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2009/03/21

『切羽へ』/井上荒野

4104731021 切羽へ
井上 荒野
新潮社  2008-05

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 離島の小学校の養護教諭をしているセイと、夫で島の幼なじみである陽介。セイの勤める小学校に、東京からイサワという不愛想な男が赴任してくるー。

 セイと、同僚の月江は完全に対称で、結婚して地に足をつけているセイに対し、月江はいかにもコケティッシュであり”本土”に住むから皆に”本土さん”と呼び習わされている男性の愛人である。”本土さん”は自営業で、月江に会うために月に一週間ほど渡ってくる。月江はそれを隠そうとせず、だから島の人間みな知っており大らかなものだ。
 それにしても苛立つのは女の心の揺れ様で、既婚ながら石和に興味を持つセイにしても、既婚者と関係を続ける月江にしても同じことで、その恋愛感情自体は有り得べきものだと思うし苛立ちもしないが、自分が完全に安全な場所に身を置いた上で揺れるのがたまらなく腹立たしい。安全な場所に身を置いていながら、さも安全ではないかのように思っている、それに苛立つのだ。

 まず目を引いたのはその島の大らかさで、これは”離島”という、狭く閉じたコミュニティに特有のものか、それともモデルとなったと思われる長崎・崎戸町に特有のものか。もしかしたら、世間というのは実はどこでもこれくらい鷹揚なもので、僕が異常に神経質なだけなのか。この小説のポイントがここにないのは明らかなのだけど、月江を巡る男性の諍いと、セイに何も「起こらない」ことの対比に、島の人々の鷹揚さがグラデーションをつけているように思える。

 セイは、あまり内面を出そうとしない頑なな男・石和(イサワ)に引っかかりを持って、小学校で仕事を共にしたりするうちに惹かれいく。しかしながら、いつも寸でのところで決定的な一歩を踏み出さずに済む。物語の終盤、夫である陽介を置いて、石和と丘の上の病院の残骸を目指すのは、限りなく決定的に近いが、結局何も起こらない。戻ってきたセイを、陽介はそのまま受け止める。陽介は、自分の”妻”という人であっても、窺い知れない内面があることを認めていて、それをもまるごと引き受けているのだろうか。それとも単に鈍感なだけなのだろうか。そして、外面的には結局何も起こらなかったからと言って、それで「何も起こらなかった」と片付けられるものなのだろうか。単にサイコロがそちらに転がったというだけで、自分の意思でない以上、起きたのと同じことではないのだろうか?

 物語は、そういうことを考えさせたいという表情は全く見せない。ただただ、セイを取り巻く三月から翌四月の出来事と心情をつぶさに描いてみせるだけだ。だからこそ逆に気になる。病院の残骸のある丘からトンネルを見ながらセイが持ち出した話、「トンネルを掘っていくいちばん先を、切羽と言うとよ。トンネルが繋がってしまえば、切羽はなくなってしまうとばってん、掘り続けている間は、いつも、いちばん先が、切羽」という言葉が気になって仕方がない。セイの母は、切羽まで歩いて宝物となるような十字架を見つけてセイの父に送った。我々も、自分の人生は掘り続けているしかなく、掘り続けている間はいつも切羽に立て、宝物を見つけられるのではないか、と。そう考えても矛盾する、セイや月江の日々がフラッシュバックする。それこそがまた、人生なのか、と。 

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2009/03/15

『GOOD ROCKS! Vol.08』

4401632990 GOOD ROCKS!(グッド・ロックス) Vol.8 (シンコー・ミュージックMOOK)
シンコーミュージック・エンタテイメント  2009-03-13

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しかし絵になる男だ、吉井和哉。40歳だぜ、40歳。

5th Album『VOLT』発売とツアーを控えて、プロモーション全開のおかげで、吉井和哉特集の本がどんどん出てくる。インタビューも、だいたい似たようなこと言うだろうな~と思うのに買ってしまうのはこの人の愛嬌のせい。それに絵姿がやっぱカッコいい!『Talking Rock!』も部屋に飾ってるし、この『GOOD ROCKS!』も部屋に飾ること間違いなし。表紙がカッコいいんだよ。読みやすいように、表紙をきっちり折り返すなんて、できません。

