になる。1970年代、西海岸のヒッピーに回し読みされた後、突然爆発的に売れたというのも、なんとなく理解できる。規範を外れてる者達、 規範を外れた生活に真実を見出す者達が、結局は拠り所としてしまう焼き直された規範のバイブル。そんな感じがする。
 「正しく生きる」「よりよく生きる」そんな当たり前の古臭い規範を、 例えば「チャン」という中国人っぽい名前の老カモメが語る。その程度のことで、ヒッピーは受け入れてしまう。つまらない精神論なのに、そこに今まで見たことの真実があるような気になる。
 言ってしまえば、この物語の魅力は「孤高」ということに尽きる。「食うこと」にのみ捕らわれる「群れ」カモメと、「飛ぶこと」に拘り続ける「ジョナサン」。物語は終始、導くジョナサンが、「自分は特別ではない。」と群れに訴え続ける。群れはジョナサンを「神だ」「悪魔だ」と噂しあう。最後にはジョナサンの後継者が現れ、物語は終わる。
 「群れ」を低く身ながら、「群れ」そのものがひとつの「システム」として再生産され続ける、あくどい物語だ。「群れ」が皆「孤高」になることなど、はなから期待していない。そんな道筋もつけられていない。「群れ」は、ジョナサンに憧れて終わりだ。この物語が、1970年代のアメリカで大ヒットしたということは、人々はそんな世界を求めていたということだろうか?アメリカに遅れること何年かで同じ現象の起きる日本でも、そんな世界が来たのだろうか?「遂にオレたちの代弁者が現れたんだ」週刊漫画誌の読者欄にそんなふうに書かれていたDragon Ashが、この物語とシンクロしてしょうがない。

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.『愛より速く』(斎藤綾子/新潮文庫)

愛より速く
斎藤 綾子

新潮社 1998-09
売り上げランキング : 40,523

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 「いつの話やねん!?」というのが読んでる最中の感想。だって、シンナーとかスケバンとか出てくるし。こないだ、東京で暴走族が人を殺したってニュース聞いて「そんなんまだおったんか東京にも!」ってびっくりしたけど、まさかスケバンはいるまい。
 スケバンはともかく、いろんな意味で事実であってほしい小説。あるいは、それ以上のことはないかも。
  1980年前後が舞台らしく、小学生の頃から自分のカラダに(どうもセックスではないらしい)興味があるところから始まって、ガンガン突っ走っていく物語。主に中学生時代の話と、大学生時代の話で、高校生時代は記憶に残ってないけど、中学生の妊娠・中絶とか、援助交際とか、コギャルだのなんだの言われたけど、その昔からそういうことはあったのねって感じで、ある意味ほっとする材料。文中にも、深読みすれば、女子大生ブームも女子高生ブームも援交もコギャルも、セックス目当てのオヤジたちが何かと捻り出して「ほらほら当たり前なんだよ、ほらほら乗り遅れるとだめだよ、キミタチ」と嗾けているようにも思ったりして。
 オンナが本当にこういう生き物だったら随分気が楽になるのでは。僕が過ごした中学高校という時間は、セックスとは無縁の世界だった。セックスと無縁の恋愛ができるのはあの時までだから、貴重な時間だったに違いない。この小説のすっ飛び振りを読んでそう思う。なのに、この本の主人公は、中絶の相談に来た女子中学生に対し、一箇所だけありきたりなセリフを吐いて白けさせてくれるのだ。

 ”そう言うと、彼女は隣のテーブルに移って、テレビゲームをやり始めた。何というか、もう私には全く理解できん世代が誕生していたんだ。”

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.『渋谷系ネットビジネスの「正体!」を見た。』(宝島社)

渋谷系ネットビジネスの「正体!」を見た。―彼らの"ビット"な経営術って?

宝島社 2000-11
売り上げランキング : 369,016

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 渋谷マークシティに本社があるIT企業に勤めていながら、恥ずかしいことに今渋谷がこんなことになっているとはつゆほども知りませんでした。丸ノ内等の旧来のオフィス街のビルでは、電源が大量のコンピュータを使うIT企業に耐えられないので、賃料の相対的安さとあわせて渋谷が注目されてる、くらいのことしか知りませんでした。最近では、データセンター等の流れでまた逆流が始まってるということくらいしか。
 この本ほど先行者利益を教えてくれる本はちょっとないでしょう。今、ネットビジネス業界を賑わせている企業の母体は、ほとんどが日本におけるコンピュータ黎明から関わっている人々にある。今更、そこに追いつくことなんてできない。だから、金が動くのだ。乗っ取り。買収。時間の制約を乗り越えるために、金が動く。いみじくも、コンピュータとは作業時間の圧倒的短縮装置だ。
  IT業界は、できなかったことができるようになる業界だから、チャンスはたくさんあります。金は、不可能が可能になるところに惜しみなく注がれる訳ですから。それはビジネスとしてはまっとうだし、なんの問題もないように見えます。しかし実際問題、そのチャンスめがけて大勢の人間が集まると、途端に単純なそのルールは狂い始めます。不可能が可能になる価値以上に、儲けようとする人たちももちろん現れる訳です。それ以上に短時間で儲けようとする人たちが。そういう悲喜こもごもを、IT業界に所属する人間としては、否応なく読み取ることが出来た本です。

