« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009/05/31

『沖で待つ』/絲山秋子

4167714027 沖で待つ (文春文庫)
絲山 秋子
文藝春秋  2009-02

by G-Tools

  第134回芥川賞受賞作『沖で待つ』他2編収録。

 『沖で待つ』は、小説を読む意義を再び僕に教えて与えてくれた小説だった。何のために小説を読むのか?小説から何を得るのか?そして、なぜその小説を読んだと表明するのか?その小説から何を得たと、人に伝えるのか?そういった悩みに一本筋を通してくれた。

 小説を読むということは、自分をひけらかすことではない。「こういうものがわかるのだ」と、自分の偉さをひけらかすことでは全くない。そんなエゴやプライドに塗れたコミュニケーションのために利用されるものじゃない。そう思ってきたけど、『沖で待つ』は、まあそんなことがあってもいいじゃないか、となぜか思わされたのだ。これは不思議な感覚だった。

 疲れた気分をぶちまけるような読み方があっても構わないし、そんな自分を戒めるような読み方があっても構わない。別に、明日からの日々の自分に反映するように読まなくったって構わない。自意識過剰はみっともないけれど、まあそれでも構わない。そんな感触が残った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『顧客はサービスを買っている』/北城恪太郎  諏訪良武

4478006679 顧客はサービスを買っている―顧客満足向上の鍵を握る事前期待のマネジメント
北城 恪太郎
ダイヤモンド社  2009-01-17

by G-Tools

 北城恪太郎氏監修ということで期待して読んだが、概ね既知の内容だった。

  • サービスサイエンスの視点。モデル化。
  • ”事前期待”の可視化・顕在化と、マネジメント
  • マネジメントとは、「管理」ではない。

 このタイプの本を読むと、直に「自分はどう行動すればよいか?」という視点になる。そして、会社全体のことを考え、会社全体を改善するためにまず自分が働きかけられる部分はどこか、という発想になる。この思索には「マネジメント層」「フィールド」という2つの役割しかない。しかし、膨大なフィールド情報を読み込めるだけのスキルやシステムを持っているマネジメント層は稀で、フィルタリングするための役割が必要なはずである。それがない企業に勤めている間は、「自分はどう行動すればよいか?」と自分のフィールドの役割にあった行動を考えるのは無駄で、一足飛びに「マネジメント層」視点でモノを言うほうがよいのではないかと思う。

 オムロンフィールドエンジニアリング社の情報システムやコールセンター見学の話が、「サービスの見える化」として紹介されている。こういうのを見聞きして、自社のコールセンター見学ツアーなどを企画しているのだなあ、と初めて謎が解けた思いだった。もう何年も前から、「いくらシステムが素晴らしくても、それがお客様に価値を提供できているかどうかは別問題」という問題意識が、少なくとも僕の周りにはあった。それなのに、よく嬉々としてコールセンター見学ツアーなどやるもんだと思っていたが、こういう「古い成功事例」を追いかけていたのだ。オムロンフィールドエンジニアリング社のコールセンター見学が説得力を持ち(今でも)成功するのは、①先駆者であるから②当時はシステム自体が他にないものだったから に尽きると思う。今じゃどこにでもあるような二番煎じのシステムを見せて、感動するようなお客様はいないだろうし、そんなものを見てサービスが素晴らしいと納得されるお客様なら、実際に提供したあとにトラブルが起きるだろう。「納得」が大事なのだ。

続きを読む "『顧客はサービスを買っている』/北城恪太郎  諏訪良武"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/05/05

小手鞠るい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

井上荒野

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『あなたの獣』/井上荒野

4048739018 あなたの獣
井上 荒野
角川グループパブリッシング  2008-11-29

by G-Tools

 櫻田哲生という男の生涯を描いた、10編の短編。

 構成が『ニシノユキヒコの恋と冒険』に似ている、と気づくほど読み進める前に、雰囲気が川上弘美に似ているな、と思って読み進めたら、途中、村上春樹か、と思わず突っ込みそうになった章があった。それはまあ、学生時代の話でカラダが奔放で仲間が死ぬから、というようなところの安易な連想かもしれないけど、このエピソードで登場する璃子が最終章まで引っ張られてるので、小さくない意義があるのだと思う。

 「あなたは、いつでも、どこにもいなかった。」というのは、男がよく女の人に言われる台詞のひとつだ。じゃあ、女の人は、どうであれば、一緒にいてると思うのだろう?このことを考えると、男の僕は息が詰まりそうになる。完全に言ったもん勝ちのロジックだからだ。その代わりに男という性の持っているアドバンテージはなんなのだろうか?そこを突き詰めていくと、こんなにしょうもない櫻田哲生が、これだけの女性の間を揺らぎながら生きてきた理由にちょっとだけ触れられるような気持ちになる。著者は女性だから、櫻田哲生に女の人が惹かれるところの描写は全部本当じゃないとしても、全部的外れではないだろう。

 金や地位といったもので好かれた女性は、金や地位が無くなったり、金や地位に飽きたりしたら、その男から離れていく。じゃあ、精神的なもので好かれた女性は、その精神に飽きたりしたら、その男から離れていく、ということだろうか?

続きを読む "『あなたの獣』/井上荒野"

| | コメント (2) | トラックバック (1)

『ベスト・オブ・谷根千-町のアーカイブズ』/谷根千工房

4750509019 ベスト・オブ・谷根千―町のアーカイヴス
谷根千工房
亜紀書房  2009-01

by G-Tools

 谷中・根津・千駄木の頭文字を取って名づけられた地域雑誌『谷根千』のアーカイヴ。

 一度だけ、出張のついでに谷根千を散策してみたことがある。そのときは、インターネットで何かを調べていてたまたまこの「谷根千」と呼ばれる地域のことを知り、たまたま出張先が近かったので立ち寄ってみた。確かに同じ山の手線内とは思えない風情を見たのを覚えてる。  

 結局、この『ベスト・オブ・谷根千』は、読みきれないまま返却期限を過ぎてしまい、慌てて返却した(ちなみに催促の電話をかけてきてくれた図書館職員の方は、留守電に吹き込む際、「ベスト・オブ」まで読んだところで次が分からず絶句してた)。返却前にパラパラと捲ってみたら、例によって、今関心を持ってる事柄に関連するページにドンピシャで出くわしたのでコピーしておいた。

p292「愛しの自筆広告 山﨑範子」
「雑誌は購読者と広告主が支えだから、「毎号欠かさず図書館で借りて読む」人より、「とりあえず出ると買っては親戚に送る」人に感激する。一万円の純利益を出すためにいったい何冊の『谷根千』を売ればいいの。その点、広告代をくださる方のありがたさ。すでになくなった店を広告でみると、その昔、婦女新聞の広告を眺めた時のことを思い出す。」

余りにもありてい。余りにもリアル。ここには「何のために雑誌やってるの?」という本質的な問いが付け入る隙はない。まず、創れてナンボ、なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/05/04

『村上式シンプル英語勉強法―使える英語を、本気で身につける』/村上憲郎

447800580X 村上式シンプル英語勉強法―使える英語を、本気で身につける
村上 憲郎
ダイヤモンド社  2008-08-01

by G-Tools

本気でシンプル。でも、「すぐできる」とか書いてない。本当に身になるやり方というのは、シンプルでひたすらやり続けることに間違いない、と励ましてくれる。

p107「書く」 Docstoc.com
p51「読む」英文の出だし

  1. 前置詞:イントロ
  2. The, A :主語
  3. Whenで始まりカンマがある:イントロ
  4. 名詞:ほぼ主語
  5. It~ならIt~thatかIt~toとなり、だいたい仮主語
  6. To~ならイントロ カンマがなければ主語
  7. Thereなら、There+V+Sで「Sがある」
  8. Ving~なら、イントロ カンマがなければ主語
  9. Ved by~なら、イントロ
  10. What~なら、文末が?でなければ主語
  11. ~lyやBut なら、イントロ
  12. それ以外の特殊なケース

p117「話す」

  1. Could you please~
  2. Can I~
  3. I'd like to~
  4. I will~
  5. Would you like to~
  6. Shall I~

『これで話せる英会話の基本文型87』(上野絵理/ベレ出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダーリンコラム 1999-08-30-MON <忌野清志郎は好きなんだけど>

「関心空間」に書いた文章なんだけど、我ながらあまりにもうまく書けたと思ったので、転記転記。

---

僕は、実は「ほぼ日」はほとんどチェックしていない。糸井重里に、あまり染まりたくないからだ。
僕ぐらいの年代の人は、糸井重里とその作品に、多大な影響を受けている。
なので、いくらでも糸井重里テイストを好めるし、染まれる。
それがどうも好きじゃなくて、敢えて遠ざかってます。

翻って僕は、言うほど、忌野清志郎をリスペクトしたりもしてません。
どちらかと言うと、僕らくらいの世代っていうのは、既に、
忌野清志郎は、パンクで言う「破壊すべき体制・対象」の側になっちゃってたと思う。
「キヨシローがやってるんだから、オーケーだ」という「型(カタ)」が出来上がっちゃってた。

良し悪しを無視して、「既存」は遮二無二ぶっ壊しにかかるのが、僕らの時代のパンクだった。

でもって、確か高校三年か大学入りたてかの頃、
忌野清志郎のことを、育ちが良くて結局安全地帯から攻めてるだけでインテリゲンチャと変わらない、
というような記事を読んで、多少の共感を覚えたことを思い出し、
そういう文章はないかなあ、とネット検索してみたら見つかったのが、これだ。

驚くべきことに、糸井重里が、きちんと批判していた。
http://www.1101.com/darling_column/archive/1_0830.html

僕は、キヨシローが言う「ロック」の部分に関しては、
この糸井重里の批判が完膚なきまでの的確さだと思う。
1999年以降の、キヨシローの活動の詳細は良く知らなくて、
fm802キャンペーンの『Oh ! RADIO』は素直にいい作品だと思ったけれど。

ロックであれパンク(ロック)であれ、その魂とセンセーショナリズムとは全然違う。
「社会で生きていく」ことと「パンク」は両立しないかのような思い込みが僕らにはどうしてもあるが、
「既存」を遮二無二ぶっ壊しにかかるのは、
「パンク」がどうしてもやり遂げたいことをやり遂げるために、
それが最善だと思ったときに取りうる選択肢のひとつなだけであって、
やり方は他にいくらでもあるし、他のやり方でやったってそれはもちろん「パンク」なはずだ。
奇天烈なことをして唾を吐くのが「パンク」じゃない。
若い世代というのはいつだって柔軟で、
「メロコア」なんて、立派なパンクの一手段じゃないか。

僕は、糸井重里も忌野清志郎も信奉したりはしていない。
それぞれに、好きなところも好きじゃないところもある。
だから、「僕はこう思います」と言えることが大事だし、
誰にだってそういうことが大事だと思うのだ。
その意味で、やっぱり、糸井重里も忌野清志郎も大好きな人たちなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『広告批評 No.336 2009.4 最終号』

4944079729 広告批評 336号(2009年4月号) (336)
マドラ出版  2009-04

by G-Tools

p014『アートとデザインのあいだ』
p020「話を聞いて掴めたときが一番クリエイティブな瞬間なんですか。」
→”デザイン”という行為のひとつの本質。クライアントとアートディレクターの関係。オーダーメイドの本質。ソリューションはオーダーメイドであり、そうである以上、「ソリューション営業」など成り立たない。「ソリューション営業」は欺瞞、というのは僕の現職でのひとつの信念。
p020「50年後のアートヒストリーが何を求めているかまでを考えて」(村上隆)
p021「アートのコンテクストにおいて現在なすべきことを僕が知っているからなんです」(村上隆)

