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2006/05/16

『春のいそぎ』/立原正秋

4062753731 春のいそぎ
立原 正秋
講談社  2006-04-14

by G-Tools

 不破篤子・保江・数馬の兄弟のそれぞれの不倫愛憎劇。数馬は自分を捨てて資産家と結婚した敏江と、篤子は両家に嫁いでいながら起源寺の茶会で知り合った中畑と、保江は同じテレビ局に勤めている既婚のプロデューサーの高遠と。数馬は更に、資産家の妾の加代子とも関係を持っている。その発端となっているのは、昭和二十年、終戦の日の彼らの父の自決。
 終戦の自決と言っても、殊更にその意味を重く描かれてはいない。国に殉ずる思想に完全に囚われていた戦中の人であるという範囲を超えない。この事件が兄弟に破滅の思想を強く植えつけたというほどに色濃く言葉を重ねられてはないと思う。・・・

 破滅観だけではなく、それぞれの不倫関係での心理も、とても細やかに描かれているけれどもどこかおっとりとしている。それはやはり昭和40年代の言葉とテンポがそう感じさせるのかも知れない。
 そんなゆったりとした中で、真にしまってくる文は、「いやいや、人間の情念なんてのは、当人の教養だけでは、どうにもならんものじゃ」という和尚の言葉と、「こう太平な世のなかになってくると、人間は滅亡というものに心惹かれるようになってくる。」という数馬の言葉。そして不破家の実家も、戦中の古い時代を象徴する「壊すべき」ものとして描かれている。終戦という形で何かが破滅して何かが始まり、その破滅の記憶が別の破滅を呼び起こしながら、兄弟はまた何かの始まる春にいそぎ(=準備)を始める。ただひたすらに破滅の美しさを描き尽くした小説も読み応えがあるが、この小説は破滅観を当たり前のことのように扱っていてより現実的に感じられると思う。

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