『ミステリアスセッティング』/阿部和重
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ミステリアスセッティング 阿部 和重 朝日新聞社 2006-11 by G-Tools |
歌い声は罵られ、泣き声は人を魅了する。そんな自分の持つ矛盾に気づかないまま、吟遊詩人として生きていくことを選んだシオリの誠実で薄幸な奇譚。
これは早い!早いです。さすがケータイ小説。ケータイで読まれることをきちんと考慮すると、こういう文体になるだろうなあと納得できます。だいたいのストーリーの提示が、「xxだった。なぜなら・・・」という倒置になっていて、一度に目に入る文字量が制限されているケータイでも無理なくストーリーを頭に残しながら読み進めることができます。その分、大きな展開の少ない前半は、若干論文を読んでるような感覚もありました。
前半はシオリとノゾミの姉妹の話が中心で、自分は幸福感に包まれていてその幸福感が湧き上がった結果歌が口から出て行くのに、その歌は…
…咎められ受け入れてもらえず、自分は悲しくて悲しくて抑えきれずに泣いてしまうのに、その泣き声を妹のノゾミは美しいと感じ聴きたいと願い、姉のシオリを 泣くまで追い詰めようとする。この、「自分に対する自分の認識と他人の認識の食い違い」はとても面白いし、文体が早いのでするする読めるんですけど、その テーマについて深入りすることはないのが残念。
シオリにはつきあった彼氏が酷い男だとか、入学した専門学校が停止状態になるとか、次から次へと不幸が重なり、それでもシオリはそれを自分が果たさなけ ればならない使命として受け止めて前に進んでいく。シオリ自身の弱い部分や考慮が足りぬ部分があるのも事実で、だから読み手がこの話からどんな結論を導く かは比較的自由だけど、「どんな結論を導こうか」というほど多くの持続力のある余韻が残らないような気がします。「いい人なのに不幸に終わっちゃった、な んかイヤな感じのこともあるよね」くらいしか心に残らないかも知れないです。この辺が、ストーリーテリングが直線的にならざるを得ないケータイ小説の限度 なのかも。
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