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2010/06/09

『ヒューマンエラーは裁けるか』/シドニー・デッカー

4130530178 ヒューマンエラーは裁けるか―安全で公正な文化を築くには
芳賀 繁
東京大学出版会  2009-10-29

by G-Tools

 タイトル通り、「裁けるか」に焦点が当たっていて、「防げるか」が第一の論点ではない。「裁判が、ヒューマンエラーの再発の防止に役立つか?」という議論は展開される。そして、多くの場合、役に立たない方向に進むことが明快に記される。体裁が論文であり、最後段のまとめに実践方法があるものの、ツールが提供される類の書物ではない。自分の「ヒューマンエラー」に対する認識と思考を強化するために読む書物。

※処罰感情

piii「ヒューマンエラーの古い視点は、…インシデントの原因と考える。・・・新しい、システム的な視点は、・・・原因ではなく、症状と考える」
p26「マックス・ウェーバーが・・・警告したように、過度な合理主義は、対極の効果をもたらす・・・。合理的な制度はしばしば不合理な結果をもたらす。それは極めて自然にかつ必然的に生じる。」
p36「あるいは、様々な観点や利害、義務、そして代替案を考慮に入れて問題の評価を行うことが「公正」なのか?」
p45「モラール」「組織コミットメント」「仕事満足感」「役割外のちょっとした余分な仕事をする意欲」
p67「私たちの社会は、裁判に持ち込まれる事例を増やせば増やすほど、お互いの意見を気兼ねなく伝え合うのがますます難しくなる風土を作りだす」
p83「情報開示と報告の違い」「報告とは、上司、管理組織あるいはその他の関係機関への情報提供」「情報開示とは、顧客・患者・家族への情報の提供」
p114「後知恵バイアス」
p124「後知恵と有責性」
p132「普通の基準」とは何か?
p157「司法が関与することによって、より公正になることもあれば、より安全になることもない。」
p170「「偶然の事故」や「ヒューマンエラー」といった用語を排除する方法。法律にはそのような概念がないからやむを得ない」
p171「インシデントを裁判にかけると、人々はインシデントを報告しなくなる」
p184「誰かを投獄しても彼らが失ったものが戻ってくることはない。」
p188「取り調べてから数カ月も後に作成された…被疑者が言いたかったこと、裁判官もしくは陪審員が記録から読み取ったものとの隔たりは極めて大きくなる」
p202「組織や社会において、許容できる行動と許容できない行動との間の線引を誰がするのか?」
p225「某氏が責任を取って、辞職した」
p236「調停の席で話されたことは法的に秘密扱いにされる。」

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