« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009/04/27

『THE BIG ISSUE JAPAN 117』

 「毎日が音楽」という、浅井博章のCDレビューコラムを毎号楽しみにしてるんだけど、117号は上松秀美と加藤ミリヤが取り上げられてた。「心の闇と希望。閉塞感漂う今の時代のメッセージソング」というタイトル。上松秀美は、それこそ浅井博章もDJをつとめる802で耳にして「なんだこれは!?」とびっくりしたくらい、メッセージ色の強い、それでいて唄いが今っぽくない、異色のインパクトの曲だった。
 浅井は、彼ら世代を、「物心のついた頃からすでにバブルが崩壊していた人たち」で、「この国に何の希望も、何の誇りも、見出せないでいるのかもしれない」と、理解の目を向ける。そして自分たちは、「一度でも景気のよかった時代を経験している」から、「目標がもてるだけまだましだ」とする。
 その上で、こう結ぶ。「最近の曲を聴いていると、少なくとも自分がそういう年代だった頃の曲にはあまりなかったような、諦念まじりのメッセージが感じられて、空しくなることがある」。

 「浅井っていくつだっけ?」と、コラムの紹介欄を見て驚いた。同い年なのだ。

 僕は、僕らの世代というのは、ずっと諦めが混じった世代だと思っていた。若くして覚めてしまったというか、そういう世代だと思っていた。ところが浅井の話を聞く限り、そうでもないらしい。これは個人的なものだったのだろうか?今の20歳前後の人たちと同じ諦念とは言わないけど、僕らの世代というのも、十分、この先にそれほど楽しいことがあるとは思えない、と思わされて社会に出さされた世代だと思ってたのだ。

 このあたりは即物的だけどバブルとどうしても紐づくのは否めない。目標ももてないような時代に生まれた世代の子たちが、何に憧れを抱くのかはちょっとわからないけれど、それでもやっぱりお金に目が眩むのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/04/19

『35歳から仕事で大切にしたいこと」/村井勉

4860630947 35歳から仕事で大切にしたいこと―これからさき、成長していくために
村井 勉
あさ出版  2005-03

by G-Tools

p7「最近の本はあまりに親切すぎて」
p7「ミドルクラスというのは、己の頑張りだけではどうにもならぬ、と悟ることなのだ」
p30「ミドルクラスになるとどうしても”事なかれ主義”になりやすい」
p49「彼のアイデアが素晴らしいのは自動車学校に目をつけたことだ」
p52「同じ人物をいい面から見てみると必ず別の能力が発見できると思う」
p57「社員のやる気を失わせる要因として「甘え」「見栄」「ずるさ」「臆病」「寄りかかり根性」「知恵なし」…「会社に甘えた上司」「見栄をはる上司」…」
p59「会社の数字はトータルでは黒字だが実際の本業では赤字なんだ」
p93「アメリカは経営者と労働者は契約で結ばれていて、それを安易にかき回すと、組織の統制がとれなくなってぐちゃぐちゃになってしまうから」
p111「ミスの処理がうまい人というのは、オールラウンドな能力をもった人」
p116「「それは絶対に売れるのか?」「感覚だけでものを言ってもだめだ」「それが売れるという根拠は?」「データを示せ」「類似商品の前例はないのか?」これらのセリフはある意味禁句  
p127「ゆとりとけじめが必要」
p130「しかし限度には自分で責任を持つというのが無執」
p144「プロデュース能力というのは表に名前がなかなか出るものではないが、これからの時代ミドルクラスにもっとも必要な能力」
p156「それは値下げを納入業者にお願いすること」
p159「アメリカでは信用機関の仕組みが非常に発達」
p167「「自分が望んだものを手に入れられないことは不幸だ」と決め付けている」
p175「踊り場で学んだことは次のステージに活用しなければ意味がない」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『光』/三浦しをん

4087712729
三浦 しをん
集英社  2008-11-26

by G-Tools

 津波で全滅した美浜島で生き残った信之・実花・輔の三人の少年少女。その天災の最中の秘密が、二十年後再会した彼らを動かしていく。

 家庭を持つ信之が、家を捨てる覚悟で行動を起こした後の展開の消化不良がいちばん印象に残る。津波という避けようのない災難、父親の暴力という逃れようのない災難、そういったものを纏いながら生きてきた信之と輔が行き着いた後の描写としては物足りない。二週間も家を空けて、捜索願も出して、周囲にも気づかれて、そこまでの騒ぎの後、信之の妻の南海子が帰ってきた信之を受け入れた過程は、この本のテーマとは違うから簡略でよいのかもしれないけれど物足りない。夫の不在時の南海子の動揺は詳細に描かれているのに、不在が解消された後の心の動きが省略されているのは妙だと思う。

