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2005/05/04

『十二の意外な結末』(Jeffrey Archer/永井淳 訳/新潮文庫)

十二の意外な結末
ジェフリー アーチャー 永井 淳

新潮社  1988-09
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 物語はどんな種類のものであっても、細部の具体性の多さによって説得力を与えられるから、上流階級という構図を持ち出して物語を形成することは悪いこと ではもちろんない。  しかし、この『十二の意外な結末』には、単に構図を借りているのではなく、上流階級というひとつの型が存在し、それを「既得権」として知識に持っていれ ば書ける話がいくつかある。つまり、話のオチが「上流階級」という構図そのものというパターンである。あまりよく知らない世界を読めることで面白さを感じ る部分もあるが、知っていれば労せず作れる物語だから、こういう作品は物語というよりその世界を知っている者から提出されたレポートというほうが適切では ないだろうか。  むしろ、どんでんがえしと呼ぶようなそれとわかる落ちのない作品のほうに心揺さぶられるものがある。例えば、『ブルフロッグ大佐』。この物語では作者の 幅広い好奇心と世界に対する関心が遺憾なく発揮される。それは「既得」のものではない。「贈り主がいなくなるまで待つという日本の習慣を知らずにたずね た。」と言ったさりげない一文に、著者の見聞の広さが垣間見れる。  それにしても、イギリス人の著者がこれだけ冷静に日本軍人を描き、「日本人は敗戦ののちも規律正しく自分たちの運命が決まる日を待ち、大多数の者は敗戦 の当然の帰結は死であると覚悟していた。」と表現されるほど読み取られているにも関わらず、我々日本人の精神はなぜこれほどまでに変化することができたの だろう。余りにも死が身近にあった時代への恐れから、我々日本人は、死を必要以上に遠ざけすぎているのではないだろうか?その結果、無闇に死を身近にひき つけようとして不可解な事件が多発することになったのではないだろうか?  そして『ブルフロッグ大佐』では、戦争裁判で「正しく」裁かれた軍人たちが、大佐の協会に多額の寄付を贈り続ける美談となっているが、結局のところ戦争 中に「偉かった」人間は、戦争が終わっても「既得権」で偉いままだったという戦後日本の構図を炙り出している。  「既得権を侵さない」は、本作中2度も出てくる。イギリスでは「既得権を侵さない」姿勢が当たり前らしい。

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