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2009/01/31

選択 2009.1

トヨタ「経営垂直悪化」の深層
p64 「トヨタ生産方式で省けるムダは、部品は仕掛品などの半製品。ところが完成品である自動車は例外。」「増産や生産技術を引き上げるための投資は惜しまない。新車開発のコストはケチっても、工場には高価な最新設備を迷わず導入する」

→昔は「下請け」をこき使い、今は「非正規労働者」をこき使う。要は、以下に身内を少なくするか、に注力してきた経営

p66 「傲慢なグローバル企業になっている。特に顕著なのが技術開発。自社でコツコツ取り組むよりも、カネで買ってくればいいという考え方になってしまった。今のトヨタはビッグスリーとそっくりだ。」

→スピード競争の渦中では、カネで買ってくるのは仕方のないこともある。どんな信念や計画で買ってくるのか?ただ「手を広げる」という意図だけではダメ。多角経営と同じ。

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2009/01/27

『夜は短し歩けよ乙女』/森見登美彦

4043878028 夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
森見 登美彦
角川グループパブリッシング  2008-12-25

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 妄想逞しく意気地果てしなくしょぼい「先輩」と、その先輩が想いを寄せる、天真爛漫が過ぎて天然全開の「黒髪の乙女」の恋愛ファンタジー。

 荒唐無稽な面白さ、なんと言ってもこの文体と洒脱な名詞の数々。「韋駄天コタツ」なんて、何度でも口の中で転がしたくなるゴロの良さ。思い切ったこの時代錯誤感が、「先輩」と「黒髪の乙女」のあまりの晩熟さにリアルを与えてる。あんなに晩稲な大学生、今どきいないだろう!と思いつつ、実は意外とごろごろしてるってのも知ってるんだけど、それを正面切って書くと古臭いウソ臭い感じになるところ、この明治の娯楽小説然とした文体で持ってワラカシにかかることで逆に胸を締め付けさせられます。

 煩悩の塊である男の性と、それをこっぱずかしく思う青春時代の甘酸っぱさが余すところなく描かれてます。自分にもあったそんな頃に思いを馳せてしまう名品です。

 

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2009/01/11

『わたしのマトカ』/片桐はいり

434401135X わたしのマトカ
片桐 はいり
幻冬舎  2006-03

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 『かもめ食堂』撮影のため滞在したフィンランドでの1カ月+αを綴った、片桐はいりのエッセイ。

 これが初分筆とは思えないおもしろさ。最初のほうで、片桐はいりが、父親が割とエリートでいいところの出身だということが簡潔ながら読みとれ、やはり幼少時代の経験と教育は大きいものだと改めて感じるが、それはさておき、やはり人生を豊かにするのは行動力だなあとほとほと痛感する。僕は、危ないとわかってる橋を敢えて渡って怪我するのは阿呆と思って生きてきたので、それなりに順調にはこれたけれどもその代りに厚みのない、誠に薄っぺらい経験しかない薄っぺらい人間になってしまった。今からでも遅くはないのかなあ、と、このエッセイは思わせてくれた。
 なんでフィンランド人はこんなに木訥なのか?フィンランドに2度訪問した僕も確かにそう思う。その理由を頭でいろいろ考えるほうに興味がわくか、木訥なフィンランド人と触れ合うことに楽しさを感じるか。僕はそのどちらも手を出すような、よくどしい生き方をしてみようと思う。

 エッセイの内容とは全然関係ないけれど、「外国の劇場に行くと、そこに集まる観客の年齢層や、人種の多様さに驚くことがままある」とあるが、B'zのライブに行くと同じようなことを思うことがある。規模が全然違うとは思うけれど、ある一定の歴史を積み重ねることでしか、そういう多様性を実現することはできないような気がする。無理に多様性を求める必要はないけれど、無理にセグメンテーションするやり方も、そろそろどうなんだろうか?と思ったりした。