インタビューは、後半でかなり吉井和哉の関西滞在状況が引き出されてて釘付け。堀江って!!行きます行きます。琵琶湖ホール前後はもうあらゆるところでアンテナたてまくります(笑)。でも、吉井和哉って、ここまで具体的に書いても、ファンが群がって危険でしょうがなくなるってカンジがあまりしない。もちろんイエモンのときのような状況ではないけれど、今でも吉井ファンというのはかなりディープなもので、だから吉井和哉が特集された雑誌は結構売れる訳だし、だけど、琵琶湖に吉井和哉がいるかも、となっても、大混乱になったりはしない。ファンが大人だとか言いたい訳じゃなくて、このインタビューで吉井が語ってる、「40代になった時にやっぱり今まで日本に無かったタイプの・・・中年アーティスト?みたいなのになりたいな思っていて。」という、それが実現できる状況になってるなあと。吉井は、ソロになってから、いろいろ紆余曲折を作り乗り越え七転八倒してここに辿り着いた、ということに思いを巡らせられるインタビューでした。飄々としていてかつ真摯である、まさにロックスター。  

『GOOD ROCKS!』をamazonで検索してたら、同じシンコーミュージックムックで『ROCKS OFF』なんてのがあってそれも表紙が吉井和哉じゃないか!また買うものがひとつ増えた(笑)。

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『雲の果てに 秘録富士通・IBM訴訟』/伊集院丈

4532314283 雲の果てに―秘録 富士通・IBM訴訟
伊集院 丈
日本経済新聞出版社  2008-12

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 どんなことにも、どんなものにも、歴史があるのだと教えてくれる一冊。

 まず、IT業界にいながら、何もわかっていなかった自分が恥ずかしい。OSは自明のものだと思っていた。違うのだ。OSは最初から存在したものではない。ハードウェアと、ソフトウェアしかない時代があったのだ。互換機ビジネスとスーパーセット戦略はそういう歴史の中から生まれたもので、単純にメインフレームの後続だった訳ではないのだ。そんなことすら知らなかった。そして、その中で知的財産と著作権が最大の焦点になったのだということも知らなかった。知的財産と著作権は、自明のものだと思っていた。最初にそれを作った人間が、それを独占的に使用する権利を持つ。それはソフトウェアについても当然そうだろう、という「感覚」を持って育ってきた。そこには争点があり、歴史がある。そういう認識に欠けたまま、来てしまったのだ。

 IT業界だけではない。今でこそ米国は著作権を当然のように振りかざす存在だが、かつてはコピー天国と言われ欧州に軽蔑されていたのだ。その米国が、歴史の中で、自分たちの権益を守るための方便として、著作権に目をつけ、それを振りかざすようになっていく。そんな、欧州から「幼稚だ」と言われる米国を日本は追い続け、その米国に屈し、果てに「この国は駄目になる」と言われる。そんな米国流の資本の論理が席巻した数年前、買収される側の日本企業の抵抗を、精神論でしかないと切ってすてるような論法が持てはやされたが、果たして米国でも1974年時点では、アムダールという会社は富士通に対して、金と技術の提供は受けるが経営に口出しされたくない、という署名活動を起こしているのだ。おまけに、僕は「日本は器用で技術力の高い国で、日本製品は高品質だ」と子供の頃から思い込んで生きてきたが、1980年代でも日本人は「そもそも日本人が先端技術に手を出すことが間違いだ。日本人にコンピュータを開発する能力なんてないんだ」などと言われるような存在だったのだ。

 すべて目から鱗だった。簡潔に纏めてしまえば、声のでかいものが勝つ、ということと、先を走ったものが勝つ、という、単純な結論しか出てこない。けれど、本書の終わりのも書かれている通り、米国流の金融資本主義は瓦解し、繰り返す歴史と新しい歴史が混沌としている時代に来ている。まさに多く歴史を学ばなければいけない時代であり、全てにおいて自分の目で先を見通し生きていかなければならない。この本に教えられるところは多い。

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2009/03/14

『四畳半神話大系』/森見登美彦

404387801X 四畳半神話大系 (角川文庫)
森見 登美彦
角川書店  2008-03-25

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 殻を破れない引っ込み思案系の大学3回生の「私」が展開する、4つの並行世界での学生青春ストーリー。

