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2005/05/04

『体は全部知っている』(吉本ばなな/文春文庫)

体は全部知っている
吉本 ばなな

文芸春秋 2002-12
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 『体』のどこかをモチーフとした13の短編小説集。

  二十代直前の娘特有の鋭敏な感性の働きで、近所に住む顔見知りのちょっと変わったタイプの、しかも全然好きなタイプではない学生に流されるままに軟禁され る『ミイラ』のような、『体は全部知っている』というタイトルの想起させるのに近い物語もあれば、友達仲間五人とトスカーナを旅行している途中、そのメン バーで母親を亡くしていた男友達に対して、「彼はほんとうにもう母親を亡くしたんだ」という実感が不意に湧き上がる『花と嵐と』といった、一読して『体』 とどんな関係があるのか狐に摘まれるような物語もある。
 その『花と嵐と』なんかは、語り手は女性だし作者ももちろん女性なのに、なぜこんなに男というものの深層に一突きで踏み込んでこれるのか、ほとんど理解できないくらい趣がある。やはり女性は、女性も男性も『体で知っている』ということなんでしょうか?

 そういう「頭では判らない」感覚で満ちているこの小説集の中で、すごく印象に残り気に入ってるのが『小さな魚』。胸の真ん中に魚の形をした小さな 膨らみ(アテロームという、せんいや脂肪のかたまりだそう)を持つ女の子が主人公という、『体』のモチーフがはっきりした物語。
  彼女はアテロームができた高校生のとき、医者に「三年薬をはりなさい」と言われその期間の長さに「冗談じゃない」と治療を中止するのに、ある冬悪化したア テロームを見て医者に行き、簡単にレーザー除去を開始、その「小さな魚」を取ってしまう。温泉から帰ったら赤く腫れていたのでいよいよ取るときが来たと単 純に思い、単純に取ることを決めて、実際に取ってしまう。その一連の流れの中では、高校生のときからずっとつきあってきた「小さな魚」と別れる寂しさは思 わないし浮かんでこない。取った後振り返っても、「今朝に戻りたい」と思いつつ「多分同じように取ることを決意しただろうと思う」というように、どっちに しても彼女は「小さな魚」を取ったに違いない。
 それでも彼女はその寂しさを感じずにいることは出来ない。赤い腫れを見て取ることを『体』が決めたのに。それでも寂しさを感じずにはいられない。いや、寂しさを感じてしまうから『体』が決めたということなんでしょうか。

  そして彼女は、いつかは「小さな魚」のこともあまり思い出すこともなくなりそう、寂しく感じることもなくなるだりそうと予想する。それでも今の寂しさをご まかしたりしないし、そうしなければよかったなんてことも思わない。それは彼女が、嘘をつかない『体』に正直に生きているからだし、僕らは彼女と「小さな 魚」に触れたとき、自分達が何かを失ってきたこと失うことを改めて噛み締めずにはいられない。避けようとしたり悲嘆に暮れたりではなく、その瞬間瞬間で噛 み締めてきたことがとても大切だったんだと気付く。

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