 この本の大きなテーマは「理不尽」だと思う。人生にはたくさんの理不尽な出来事があって、それをどう解釈すれば生きていけるのか、というテーマだと思う。津波で島と愛する実花を失った信之が、「究極的には、自分を空腹に追いやったものを探して殺して食って飢えを満たすか、空腹を受け入れて死を待つか、どちらかしかないはずだ。」と語り、行き着くところまで言ってしまう。人は誰でも、極論すればこの信之の言葉の通りだけれどこういうふうに極論してはいけない、ということだけはわかっている。なぜこういうふうに極論してはいけないのか、こういうふうに極論せずに、どういうふうな考えを持つべきなのか、そこを考えるのが重要なのだろうが、『光』ではそこには余り触れられない。行き着くところまでいった信之が、その行き着くところまでいこうと思った「理由」に、うっすらわかってはいたけれど裏切られ、根底を否定されて、家に帰る。そこで何をどう考えたかは触れられない。だから、最初に書いたように、物足りなく感じるのだと思う。

 それと、嫌になるくらいいろんなところで登場して、嫌になるくらいその度書き留めるんだけど、南海子の「夫は本当に、私がなにを求めているのかわからなかったんだ。愛し、頼りにする相手と、ただ話しあいたい。」という台詞に代表されるような女性の感情。こういう感情を女性が持つもんだというのは否定しないけれど、男性は男性で、「だからどうするのか?」という具体性を大事にする生き物だ。「共感」の重要性だけを押し付けるような人は、違う立場の考えを慮れないという意味で、人間的に成長はないと思う。

続きを読む "『光』/三浦しをん"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009/04/11

WEDGE 2009年4月号

官僚たたきはもうやめよう 公務員改革が国を滅ぼす

「官僚」と「公務員」を同列の言葉として使うのがどうも感覚的にあわないんだけど、なんにせよここで言われているのは「政治家を変えるほうが先だ」という話。確かにそうかも知れないが、公務員自身が自己改革できない組織だし、無駄を自ら削減することのできない組織というのは事実なので、政治家のせいにすればいいというほうがよほどおかしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『別れのあと』/小手鞠るい

4104371041 別れのあと
小手鞠 るい
新潮社  2009-01

by G-Tools

 「別れ」がテーマとなった短編集。長編だと思って買ったら、『別れのあと』『静かな湖畔の森の影』『婚約指輪』『この河の向こう岸』『はなむけの言葉』の5編の短編集だった。

 『別れのあと』の浜田修司の男っぽい嫉妬深さというのもよく理解できるけれど、この本で最も体に(頭というよりも体に)取り込まれていったのは『婚約指輪』と『この河の向こう岸』だった。『静かな湖畔の森の影』にもその要素はあるのだけれど、途中から方向が微妙に変わってるので、それほど印象に残ってない。それに対して『婚約指輪』と『この河の向こう岸』は、はっきりと印象に残る。誰かに遠慮してはいけないしする必要もないのだということ、わかってもらえないのは自分が悪い訳ではないのだということ、そして何よりも、僕は先を急いだほうがいいのだということを、不意に悟らされるような内容だった。そういう方法があるのだ、と。別れのあとには何も残らないのか?何も残らないのが別れということなのか?そういうことを結論に性急にならず前に進んでいかないといけない。

 小手鞠るいの作品は、登場人物が外国を行き来する話が比較的多い。この短編集もそうだが、これもまた僕に先を急がせる奇妙なセレンディピティだったように思う。わかってもらえなければ、それでいいのだ。

続きを読む "『別れのあと』/小手鞠るい"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/04/05

『ROCKIN'ON JAPAN 2009年 04月号』

B001US5RDQ ROCKIN'ON JAPAN (ロッキング・オン・ジャパン) 2009年 04月号 [雑誌]
ロッキング・オン  2009-03-19

by G-Tools

 吉井和哉の『VOLT』全曲解説と細美武士ソロ第一声が読みたくて買ったんだけど、フィッシュマンズの『空中キャンプ』のレビューが素晴らしすぎた。あまりに素晴らしいので、ほんとに申し訳ないと思うしまずいことだとも思うんですが、全文引用したい。

●伝説ではなく事実のバンド
 佐藤伸治が亡くなって以降のフィッシュマンズの世の中での扱われ方になんとなくずっと違和感がある。どうもそこには、積極的にフィッシュマンズという伝説の灯を絶やさないようにする、フィッシュマンズ愛好家たちの連帯感のようなものが存在しているような気がしてならない。でもかつて僕が彼らの音楽から受け取っていたメッセージは、どうしてもそういうムードと馴染まないのである。
 僕の中で、フィッシュマンズは最も世の中の理屈を誰よりも毅然と、しかも非戦闘的に拒否したバンド。正確には、96年のアルバム『空中キャンプ』において、時計やカレンダーに区切られた時の流れから完全に「離脱」してそうなった。その前のアルバム『ORANGE』に満ちていた日差しをにらみ返すような刺々しさが消え、「君」の体温だけが感じられる永遠の夜を選び取ったのが『空中キャンプ』以降の彼らだった。今のフィッシュマンズの扱われ方に欠けていると思うのは、その「拒否」の姿勢。この音の中は優しくて暖かい。しかし、そこは集う場所ではなく、この世から消えるまで「君」とだけいる場所なのである。

