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2007/11/07

『放浪の天才数学者エルデシュ』/ポール ホフマン

4794209509 放浪の天才数学者エルデシュ
ポール ホフマン Paul Hoffman 平石 律子
草思社  2000-03

by G-Tools

 掛け値なしに面白い!!もちろんフェルマーの最終定理とかモンティ・ホール・ジレンマとか、数学の不思議な面白さがたくさん詰まってて、それらもけして難しいことを理解できなければ面白さがわからないような書き方じゃなく(取り上げられている題材のうちのいくつかは、実際に難しくてよく読まないと理解できないものもある)、けして端折ったり要約したりはしてないんだけどちゃんと分かり易く平易に書いてくれていて、数学を専門にやったことがなくてもその面白さに興奮できる。更に、エルデシュという、魅力溢れる天才数学家の行動や人となりがダイレクトに伝わってくる筆致で感動してしまう。おそらく、人生で読んだ伝記物のNo.1になるんじゃないかと思います。読んだ本としても五本の指に入ります。…

…ハンガリーという複雑な歴史を持った国に生まれたこと。あまりにも型破りな行動。それでも人々をひきつけてやまないエルデシュの魅力というのは、天才で あることと優しさと自己の信念を守り抜く反骨心。アメリカに再入国できないと知りながら、うまく渡ればいいものをそうはしない。そういう反骨心は、ともす れば無駄な労力を使ってるだけで「大人になりきれてない」と曲げてしまう対象になり勝ちだけれど、摩擦や衝突を恐れて逃げ回ってるだけでそれでは何も成し 得ないという励ましになる。

 数学のトピックで最もインパクトがあったのはやはり「無限」の考え方。無限を考えるということは、人と触れ合うときにどこまでも相手の気持ちを忖度しようというような、思いやりの心に通じるものがあるように思えた。

 本当に数学トピックが面白くて、ふっと「もっとまじめに数学をやればよかったなあ」と思いかけそうだけれどそう思うほどに僕は若くない。なぜなら、ここ までおもしろい数学をやるためにはとんでもなく大変な過程があるとちゃんと理解できるからだ。どんなおもしろいこともとんでもなく大変な道のりがあって、 今でも僕はその過程をちゃんと歩くことができる。そういうふうに、エルデシュから力をもらうことができる。

「わしはいつか自分が死ぬということを悟った。それ以来、若くありたいとつねに願うようになった。」(p16)
「ハンガリー人たちが数千人のユダヤ人やロシア人を残酷にも溺れさせて殺すという、ユーゴスラビアのノビ・サドで起きた虐殺事件を描いた『寒い日々』という映画だ。」(p28)
「ラムゼー理論のまだやさしい問題に、1から101までの整数の並べ替えに関するものがある。」(p61)
「もしかしたら、ことごとくエキサイティングなことは本当に巨大な数の領域で起きているのかもしれないんだ。」(p63)
「エルデシュは聴衆がわかっているものと思って、公演でも最後まで証明を説明しない。」(p67)
「ラマヌジャンは数学の形式的議論という概念を知らなかった。かれは直観に頼り、即興で解を出した。」(p92)
「三人は後に二二キロ離れたイースタンプトンで逮捕され、角谷静夫二十九歳、ポール・エルデシュ二十八歳、アーサー・ハロルド・ストーン二十二歳と名乗った。」(p108)
「偉大な数学者でさえ、自らの想像力の衰退や、自分の証明が実は思ったほど正しくないか重大ではないのではないかと怯えるあまり、精神的均衡を失うことがある。」(p120)
「一九三一年ウィーンで、当時二十五歳のゲーデルは数学のまさに基礎の部分をこなごなにうち砕いて、科学界を震撼させた。かれは、論理法則を持つ算術ほどに強固で無矛盾ないかなる形式的数学体系でさえも、自らの整合性を証明できないという証明をしてみせたのだ。」(p121)
「こうした新しい幾何学は、ユークリッド幾何学の定理に真っこうから対立した。」(p124)
「わたしはわれわれの世界を平面国と呼ぶ。それはわれわれがそう呼ぶからではなく、立体国に住む特権を与えられた、わが幸せな読者諸君、きみたちにその性質をより明確にするためである」(p131 『多次元★平面国』エドウィン・アボット・アボット)
「紀元前一六五〇年に書かれた、長さ五メートル半、幅三〇センチのリンド・パピルスまたはアーメス・パピルスと呼ばれる古文書である。」(p168)
「グラハムはおもりを二組に配分する場合はどのような重さのおもりでも、この簡単なアルゴリズムを使えば両社の差が決して一六パーセント以上にならないことを証明したのだ。」(p187)
「攻撃する価値のある問題かどうかは、反撃してくるかどうかでわかる。」(p192)
「この特別な種類の素数をかれは「正則素数」と呼んだ。」(p210)
「一九八六年、ケン・リベットは、自分でもその結果に驚いたのだが、通称「谷山・志村予想」という、まだ証明されていない定理が、フェルマーの最終定理を示唆していることを証明した。」(p214)
「たとえば、一九世紀末、無限はひとつの概念ではなく、いくつかの概念であると証明された。」(237)
「それ自体で示さずにそのものの存在を証明する実在証明という考え方は、旧世代の数学者たちには納得できなかった。」(p248)
「それではどうしてわたしは選択を変えたのだろう。それはわたしの考えが情報によって洗練されたからだ。これがベイズによる確率の考え方だ。」(p256 モンティ・ホール・ジレンマ)

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