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2009/08/29

『キラークエスチョン』/山田玲司

4334035213 キラークエスチョン (光文社新書)
光文社  2009-08-18

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 日経新聞の欄外広告で『キラークエスチョン』という書名が目に飛び込んだとき、「これはいいこと言ってるな」というのと「なんかまた一芸タイトルみたいなのが出たな」というのと両方浮かんだんだけど、著者名を見て「これは買わねば」と。山田玲司だ。僕の大好きなマンガ『Bヴァージン』の作者であり、「バブル」と「バブル崩壊後」という「共通の時代感」ベースがあれほど必要なマンガを書いたのに、その後も消えることなく仕事を続けている「芯」を持ってる作家。おまけに、以前、本屋で山田玲司の新書を見かけておきながら購入せず、そのことも思い出した。これはいてもたってもいられない。

 『キラークエスチョン』は、「会話に重要なのは、”話す”ことではなく”聞く”ことだ」というシンプルなメッセージと、それを実践するための具体的な26のキラークエスチョンが掲載されている。このメッセージもキラークエスチョンも、全面的に大賛成な内容で、著者がほんとは人見知りで会話が苦手ということが心底よくわかる。僕も人見知りで会話が苦手だから。それでも人は会話する生き物だから何とかこの局面を打開しないといけない、そう日々悩んで編み出したのが、「相手のことを聞くこと」だったから。「編み出す」というほど大層なものではないかもしれないけど、もともと会話が苦手な人間というのはそういうところすらできないから苦手なんだし、本書が出版されるくらいだから、世間では僕と同じような会話が苦手な人が少なくないんだと思う。

 僕の感覚が少し違うところは、「誰も僕のことになんか興味を持っていない」というのがある。要は、人は自分のことは話したがるけれども、人のことはそれほど聞きたがらない、ということだ。だから、僕は自分のことは会話ではあまり話さないように気をつけていた。これはこれで、自分の評価を徒に落とさずにすむ方法ではあったけれど、今ひとつ相手との距離を縮められない原因でもあったと本書を読んで気づいた。キラークエスチョンは使いこなせていたけれど、それは相手をよく知ることと会話での空白をなくすためにしか使えていなくて、「お互いに」よく知り合って関係を深める方向には使えていなかった。これは、仕事上の役割と関係があるのかも知れない。そして、このスタンスで深まる人間関係に一定の傾向があるのも、考えてみるとそりゃそうか、と思わなくもない。

 心配なのは、「人は自分の話を聞いてもらいたいもの」こういう感覚さえ、実は失われていて、喋る一方がよしとされているんじゃないか、と感じるときがあること。世の中には、ひたすら喋り捲る人がいる。普通はそういう人は、煙たがられる。けれど、最近、そうやって押し切る人に対して、面倒くさいからかなんなのか、それを良しとするような風潮が芽生えてきているように思う。「自己主張」なんてもんじゃない。誰も彼もが、受身で楽しようとしているのだ。

 本書のもっとも太いメッセージは、「人はみんな違うものだ。だから聞くんだ。」というところ。日本は、均一化社会で、極力聞かなくていいような人間にみんななるようにシステム化してきた。個性だなんだといったところで、みんな自分と似たような個性を持つもので「ちっこい日本」を再生産する。そうじゃなくて、本当に個々人が個人として生きていける社会を目指すためには?それに対する答えのひとつとして、確実に『キラークエスチョン』は有効だと思う。

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