 このレビューは心底感動した。僕は、そんなにフィッシュマンズに入れ込んだクチではない。どちらかというと遠ざけていたところがある。なぜ遠ざけていたかというと、このレビューで見事に言葉にされている、「拒否」の姿勢にある。僕は、自分の思っている感情を、その感情に一般的に似つかわしい表し方でしか表せない、そうしないと気持ち悪くなるタイプの人間だ。だから、フィッシュマンズのような「拒否」の仕方は、やりたくてもできないし、「ずるい」とさえ感じてしまう。けれど、そのやり方を「否定」しようと思ったことは一度もない。その点で、僕もフィッシュマンズのやり方と共通のものを抱いているに違いないと思う。
 そして、このレビューが、フィッシュマンズを正しく言い表しているかどうかはわからない。けれど、「集う卯場所ではなく、この世から消えるまで「君」とだけいる場所なのである」というこの「君」の概念。この「君」の概念が語られた文章を久し振りに目にして、目頭が熱くなったのだ。  

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009/04/04

『CHICAライフ』/島本理生

4062147947 CHICAライフ
島本 理生
講談社  2008-06-27

by G-Tools

 島本理生が2003-2006年の間、『ViVi』に連載したエッセイを集約し加筆・訂正されたもの。

 この本については、失礼を承知で本音を書きたくてしょうがないので、書いてみる。島本理生は『ナラタージュ』でハマッて以来大好きな作家で、 結構読んでる。作家のエッセイにはあんまり興味のないほうというか、手を出さないようにしてたほうなんだけど、島本理生はエッセイも読んでみたいと思ったくらい、好きな作家なのです。それを前提で書くと、僕の中では島本理生って、若くして『ナラタージュ』のような、重層的な恋愛小説を書ける力量を持った凄い作家と認識してて、そういう作家というのは、天才というか、とんでもない文学的才能を持ち合わせて生まれてきて、とんでもなくアタマも良くて、高学歴で仕方がないんだろうなあというイメージがあった。僕は自分のことそんなにめちゃめちゃアタマが悪いとまでは思わないんだけど記憶力は悪いし論理的思考にも欠けるので(ってことはやっぱり悪いのか…)、なんだかんだ言ってやっぱりレベルの高い大学にいってる人の能力というのは高くて叶わないもんだ、と思ってる。そして、島本理生もそうだと信じて疑ってなかった。そんななかでも文学を志す人というのは、とても高尚に色気も纏まっていて早熟な恋愛に身を染めているか、文学オタクではないけれど、あんまり実恋愛と縁のない生活なのかどちらか、と思ってた。

 ところが、だ。『CHICAライフ』を読んで、ひっくり返った。ムチャクチャなのだ。母親が名を成している舞踏家・鍼灸師ということで、一般庶民と違う親交や情報の入り方の素地というのが子ども時代からあったと思われるけれど、それでも僕の中の「文学を志す人」の特殊なイメージとはかけ離れた一般人加減。高校時代の思い出の記述は、30代後半の僕の目線で、自分の高校生時代のことを思い出しながら読めば、君はヤンキーか?と思わずにはおれないむちゃくちゃ加減だし、なんとすれば一体どれだけのサイクルでつきあってるんだ?と疑問に思うくらいつきあってるし、すぐ同棲してるし、もう少し遡って中学生の頃は活字耳年間だったなんていってるし、おまけに大学に関して言えば、もちろんレベルの高い大学ではあるけれどもどちらかというと一般的な範疇に入る大学で、その上中退してる!更に言うと、もう結婚もしてた!

 とにかく、今まで、物事を決めつけで見てはいけない、と常々心がけながら生きてきたつもりだけど、こういう角度の「偏見」というのも存在するものなんだ、と気づかせてくれた一冊に違いない。島本理生は文学エリートではなくて、現代の無頼派だった。どんなやり方であれ、経験値はやっぱり多いに越したことはないのだ。その教訓を生かそうとしても、僕の年ではもう、あまりに無茶なことをやってはただの非常識になってしまうので、無茶なことのやり方も考えなくてはいけないけれど、なるだけやってみようと思う。

続きを読む "『CHICAライフ』/島本理生"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »