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2006/08/27

『空中庭園』/角田光代

4167672030 空中庭園
角田 光代
文藝春秋  2005-07-08

by G-Tools

 夫婦娘一人息子一人にその周りの人々というそれぞれの視点で語られるストーリーそのものは面白かったけれど、これが『家族』をテーマとした小説だということを考えるとき、「確かに現代の多くの家族はこんなふうになっちゃってるんだろうなあ」という、問題を丁寧に書き取ってる凄さと、「問題の姿形や所在は分かるけれど、問題提起にはなってないよなあ」という、多少の物足りなさが残る。

 家族って、いつからこんな偏狭なモノになってしまったんだろう。いつでもどこでも清く正しくというのが家族なんだろうか?…

少しの失敗も恥ずかしさも許されないのが家族なんだろうか?どうして絵里子は家庭を完璧にしないと気が済まなかったのだろうか?このストーリーの中では、 それは複雑な自分の生い立ちに起因していると、絵里子の口からと絵里子の母の口からも語られる。家族の問題は前の世代から引き継がれる難しい問題なのだと 言えばいいのかというと、その考えは絵里子が子供の頃親はそちらを可愛がってばかりいると嫉妬していた兄の、「『今でも口を開けばおまえの話だよ。おまえ がどこそこの菓子を買ってきただの、花の苗を持ってきてくれただの……まああの人は昔からそうだけど』」という一言であっけなく破られる。どれだけ自分は 不幸だと思い込んでいても、人から見れば事実は全然違うものなのだ。

 絵里子はそういう理由で家庭は完璧でなければならないと突き進んでいたが、理由はともかく「家庭は完璧でなければならない」と突き進んでいる家庭、特に 妻がそう考えて突き進んでいる過程は少なくないように感じる。それは言ってみれば「体面」「世間体」的なものを重んじる、というよりは気にして突き進んで いるよう。要は自分が「恥ずかしい」目にあうのが嫌なのだ。そういう意味では、絵里子が母親に対して抱いている感情、「あのとき、母は、自分が楽になるた めに泣いていると私は理解したのだった」という感情を、読み手は重く受け止めるべきだと思う。巡り巡って、それが嫌で完璧な家庭をつくろうとした絵里子 も、同じことをやっているのだ。

 いつから家族はこんな偏狭なものになってしまったんだろう?ストーリーに感情を掻き立てられるし、「小説は瞬間瞬間を切り取ってただ文字に焼き付けるだ けで、教条的なものはいらない」とは思うけれど、掻き立てられて何かを感じて何かが動かされなければ小説ではないと思う。『空中庭園』は、残念だけど僕に はそこまでのものは感じられなかった。「そうそう、そういうこともあるよねー」と女の人たちが集まって盛んに頷きあって終わり、というような感じだった。

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