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2005/10/31

『東京奇譚集』(村上春樹/新潮社)

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東京奇譚集
村上 春樹

新潮社 2005-09-15
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 前回書いたのが『哀愁的東京』と、東京で繋がっているのが僕にとっての奇譚だ。

 五篇からなる短編集だが、どれかが最も強く印象に残った、ということはなく、全体的に不思議な感覚の残る短編集だった。ひょっとしたらそんなこともあるかも、という、偶然と片付けるのを躊躇うような出来事から、明らかにある訳ない出来事だけれどもそうは感じられないような出来事まで、奇譚をいつも通り巧みに感じさせてくれる。

 それでも・・・

 前回書いたのが『哀愁的東京』と、東京で繋がっているのが僕にとっての奇譚だ。

 五篇からなる短編集だが、どれかが最も強く印象に残った、ということはなく、全体的に不思議な感覚の残る短編集だった。ひょっとしたらそんなこともあるかも、という、偶然と片付けるのを躊躇うような出来事から、明らかにある訳ない出来事だけれどもそうは感じられないような出来事まで、奇譚をいつも通り巧みに感じさせてくれる。

 それでも、どちらかと言えば、軽く読み流せて、少しだけ頭のどこかにひっかかり続けるというような、思い切り思考を深く掘り下げるようなところのない短編集だ。どうしても村上春樹というと、すさまじい逼迫感といわゆる喪失感を求めてしまうのだけど、時代は小説にそういうものを求めていないということなんだろうか。

 奇譚が奇譚として成り立つためには、当然「尋常」が必要で、裏返せばこの短編集には、時代の「尋常」がぞろぞろと現れている。例えば『品川猿』の『安藤隆史』。「悪気はないのだが、何ごとによらずすぐに論理化してしまう。」 例えば『ハナレイ・ベイ』のサチを「団塊の世代」と決め付ける「長身」と、それに「なんの世代でもない。」と突っ張るサチ。
 どれもこれも自分のようで気がめいってくるが、そんなともすればある方向にばかり進みたがる癖のある時代に対して、奇譚が告げることは至ってシンプルで、「物事はそのままそっくり受け入れるしかない」ということだ。ハナレイ・ベイの警官もサチにそう告げたし、『日々移動する腎臓のかたちをした石』の淳平も、「大事なのは誰か一人をそっくり受容しようという気持ちなんだ」と気づくし、品川猿だって「全部込みでそっくり引き受けるのです」と言っているのだ。

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