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『藪の中』(芥川龍之介/新潮文庫『地獄変・偸盗』に所有)

地獄変・偸盗
芥川 龍之介

新潮社 1968-11
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 読書が多少なりとも人生観とやらを育てる手助けをしてくれるものなら、僕にとって『藪の中』は人生観を決定づけた小説のひとつに違いない。
 自由を奪った夫の目前でその妻を強姦する盗人、夫の目前で犯された妻、そして目前で妻を手篭めにされ殺される夫、たった一つのはずの事件が、それぞれの視点で語られる。事実は確かにあるはずなのに、当たり前のように食い違う。
 事実は、人によって違う。人それぞれの考え方感じ方の分だけ、事実がある。自分の都合のいいように歪めた記憶が事実。いくらでも絶望的な結論を読み取ることはできる。そうやって、深くまで読み込んだ気になっていたのが、高校生の頃だった。
  何時の間にか、簡単には誰かを咎めることはできないくらい、大小取り混ぜた過ちを犯してきた。馴れ合いを身に付けた訳じゃない。もう少し、人の気持ちを、例えばふられたくらいでベロンベロンに飲んだり、その想いに堪えきれないが故に恨んでしまったり、そういうのを判ってゆけるように。人生観は変わってゆくし、たまに広がりも見せる。苦しいながらも、前を向いてみようという題材になる小説だ、今の僕にとっては。

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『be with 047』(B'z official fanclub)

「尊敬する人物」と言えば、両親のほかに稲葉浩志を上げるくらい稲葉浩志に入れ込んでいるので、ファンクラブの会報と言えども等閑に読む訳にはいかない。 この会報は最新号なので、昔読んだ文章の再読という訳ではないが。
 稲葉浩志が好きなのは、純粋に歌詞が凄くかっこいいということと、バンド活動のクオリティと、両方だ。なんだかんだ言われても、ずっとトップを維持することは 誰にでもできることではない。それをやり続けていくのは、生半可な精神力ではない。
 歌詞に出てくる人間像がその人をすべて反映する訳じゃないし、反映してばかりなら作詞家としては幅が狭い。自分ではないことを書けるから凄い歌詞が出てくる。この会報で興味があったのは、豪雨の千葉マリンスタジアムを彼らがどう捕らえているのか、の一点だったが、納得は出来ないものの「それもかけがえのない一瞬」と述べる稲葉浩志の言葉は、それなりの説得力があった。仕事に純粋に真摯な姿勢を 持つものだけが持ちえる、無垢な説得力と思う。
 しかし、精神的な部分はともかくとして、実際のライブ興行としてはやはりベストを尽くしたとは言えないだろう。彼らはパフォーマーであり、興行面の責任を分けているからこそ大規模なライブが出来るのだが、今回の会報で、今まで無理だと言われていたハガキによる地元会員優先予約を実現しているのだから、やり方はいくらでもあるはずだ。 サザンは茅ヶ崎ライブをやり、GLAYは学園祭に出演する。まだまだファンを大事にしてほしい。 できるはずだ、あの無垢な姿勢を具現すれば。

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『流しのしたの骨』(江國香織/新潮文庫)

流しのしたの骨
江國 香織

新潮社 1999-09
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 この本を買いに行ったときは、TVドラマのラブストーリーのような、平和で安心感のある小説が読みたかった頃で、背表紙のあらすじを片っ端から読み漁って、いちばん平和そうなヤツを買ったつもりだった。
 "そよちゃん"の離婚の理由がまったく語られない。語られないまま、両親も他の姉妹・弟も受け入れる。もちろん、この家族の中では、なんとなくかちゃんとか、判っているんだろう。僕は家族を、こんなふうにいつでも味方してくれると信頼してただろうか?どうも僕は身内に辛い。
 雑煮の作り方とか、朝食はパンかご飯かとか、100の家庭があれば100のルールがある。だから家族が何をやっても、家族は味方してくれる。その信頼は自分の胸のうちにある。"そよちゃん"を見ながら、そう自戒してみた。ああ、早く子供が欲しい。家庭が欲しい。

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