 『夜は短し歩けよ乙女』が面白かったので、森見登美彦を読んでみようということで、まず文庫になっていたコレを買ってみた。初版は2004年で『夜は短し・・・』の2年前で、なんだか納得してしまった。『夜は短し…』のほうが、こなれてる。『四畳半神話体系』は、「私」の大学3回生が、「あのときこうしていたら・・・」形式で4話語られる物語で、1話目の印象を持って2話目、3話目、と読み進めていくと、「結局コレは出てくるのか~」「これはこっちの世界ではこうでてくるか~」という面白さはあるんだけど、「並行世界」という印象を強く残すためなのか、全く同じ文章が出てくる箇所があり、そこが、ちょっとスピード感を欠くときがある。森見作品独特の、時代錯誤近代文学的言い回し台詞回しも、同じフレーズが反復して出てくるので、小気味よさがちょっと足りなくて、読み進めるスピードがちょっともたつくのが残念。

 それでも『夜は短し…』とちょっと違うのは、最終話『八十日間四畳半一周』が、4話の中で最も荒唐無稽で有得ないシチュエーションなのに、少し胸震わせるものがあるのだ。この登場人物この話で胸震わされるのも情けないといえば情けないのだけど、日常少し忘れているような感覚をくっきり浮かび上がらせるのに、こういう荒唐無稽な仕掛けってやっぱり有効なんだなあと再認識した。

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2009/03/11

"正しく言葉で伝えれないものは、説明しないのが一番"

『海辺のカフカ』/村上春樹。
どこに出てきたか、ひっくり返して調べたい。

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2009/03/07

『THE BIG ISSUE JAPAN 111』

p29 初めて稼いだお金で買ったビッグイシュー
お金の意味を考え抜いてる。頂くお金の意味なんかも大事。

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『ノーと私』/デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガン

414005557X ノーと私
Delphine De Vigan 加藤 かおり
日本放送出版協会  2008-11

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 発表テーマに路上生活者を選んだ、飛び級で高校に通う13歳の「私」、ルーは同じ年くらいに見える路上生活者、ノーに声をかけた。

 まず僕は恥ずかしいことにフランスでホームレス問題がこんなに一般的なことだということを知らなかった。ヨーロッパの高失業率や若者の求職デモのニュースを見たことはあるものの、そしてホームレスの定義が野宿生活者だけではないという違いもあるものの、若い女性のホームレスがどうも珍しいことではない、という雰囲気が物語から読み取れ、驚くばかりだった。ホームレスの問題自体は、日本と類似しているところも多く、例えば「住所がなければ仕事もない」。戸籍制度の独自性などで、定住を社会的信用のひとつと見なすのは日本の特徴と勘違いしていたが、住所がなければ仕事もないのは欧州も同じのようだ。最近、BIG ISSUEを定期的に購入したりして、ホームレスという問題を知ってみようと努力していたところだけに(どちらかというと僕は少し前まで、ホームレスを努力不足の問題としか見れていなかった)、とてもいいタイミングでこの本に出会えた。

 でもこの本は、社会派小説などではない。ルーの「冒険譚」と言っていい、と思う。現代のハックルベリー・フィン。ルーは、ノーを家に連れて帰りたいと思い、両親を説得する。これが、フランスでなら有得ることなのかどうかは分からないけれど、日本ではおよそ考えられない。およそ考えられないところが、日本の問題の根深さでもある気がする。ルーは、自分の信念に従って行動する。夢を追い求める。そして、夢が現実に負けてしまう悲しみも経験する。フランスにおけるホームレス問題、という地域性とテーマを軸にしながら、少女が冒険の末に成長していく物語は、日本の物語でもおなじみの形式だ。

 ただ、物語の最後が大きく違う。一緒に家を出よう、一緒に船でアイルランドに行こう、と駅まで一緒に来たのに、ノーはルーを置き去りにする。その、(予感はしていた)悲しい別れのあと、独り家まで歩いて帰るルーは、俯かずこう思う。「私は成長していた。怖くはなかった」。そして、頑固で守旧的な教師の典型のように見えていたマラン先生は、ルーにこういうのだ。

 「あきらめるんじゃないぞ」

 最近の日本の物語は、何もかも「あるがまま」「自然がいい」と言わんばかりに、悲しい運命をただ情緒的に受け止めるばかりに流れていやしないだろうか?叙情は確かに素晴らしい日本の感性だけど、現実はもはやそれだけでは未来の情緒を失うところまで来てしまっている。「あるがまま」が「なすすべなく」とイコールになったとき、その先にあるのは退廃だろう。成長がなければ意味がないとは言わない。けれど、困難に流されるだけでなく乗り越えようとすることには意味があり、人間性の最も大事な何かであることは間違いないと思う。


 

 

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