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2009/06/03

『ばかもの』絲山秋子

4104669032 ばかもの
絲山 秋子
新潮社  2008-09

by G-Tools

 大学生のヒデがバイト先で知り合った額子。二人の「ばかもの」が、取り返しのつかない転落を続けていく。

 同じ失敗を繰り返すのが、いちばんの「ばかもの」だと思う。そして、その同じ失敗に自ら足を踏み入れる人間が、いちばんの「ばかもの」だと。僕は結構ラディカル(今となっては死語)な性質なので、それがよいことであれ堕落なことであれ、やるなら徹底的にやり切るのを旨としているが、他人を見ていて蔑みたくなるのは、それは失敗だと分かっていて、失敗だけども自分の本能や欲望に抗し切れず足を踏み入れているのに、そこそこの安全地帯で留まろうとする人、これが本当に最低の人間だと思う。

 そういう意味では、本書のヒデも額子も「ばかもの」ではない。行き着くところまで行ってしまう。ヒデはアルコール中毒に陥ったりする。そして、そのループを予め予想できるのに、止めることができない怖さも認識している。でも中途では止まらない。欲の任せるままに突っ走ってしまう。だからといって、ヒデは単にだらしない人間ではない。同級生が宗教に傾倒した様を目の当たりにした際、「死ぬ という言葉がちょっと気の利いた買い物のように発されるのを聞いて、面倒だなと」思うくらい、いわゆる思慮分別があるのだ。

 ヒデは頭でっかちだ。それも、割と謙虚な頭でっかちだ。淡々と人並みの人生を送れればよいと思いながら、なぜか転落を続けてしまう。こういう人が最も全うで、全うであるがゆえに弱くて、転落しやすいのかも知れない。けれど、「ばかもの」ではない、と思う。ヒデは、けして安全地帯に逃げ込んだりはしなかった。額子も然り。辻褄のあわないところは何もない。そういうヒデと額子の物語は読んでいて爽快だった。

 ひとつ、若干冷めたのは「デュアルプロセッサの搭載されたパソコン」の下り。デュアルプロセッサの搭載されたパソコンなんて、普通の人はそうそう持っていないと思う。デュアルコアのパソコンなら普通だけど。僕はこの業界にいてるので、ドラマや小説にIT関連が登場するたび、些細な違和感を感じるものだったが、小説はなぜいつもこんなに世界を何でも俯瞰できるのだろうと思ってたけど、デュアルプロセッサの如く、本当はどこも少しずつ破綻してるもんなんだろう、と。 

p39「東京の学生だったら、恥ずかしいなんてこれっぽっちも思わずに」
p49「部屋にはデュアルプロセッサの搭載されたパソコンがあった。」
p62「死ぬ という言葉がちょっと気の利いた買い物のように発されるのを聞いて、面倒だなとヒデは思う。」
p79「そして次の朝必ず後悔することを、飲む前から俺はもう知っている。そういう毎日を自覚するのもおぞましい。」
p86「もう何年間も、ヒデは自分のことしか考えていなかった。他人のことには殆ど関心がないか、非常識なほど楽観的だった。」
p102「俺はあらゆる人から軽蔑されることが怖い。」
p121「ただ、友達が減っていくことはたまらなく切ない。」
p161「俺は、かつて自分をアルコールに駆り立てたものが、行き場のない思いだったことを理解している」

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コメント

スイッチさん、感想ありがとうございます!
コメント遅れてすみません。

こういう話って、
女性が共感できるという作品と
全然できないという作品と真っ二つに分かれるので、
『ばかもの』は女性が読んだらどうなんだろう?
という興味を持ってました。
やっぱり、かわいく映るんですね~。
ああいう人物造形って、男性目線かなと思ってたんですが、ああいう種の女性が存在しても不思議じゃないという訳ですね。

僕は、なんであれ打ち込んでやってれば、何かしら良い方向に進んでいくもんだと思ってて、それが『ばかもの』みたいなことでも、前に進んでいけると思うんですね。
だから、スイッチさんの仰る通り、常に謙虚でいないと、いろんなものを見落としてしまうんだろうなあとほんとに思います。

投稿: タツミ | 2009/07/07 00:13

「ばかもの」読み終わりました。
何となく読み返したりして、
全体には2回、
部分的には3-4回読んでしまいました。

私は♀なので額子に肩入れして読んでしまいますが、
気の強い女の本質の弱さ、もろさを感じます。
強いくせに弱くてやっぱり強くてかわくて・・

額子が言う「ばかもの」には
「早く気付けこのドアホ」と見せ掛けながら、
ありがとうがあふれているのだと思いました。

転落したからこそ見付かるモノがあるのかもしれませんね。
選択肢がある時には、本当に大切なモノを見落としたり、見つけていても大切に見えなかったり。
傲慢なときの判断力って全然アテにならないものかもしれません。

投稿: スイッチ | 2009/06/29 00:01

僕も、全作読破したいタイプなんですが、
一方で、偏らないように、とも思うので、
なかなか全作読破できないですね~。

村上春樹は大好きです!
『ねじまき鳥クロニクル』が好きですね~。あと、短編も好きです。
読んでた別の本があったので未購入だったんですが、
昨日ようやく『1Q84』買って来ました。
気合入れて読む予定です!

投稿: タツミ | 2009/06/20 12:23

こんばんは。
オススメというのは今ぜんぜんなくて・・・
迷路に迷い込んでる状態です。
好きな作家に出会うと、全部制覇するタイプです。

近く映画化されるということで、
ン十年ぶりに「ノルウェイの森」を読み直しました。
ついでに(?)「1Q84」も読んでいます。
村上春樹はいかがですか?
出版界で久々の大ヒットみたいですね。

投稿: スイッチ | 2009/06/17 23:15

スイッチさん、はじめまして!
コメントありがとうございます。

好きなものが似ている人との出会いって、
嬉しいですよね!
特に本は好みが幅広いですし、
ミステリーなどではない一般小説になると
読む人も少ないからなおさらですよね。

今現在は、
「あまり自分が読まなかったようなものを」
と毛色の違う書籍に手を出しているんで、
「あ、趣味違った」なんて
思われないことを祈ってます(笑)

スイッチさんのオススメも、
教えて貰えたら、嬉しいです。

投稿: タツミ | 2009/06/14 09:04

こんにちは。
はじめまして。
どうしてここへたどり着いたのか、
夢中で読んでいるうちに忘れてしまったのですが・・・

題名を追いかけているうちに、
ここは私の本棚?と思う錯覚にとらわれました。
似ています。

毎週末は図書館に行くのですが、
明日は、この人が薦める本を読んでみよう、と、
これだけ好きな本が似ているんだもの、
と思いました。

こういう出会い、ちょっと嬉しいです。

投稿: スイッチ | 2009/06/14 01:28

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