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2007/05/27

『となり町戦争』/三崎亜紀

408746105X となり町戦争
三崎 亜記
集英社  2006-12

by G-Tools

 北原の住む舞坂町は、ある日[広報まいさか]で町民に、となり町と開戦することを知らせる。程なく北原の元に、「戦時特別偵察業務従事者の任命について」という通達が届く。

 町役場からの通達や役所仕事の描写とか、結構細部がリアルで、戦争ということはさておいても、いろいろな仕事の進め方や軋轢が面白いんだけど、「戦争」をどう捉えるべきか?価値観のぶつかりあいとか、ある価値観が別の場所ではまったく否定されてしまったりするような相対性とか、そういうことをまともに受け止めながら読んでいいのかな、と少し戸惑いがあった。そういうところに主題の重きをおいているのかどうか、自信を持てなかったから。北原が最後に…

…「自分の意思で失いたい」というように、「戦争」は自分では選択しえない圧倒的な「状況」のメタファーで、それでも自分の「意思」を持つことを訴えかけるのがテーマなのかなと思ったりもした。

 それでも一点、「戦争」を中心に据えると、かすかな違和感があったのは次の箇所。

「僕たちが戦争に反対できるかどうかの分岐点は、この「戦争に関する底知れない恐怖」を自分のものとして肌で知り、それを自分の言葉として語ることができるかどうかではないかと。」(p151)

 「戦争に関する底知れない恐怖」を自分のものとして肌で知ることは究極的に難しい。戦争の恐怖は戦争でしか知りえないと思うから。だとしたら、戦争に反 対できるかどうかの分岐点を、戦争を知らない僕たちは反対の方向に分岐できないことになってしまう。しかし、それは実体験しないと肌では判らないと自覚は しながら、日々必ず生まれている「避けようのない状況」を噛み締めながら、底知れない恐怖を肌で感じることは出来るかもしれない。そういう意思こそが分岐 点ではないか、と思う。

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