« 『パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義』/中島 岳志 | トップページ | 『箱』ジ・アービンガー・インスティチュート »

2007/12/09

『初恋温泉』/吉田修一

4087748154 初恋温泉
吉田 修一
集英社  2006-06

by G-Tools

 温泉を舞台にした5編の短編集。離婚が決まっている夫婦、結婚間もない夫婦、ダブル不倫の夫婦、夫が保険外交員の夫婦、そして高校生カップル。どれも「余韻」を漂わせる良品。

 『悪人』を読んだ次なので、情感の淡さが物足りなさと感じそうなところはあったけれど、もともと吉田修一の作品のどういうところが好きかというと、淡々としていて静かで取り分け特別な出来事を持ってきてる訳でもないのに、日々生まれる感情をくっきり表すところなので、この『初恋温泉』は読んでいておもしろかったです。不思議なことに、どんな話かひとつずつ思い出していって、最後にひとつ思い出せなかったのは、5編のなかで…

最も特殊な状況をメインに据えている『白雪温泉』でした。

 『風来温泉』の恭介はやり手の保険外交員で常に成績もよくて収入も高いのだが、それが長く続くゆえにプレッシャーも相当なようで、妻の真知子から「不安 で見てられないから、こういう生活のためにがんばってるならがんばらなくてもいい」と言われ激高する。家族がいる以上、何のために働いているか?という問 いはついてまわるし、妻が夫を案じる気持ちもわかるけれど、やっぱりこういう言い方はするもんじゃないと思う。これってほんとによくある会話じゃないかと 思うんだけど、妻は良かれと思って言っていても、けしてよい結果に繋がらない言い方だと思う。なぜこれがそうなるかというと、「自分がそのせいにはなりた くない」という一種の”逃げ”が気持ちにあるからじゃないか。

 女の人にとっては『純情温泉』の高校生・健二のセリフ「何、言ってんだよ。温泉に浸かるだけで男は一万も二万も出しませんって」がいちばんひっかかるん じゃないかと思う。そういうもんだと思いつつ、そうはっきりと言うなよというところもありつつ。ただ、そういうことをあけっぴろげに言う健二がラストに、 「星の瞬く山間の露天風呂で、この気持ちがいつかなくなるなんて、いくら考えても想像できなかった。」と思う場面は本物だと思う。あけっぴろげに言うヤツ は純情さを持ち合わせていないというのは一貫性の勝手な決め付けで、そういう冷静な観察を持ちながらそれでも純情なことをいうヤツが本当に純情だったりす るのだ。女の人は真希のように、「あと、何人の女の子と行くんだろうね」と現実路線でモノを言ったりするが、男は「温泉に浸かるためだけに一万も二万も出 さない」というリアリティは持ちつつ、今このときを信じるロマンティシズムを持ってたりするのだ。

p15 ”そうと決心してからは、自分でも驚くほど夢中で働いた。”
p88 ”完璧に計画を立てられるくせに、自分が立てる計画に自信がないのか、人の意見のほうが正しく思えてしまう。”

|

« 『パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義』/中島 岳志 | トップページ | 『箱』ジ・アービンガー・インスティチュート »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7655/17318276

この記事へのトラックバック一覧です: 『初恋温泉』/吉田修一:

« 『パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義』/中島 岳志 | トップページ | 『箱』ジ・アービンガー・インスティチュート »