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2005/05/04

『不可能な交換』(Jean Baudrillard/紀伊国屋書店)

不可能な交換
ジャン ボードリヤール Jean Baudrillard 塚原 史

紀伊国屋書店 2002-01
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 思想書を読むのは2,3年ぶりで、読み始めてから読み終えるまでに1ヶ月かかってしまった。もちろん、本書で使用される語彙をすべて理解できていないし、それどころかまず言葉そのものを覚えてさえいない。そんな中途半端な状態で思想書の読後感なんて書いてはいけないのだけど、サラリーマンで門外漢の僕に思想書を100%理解するだけの時間を割くことはできないので、一頻り思ったことを書いてみる。
 思想のおもしろさは、「正当化のプロセス」にあると僕は思っている。世界の構造や価値観の行く末について、先人が使用してきた語彙の重なりを踏まえながら、それを揺らしたり強めたりして、自分の解釈を「正当化」していくのだ。突飛で跳躍し過ぎているようでも、そのプロセスによっては納得せざるを得ない(というよりは反論できないということか)ことがあったりして、そこがおもしろい。
 『不可能な交換』は、一読した限りでは人の「ないものねだり性」の行く末を、思想的に予言している論考に思えた。貨幣の登場以来、経済原則は主義の如何を問わず「等価交換の実現可能性」を第一義としてきた。あらゆるものは、その等価物と交換可能であるという原則だ。等価交換が可能であるがゆえに貨幣が成り立ち、ありとあらゆるものに意味と目的を与えることができると思い込んでいる。
 その結果、あらゆるものごとは予測可能であり安定的であり、その安定性を揺るがす部分=「生」に対する「病」や「死」、「現実」に対する「神話」や「幻想」、それらを抽象化した概念としての「否定性」や「悪」を追放して「肯定性」と「善」によるトータルな支配を実現せんと試み続けてきた。
 ところが我々はここへ来て、兼ねて遠くへ押しやってしまいたかったはずの「死、幻想、否定性、悪」等々にノスタルジーを抱いてしまっている。例えばクローン技術はわれわれに幸福な未来を想像させるだろうか?
  しかし単純に一度追いやった「死、幻想、否定性、悪」が簡単に再生される訳ではなく、その対立性そのものが無効となり、等価の概念が無効となるがゆえに等価物も失い、安定性の基盤が無効となって、不確実性に支配されるというのがボードリヤールの論考の概要だと(今のところ)思っている。
 この論考は力強い説得力がある。実際、「等価交換の実現可能性」を最も直接的に信奉すべき立場にある経済の場面では、未だに予測可能性も安定性も確立することができないでいる。かと思えば、イメージによる予測不可能な大ヒットとその現象の記号化さえ起きているし、さまざまな差別化を施した性と貨幣との等価交換は、その債権者側=売春側の幻想を打ち砕く方向に推移している。
 こんなふうに平たい言葉で言ってしまうのは、思想の土俵ではルール違反だけど、そもそも「等価交換」とは「なんでも金で解決できる」という思い込みであって、至って凡人的に考えれば、そんなことありうる訳はないのだ。しょうがないから損害賠償やら罰金やらそういうルールを作ってやってきただけで、そのルールを神格化したところからこの物語は始まっている。「不可能な交換」と言われると体の奥がなんとも言えずざわめくような生理的な不安を覚えるが、これは凡人がまっとうだと極めて凡人的に考える「世界」を取り戻すための思想に流用することさえできると思う。ボードリヤールは、「違う。これは高度情報化社会の先に進展する世界であって、かつてあった世界を取り戻しているのではない」と言うかも知れないが。

 一向構わない。奇しくも「進展するのみで取り戻せはしない」というように、世界は「不可逆的」で「不可避」なのだから。

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