 あと、なぜか途中まで作者がもたいまさこだと思ってた。それにしても幻冬舎はほんとにやり手。

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2009/01/08

『ジョルナダ』/小野塚カホリ

4396762879 ジョルナダ (Feelコミックス)
小野塚 カホリ
祥伝社  2002-10-08

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 amazonに勧められて買ってみた。オススメの理由は、観てないけど南Q太を買ってることに間違いないと思う。(手に取ったことはないけど)南Q太と同じFeelだし、似た空気感を持ってるだろうしおもしろいだろう、と思って何の気なしに買ってみた。そもそもFeelで知ってるというか読んだことがあるの、南Q太だけなのに雰囲気決めつけるのもどうかと思うな、今から考えると。

 "繁"は、グリム童話の「青髭」をモチーフにしたらしい、監禁の話。最初読んだとき、どう解釈したらいいのかさっぱり分からなかった。何を感じたかと言っても、監禁されたほうが喜んでる?ほんとうはそういうのを望んでいる?という域を出てこない。なんかそれだけじゃないな、ということはかすかにわかるのだけど。ずっと後で「あーそういうことか」というのがわかったんだけど、これで改めて男女の感覚の違いというのを感じた。僕を含めるだいたいの男は、"繁"を読んで、「女って本能では実は…」みたいなことしか想像しないと思う。本気でそう思うのか、一般的にそういう俗っぽい言われ方をしているだけで、それは違う、と認識しているかは別として。僕はもちろん、そんなこと思ってないけど、この作品を書いたのが女性というところがまた混乱させられた。性欲を人間の本能的な部分であり、通常は抑圧しているだけだ、だから開放することは圧倒的に絶対的に是なんだ、とすぐに考えるのが男な気がするけど、この話の結末は、女の人にとっては、セックスなんて生活上の他のことと同じくらいの重みのパーツの1つ、と思わされると同時に、とてつもなく大切なことである、という、矛盾する考え、それを両立させているのが女性なんだなあ、と、圧倒されてしまった。

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2009/01/03

『日経ビジネス徹底予測2009』

B001LMYYQ2 徹底予測 2009 2008年 12/22号 [雑誌]
日経BP出版センター  2008-12-08

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p11 公聴会での「恥を知りなさい」が印象的。
p17 2009スケジュール&キーワード → Googleカレンダーにinputして活用 

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2009/01/02

『彼女について』/よしもとばなな

4163275800 彼女について
よしもと ばなな
文藝春秋  2008-11-13

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 特殊な生い立ちを持ったいとこ二人の、凄惨な過去を手繰る物語。

 「魔女」という設定がものすごく突飛だったけれど、読んでいて違和感はなかった。「魔女」なんてものを小説に持ち込んで、やたらとディティールを描かなくてもすんなり胸に落とし込んでくるところがよしもとばななの小説の凄いところ。一方で、読み終える最後までひっかかりが残ってしまったのが、主人公の由美子・昇一とも、何もしなくても生活に困らない、というようなことが、それなりの事情をくっつけて描かれるところ。ストーリー上は、確かにそういう暮らしができる人生を送れた二人なんだろうと納得できるんだけど、この事情がなんか取ってつけたようで、ずっと頭に引っかかった。別に、この説明はいらなかったと思う。どちらかというと、そういう「浮いた生活感」を持つ人物の話ではなくて、本当にシビアな生活を送っている人の苦悩にリアルを感じる。
 魔女であるがゆえに引き起こされた過去の惨劇は、こう書くと荒唐無稽だけど、ほんとうに世の中に起きていることのように感じられた。それは、魔女ではなくて、不穏な宗教とか、そういうものをすぐに連想できるからだと思う。そういった事柄で不幸な事情を背負い込まされてしまった子供たちが世の中には少なからずいるってことを思い起こさせられる。そして、どう向き合っていけばいいのか?それを考えながら読むのが僕にとってのテーマだった。

 「浮いた生活感」の他に、もうひとつ引っかかりを覚えたのは、-こっちの引っかかりは問題意識という引っかかりだけど-「私は、女性は実業にあまり向かないと思う。」という台詞。この台詞の簡単な意味はすぐわかるけど、それは、『海のふた』を読んだときに思ったことと矛盾するように思う。もう一度、『海のふた』を読んでみようと思うとともに、やはり、やれないことをなんとかしてやれるようにできるよう進んできた世の中を、その是非を含めて一度見直してみたほうがよいということなんだろうか?

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