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2005/05/04

『パイロットフィッシュ』(大崎善生/角川書店)

パイロットフィッシュ
大崎 善生

角川書店 2001-10
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 主人公は小さい出版会社に勤める四十代の男、山崎。年齢を重ねていくことに漠然とした不安を抱いている僕には、それだけで十分読み進めたくなる。四十歳の人間は、どんなことを思い日々を生きるのか。しかしこの小説が描写するのは、「今」ではなくて「記憶」、つまり「過去」にフォーカスされている。
 山崎の学生時代の記憶、小出版会社に勤めてからの記憶と、四十代の山崎の現在の身辺とがクロスして描かれる。学生時代の恋人との思い出や過ちの記憶、社会人になったばかりの頃の意気揚々とした青い言動の記憶、若い時代の様々な記憶が、登場人物達を苦しめている。
 例えば、新人サラリーマンだった頃、オッサン達を時代遅れと笑い飛ばしてガンガンやってきた山崎の友人森本は、その勢いで得た成功が、年齢とともに衰える勢いと共に失われつつあることに怯えて暮らしている。彼を苦しめるのは、かつてオッサンを笑い飛ばした自分の言動という記憶。その記憶が今オッサンとなった自分を苦しめるのだ。
 こういったタイプの、「弱い」人々が登場するのだが、数年前の僕なら彼らを「弱い」と一刀両断にしたことだろう。しかし、二十代に別れを告げようとしている今、もちろんこの種の「弱さ」を弁護する気はないものの、だからといって×印をつけようとは思わなくなっていた。程度の差はあれ、人は本来弱いものだ。それを
是とする訳でもないし、それを克服するのがあるべき姿だというつもりもない。単に、本来弱いもんだってことを、受け入れるようになったというべきか。
 この小説は、「人は記憶からは逃れることができない」という視点に立つと、確かに悲観的な小説かもしれない。人生には取り消せないことのほうが遥かに多いし、ありえない無駄だと判りきってることばかりだったりもする。ただ主人公・山崎は、表面的には失ったり別れたりしたことでも、記憶から消し去ることはできないのだから、ずっと一緒にいるのと同じことなのだと言う。安っぽい慰めかも知れないが、そういうものが信じられなければ、人生の最期の最期に残るのはただ深い悲しみだけのような気がする。ちなみにパイロットフィッシュとは、後に水槽に入る本命の観賞魚のために水質を整える役割を与えられる(実際にうまく循環サイクルにのって整うかどうかはわからない、そして整わなければ通常その水槽の水質は二度と循環サイクルには乗らない)魚のことである。

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