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2007/07/22

『好き、だからこそ』/小手鞠るい

4104371033 好き、だからこそ
小手鞠 るい
新潮社  2007-06

by G-Tools

 画廊の受付で働いていた19歳の風子が、高校から退学処分になった後独学で猛勉強しコックになった大岸豪介-ゴンちゃん-と出会う。『その時、心の中に浮かんだのは、そんな言葉だった。「まぶし過ぎて、痛い」』。

 小手鞠るいの小説は、時間軸の長いものが多いです。まず若い頃の危なっかしい恋愛があり、その主人公が年を取り分別を弁えて、そういった突っ走る感情をコントロールできるようになった頃にもう一度若かった頃の恋愛をなぞるような事件が起こる。そこで、長い時間をかけてこそ理解できる、人の心の優しさといったものに触れることになる。と、纏めたくなるくらい、この『好き、だからこそ』はそのパターンに嵌ってますが、今までと違うのは、時間軸を流れるのが2つではないこと。これまでは、主人公の若い頃と年を取った頃、とか、女性主人公と男性主人公、とか、軸が2つのことがほとんどだったと思うんですが、今回はかなり複数の軸が持ち込まれています。
 そのため、冷静に振り返ると、結構ご都合主義なストーリー展開にも思えるのですが、…

読んでる最中はそう思わないくらい引き込まれます。これは著者の相変わらずの力量。風子に簡単に「許したってくれや」というゴンちゃんにはゴンちゃんの、 そのゴンちゃんをおいて出て行った風子には風子の、ゴンちゃんと再婚した洋子さんには洋子さんの、その瞬間その瞬間の、理屈では言い知れない真実があっ て、それが得体の知れないくらい心に届いてくるのだ。例えば、風子がゴンちゃんを置いて出て行く場面-

『どんなに悲しくても、どんなに淋しくても、わたしの胸の奥にはたったひとつだけ、綿のようにふんわりと、年中暖かい春風の吹いている小部屋があって、その部屋の扉を開けさえすれば、ゴンちゃんを許し、ゴンちゃんを迎え入れ、ゴンちゃんとひとつになることができた。
 なのに、どうしてなんだろう。
 今夜はどうしても、その扉が開かない。
 躰をふたつに折り曲げて、わたしは泣いた。窓を叩きつけるように降る雨よりも烈しく。
 ゴンちゃんが好き。憎らしいほど好き。好きで好きでたまらない。だから-だからこそ。
 わたしは、壊れてしまった。
 いいえわたしは、死んでしまった。
 息ができない。
 わたしはもう、ゴンちゃんと、一緒に暮らしてゆくことはできない。』

 この理屈では書ききれない感情をするっと読ませるところが著者の小説の醍醐味で、本作は軸が多重になっている分より多く深く堪能できます。しかしながら 敢えて欲を言えば、「若い頃は直線的で、年齢を重ねて分別を持った大人になる」というパターンではないストーリーを次は見せてほしい。年を重ねてもやはり 女の本分は-というストーリーは『欲しいのは、あなただけ』で存分に見せられているので、次は「若くても分別のある女性はいる」というのを見せてほしい。 『欲しいのは、あなただけ』と同じくらい、スリリングに。

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コメント

藍色さん、ありがとうございます!
小手鞠るいは時間軸の長い作品に印象強いのが多いんです。
もしまだ読まれてなければ、『欲しいのは、あなただけ』はぜひ読んでみてください。お勧めです!

投稿: タツミ | 2007/08/04 21:47

はじめまして。
こちらの記事にトラバさせていただきました。
小手鞠さん初めて読んで、すごく感動しました。
こちらでの文章を読ませていただいて驚きと発見がいっぱいでした。
小手鞠さんって長い時間をかけるお話が多いんですね。

コメントやトラバ返しなどいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。

投稿: 藍色 | 2007/08/01 02:11

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好き、だからこそ 装画は那須香おり。装幀は新潮社装幀室。「小説新潮」2005年3月号〜2006年12月号不定期掲載に加筆。連作短編集。 空は何色:わたし・風子は19歳で画廊受付。コックの大岸豪介=ゴンちゃんと…。 心をこ... [続きを読む]

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