p054『テレビとインターネットの未来』
p057「ちゃんと計れるから面白いものがきちんと評価されるのかっていうと、一概にそうだとは言えないんですよ」
p067「でも、上岡さんが引退されたのって2000年ですよね?」

p212『広告夫婦がゆく!!』
p213「初めてそういう物件に出会ったのが72年ですね。」(赤瀬川原平/トマソンについて)
p217「僕が作っている、サントリーBOSSの「宇宙人ジョーンズ」シリーズというCMがありまして」
p216「利休のことを勉強したのも、まったくそこからですね。歴史の勉強ってやったことなかったから。」(赤瀬川原平)

p220『ものをつくる、こころ。』
p222「大体気になる人に会うようにできてない?」(杉山恒太郎・電通常務取締役)
p223「そのためには歴史を知らないと絶対ダメ。新しいものは伝統の中からしか生まれないものなんです」(杉山恒太郎・電通常務取締役)

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『チョコレート・アンダーグラウンド』/アレックス・シアラー

4763004204 チョコレート・アンダーグラウンド
Alex Shearer 金原 瑞人
求龍堂  2004-05

by G-Tools

 選挙に勝利した「健全健康党」は、「りんごさくさく気分をどうぞ」を合言葉に、チョコレート禁止令を出した!町から甘いものがどんどん駆逐されていく。勇気ある少年、ハントリーとスマッジャーは、「健全健康党」に挑戦すべく、チョコレートの密造を始める!

 完全無欠の少年少女冒険活劇。なので、そこに込められている含意とか、解説を待たず読んだ人だれもがピンときて、納得できると思う。これだけ理想的な冒険ストーリーなのに、「水戸黄門」のような偉大なマンネリズムを観る安心感で読み進めるというのではなく、盛り上がりながら面白く読めるのは、健全健康党に立ち向かう手立てのディティールのリアルさと、それぞれの立場の人々の真理のリアルさだと思う。健全健康党に取り入りたいフランキー・クローリーのいやらしさとか、フランキーがそうしようとした理由、それにその理由を知っても用心してしまうスマッジャーの揺れとか、そんなスマッジャーなのにチョコバーを開催できて以降は有頂天になって油断してしまうところとか。どのタイミングでも、どちらか一方に簡単に事が流れない。ここが楽しめるポイントだと思う。

 『ノーと私』を読んだときにも思ったんだけど、イギリスやフランスの児童文学というのは、こんなに社会派なんだろうか?『ノーと私』は若いホームレスがテーマだったし、『チョコレート・アンダーグラウンド』ではアパシーなんかも取り上げられてて、「アパシー」という言葉までちゃんと出てくる。僕が小学生の頃読んだ児童文学で、社会問題を取り上げてたものってあっただろうか?現実の問題を取り上げたものというと、大抵が戦争ものだったように思う。「もう戦争はしてはいけません。こんなに悲惨なことになるのです」という。それ自体はとても意味のあることだと思うけど、それ以外は「夢と希望」みたいな感じだった気がする。もちろん人間にとって最も大切なのは「こころ」だけど、こころの外で何が起きているのかを見つめられないなら、それはただの根性論と同じじゃないか?引きこもりの問題はけして日本だけじゃないから、これと引きこもりを結びつける気はないけれど、こころの外を見つめられる根気というのが、今の空気全体に欠けているような気がした。

 この小説はスマッジャーがヒーローっぽいんだけど、読んでてずっと共感してたのはハントリー。主人公ってどっちかって言うとハントリーじゃないか?と思ってたら、人物紹介はハントリーが1番だった。スマッジャーとハントリーの親はどちらも果敢な親で、スマッジャーとハントリーに協力してくれるんだけど、こういうのを読むと「自分の親とは違うなあ」と一瞬思い、そのあと、いや待てよ、僕の両親も、僕のすることを止めたことなんて一度もなかったな、と、感謝の念がおきる。それだけで、ちょっと自分も成長できたかな、と思える。

続きを読む "『チョコレート・アンダーグラウンド』/アレックス・シアラー"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »