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2007/02/24

『センセイの鞄』/川上弘美

4582829619 センセイの鞄
川上 弘美
平凡社  2001-06

by G-Tools

 38歳独身のツキコと70代のセンセイとの恋。飲み屋で見かけて以来なんとなく言葉を交わすようになり、距離を少しずつ近づけていく。
 ツキコがセンセイに惹かれていくのは判り過ぎるくらい判る。38歳という、一頻り分別を持った成人女性は、センセイのように何事にも分別を持った男性に惹かれるものだ。見た目がかっこいいとか、高価なプレゼントやお店に連れていってくれるとか、そういうことで惹かれるのは大抵若いうち。だから、ツキコがセンセイに惹かれるのは判り過ぎるくらいよく判るんだけど、男として納得いかないのはセンセイが…

70代ということ。「分別」の一点で持っていかれちゃあ、年取っている男のほうが有利に決まってるじゃないか!
 なぜかそういう憤慨を覚えながら読み終えて、じっくり考えたら、ツキコが世間の女性の標準と捉えて読んでしまってるからだと思い至った。当たり前だけど ツキコはツキコであって、世の中の女性がみんなこんなふうにセンセイのような分別に惹かれる訳じゃない。そして、自分に素直になってみると、自分が目指す ところがセンセイのような、しっかりとした分別を見につけたいと思っていて、それは一朝一夕で行かぬことだと判っているから。特にセンセイに大きく共感し たのは、次の一節。

 ”ツキコさん、ワタクシは、相手をこらしめるためにこういうことをしたのでは、ありません。ただ、いまいましく思っている自分を満足させるために、すったのです。”

 この一節のように、『センセイの鞄』は、ちょっと奇を衒ったラブストーリーのようでありながら、人生の機微というか、正しく筋を通す言葉がツキコやセンセイから語られて思わず頷いてしまう。センセイが夢の中で別れた妻について語った後ツキコが抱く疑問もそう。”スミヨさんは不幸が嫌いだったのだろうか。不幸を嘆く気分が嫌いだったのだろうか。”

 そして、実はセンセイのように分別を身につけ、どんなときもなるべく冷静さを失わず丁寧な対処と言葉を扱えるようになりたいと思っている僕は、ツ キコの次の一言に、僕もこういうところがあるしこういうふうになろうと努力していると安心しつつも途方も無い嫉妬と遣る瀬無さを覚え、でもしょうがなくと も70代までの長い道のりを続けようと決め込むのでした。

 ”そういえば昔つきあっていた男の子は、わたしと意見が違うと、まっこうから否定しにかかったものだが、センセイにはそういうところがなかった。 これを優しさと言うべきか。センセイの場合、優しみは公平であろうとする精神から出ずるように見えた。わたしに優しくしよう、というのではなく、私の意見 に先入観なく耳を傾けよう、という教師的態度から優しさが生まれてくる。ただ優しくされるよりも、これは数段気持ちのいいことだった。”

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