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2006/10/15

読みたくなった本:『外資系トップの仕事力―経営プロフェッショナルはいかに自分を磨いたか』

4478733341 外資系トップの仕事力―経営プロフェッショナルはいかに自分を磨いたか
ISSコンサルティング
ダイヤモンド社  2006-09-08

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 今勤めている会社が外資系3社目になる人間として、外資系トップの凄さというものも肌で感じているので興味がある。一方で、「外資系」でなくとも凄い仕事力のトップはたくさん存在すると思うので、この本で、ここが「外資系」だ、というものに出会えるのかも興味がある。

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2006/10/09

『ひとかげ』/よしもとばなな

4344012321 ひとかげ
よしもと ばなな
幻冬舎  2006-09

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 『とかげ』のリメイク。タイトルを見て「『とかげ』と何か関係があるんだろうなー」とは思ってたけどまさかリメイクとは思わずびっくりした。オリジナルの『とかげ』も収録されていて、読み比べることができます。
 両方読んでみた感想は、『ひとかげ』のほうがやっぱり円熟した印象。生身の人間の感覚が頭に染み込んでくる。『とかげ』のほうが読感はドラスティックなんだけど…

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『R25 2006/9/29-2006/10/5 ロング・インタビュー 吉井和哉』

Interview_imgR25 2006/9/29-2006/10/5 ロング・インタビュー 吉井和哉





 30歳になった頃は「とうとう30歳になってしまった~」というショックとも溜息とも言い切れない気持ちになっただけだった気がするけど、それから1,2年過ぎた頃から「この先どういうふうに歳を取っていけばいいのだろう?」というのが皆目見えず、周りにお手本もなく、文字通り暗中模索の日々だった。
 そこへ来て吉井和哉が現れた。文字通り「吉井和哉が現れ」てくれた。ザ・イエローモンキーを解散した後彼はYOSHII LOVINSONとして現れて、内面を深く追求した楽曲を提示してくれたけど、彼はYOSHII LOVINSONであって吉井和哉ではなかった。彼はこのインタビューの中でもこう語っている。…

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2006/10/08

『赤い指』/東野圭吾

4062135264 赤い指
東野 圭吾
講談社  2006-07-25

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 自分の母親と反りのあわない妻・八重子とろくに口もきかない年頃の息子・直巳に日々疲れている昭夫。ある日直巳が自宅で小学生の女の子を殺してしまう。親としていったいどうすればいいのか、意見が合わず言い募りあう昭夫と八重子。そして-。
 いろんな書評で「少年犯罪問題と老人介護問題に踏み込んだ作品」と読んでいたので期待していたけど、そのどちらにも深みを覚えることが出来なかった。…

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2006/10/06

小手鞠るいファン発見

一通り仕事が終わって、岡山駅地下の書店を覗いてたら、
平積みの棚に近づいてきたいかにも今時の女子高生と思しき
女の子が、一緒にいた彼氏と思しき男の子に、
『エンキョリレンアイ』を指差しながら

「わたし、この人の本好きーコデマリルイー」

彼氏は「ふーん」くらいで行っちゃったけど、
小手鞠るい、結構若い世代にも読まれてるのかなー。

小手鞠るい、今お気に入りの作家なので嬉しかったです。

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2006/10/02

読みたくなった本:『心にナイフをしのばせて』/奥野修司

4163683607 心にナイフをしのばせて
奥野 修司
文藝春秋  2006-08

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 ある少年事件の被害者家族のその後を追ったルポタージュ。"SUNDAY NIKKEI 読書"の書評のここを読んで読みたくて仕方ない。

 本書で最も衝撃的なのは加害者少年の「その後」であろう。彼は弁護士になっていたというのだ。・・・(中略)・・・過ちを悔いて弁護士になったのではないようだ。父親の愛人の養子になることで名前を変え、過去を消し、被害者家族への償いもせずに地元の名士として生きている。

 これは重い。だから読んでおかないとなあ。

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立ち読みのススメ!(日本経済新聞2006年10月2日朝刊5面「インタビュー領空侵犯」)

 日本経済新聞2006年10月2日朝刊5面「インタビュー領空侵犯」に、湯川れい子氏の「立ち読みが国を滅ぼす」という記事が掲載されてる。

国を挙げて日本のマンガなどの文化を世界に売り込もうとしているときに、このまま立ち読みを許し続ければ、だれも良いものを出そうとしなくなる。次世代の才能は育たず、日本の文化は衰え、国の力が低下してしまいます。

 立ち読みってそんなに行けないこと?そりゃ確かにあんまりいいことじゃないけれど、どうも「そんなに目くじら立てなくても」感もあったのでちょっと考えてみた。

 なんで立ち読みするかっていうと、大抵は買うほどじゃないと思ってるからだ。もうちょっと積極的な理由は、面白い内容かどうか確かめてみる場合。本一冊買うのだって雑誌一冊買うのだってお金が掛かるんだから、誰だって普通慎重になる。雑誌一冊だって、吊り広告で見た気になった記事だけ読めればいいってときは大抵立ち読みするんじゃないか。

書店やコンビニエンスストアで立ち読みして買わずに済ませたら万引きと同じ。

まずは手にとってもらい最後は買ってもらおうという狙いでしょうが、

 一般書籍とマンガと雑誌、書店とコンビニを同列で考えるのは難しいかも。湯川氏の論点は先に引用した通り、「立ち読みは国家的な財産侵害」ということだけど、例えば雑誌とコンビニという組み合わせだと、雑誌の立ち読み客がついでに小口物品を購入することを計算に入れてコンビニ側は商いしてて、当然そこに雑誌を卸している出版社側もそんなことわかって卸してる訳だから、そこには経済的にはなんも問題ない。そんなこと知らず卸してる出版社があったとしたらだいぶお間抜けだ。
 マンガは確かに最近どこの本屋に行っても特に単行本は立ち読みできないようにビニール閉じされてて、ここまできっちり立ち読み防止しているから作家の権利保護が図られこれだけ巨大産業に発展したという言い方ができるかも知れないけど、単行本は単行本になる前に週刊本・月刊本で連載されてるよね。あれは単価が安いからみんな買って読むと思う。本屋によっては月刊本で立ち読みできるし。つまり、ちゃんと「内容お試し」の機会があるってことだ。
 思うんだけど、文化というのは裾野を広げないと絶対に発展しないし隆盛もしないし向上もない。確かに一部の優れた秀でた人間だけで磨き続けていくようなタイプの文化もあるんだろうけど、ここで湯川氏が俎上に上げているのはそういった類の文化ではないでしょう。なんたって「立ち読み」に物申すくらいだから、広く国民に広まるような文化としての書籍を考えていると思う。であれば、裾野を広げるためには、単価を下げるか、お試しできるかという、「触れる」機会を増やすことが重要だと思う。
 で、小説は残念ながらあんまりそういう機会がない。おまけに単行本は高い。だから単行本が文庫本になるのを待ったりするし、新刊でちょっと興味を引かれたりしたら手にとって立ち読みして内容を確かめたりするのだ。そりゃ新刊をジュンク堂のような「座り読み化」の店で読破してしまう猛者もいると思うけど、そこまでして時間かけて立ち読みする人はそれはそれで相当の文芸好きで、買いたい本は買ってると思う。そうじゃなくてもそういう人が文芸という文化の担い手なのだ。
 文芸新刊もマンガと同じように文芸誌に連載されていたものが単行本になることもあるけど、マンガのように購入するケースは、よほどの文学好きじゃないと考えられない。それは価格とか通読に要する時間の問題とかもあるけれど、根本的には「文学を楽しめない」からだ。

 そう考えると、やっぱり「立ち読み」を云々するのは「小さいことに目くじら立ててるなあ」と思う。雑誌の立ち読みなんて、回転が速い分だけ買う人もいれば買わない人もいる。文芸本の立ち読みはそもそも完全にできやしない。

図書館で本を読む人たちと書店の立ち読みで済ませようとする人たちとは、本や雑誌に対する姿勢も認識もまったく異なると思います。

 そりゃ偏見ってもんだろう。どんな姿勢で本を楽しんだっていいじゃないか。ここには、「文化的なるもの」を優越的に見ようという傲慢な姿勢が見え隠れする。こういう権威主義的な姿勢こそが、文学の楽しさをダメにしてきた元凶であり、ひいては文学を楽しめないが故に書籍にお金をかけない空気が生まれてしまうのだと思う。

結局は一人ひとりのモラルに訴えるとともに、知的財産や著作権がいかに重要であるかを教育を通じて徹底するしかないのでしょうね。長い道のりですけど。

 そうじゃないと思う。同じ長い道のりを辿るのなら、文学や書物を楽しめるようにもっと言葉の力を磨く教育をするべきだと思う。根本的には活字を楽しめないから、活字を購入しようと思わないのだ。そこを抜きにして、権利やなんやを振りかざしても魂が入らないではないか。そんなのは生産者側の理屈だろう。文化ってのは、そういう生産者側マーケティングからいちばん遠いところにいて、そうじゃなきゃ衰退するっていちばんよくわかってるエリアじゃないの?

 ほら、湯川氏の本領である音楽業界だって、今じゃどこのレコードショップだって視聴機置いてるし、ネットで視聴もできるし、レンタルもできればネットで安価に購入だって出来るじゃないか。書籍は確かに図書館でレンタルできるけど、それ以外にもっとやることがあると思う。それを忘れて「立ち読み」なんてのに目くじら立てるなんて、小さい小さい。

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