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2010/08/05

『乙女の密告』/赤染晶子

4103276614 乙女の密告
赤染 晶子
新潮社  2010-07

by G-Tools

 京都の外国語大学の、『ヘト アハテルハイス』をテキストに用いるゼミに参加している「乙女」であるみか子。バッハマン教授から明日までに1944年4月9日をスピーチコンテスト暗唱の部の課題テクストとして、明日までに暗唱してくるようにと乙女達に課題が突きつけられる…。

 乙女と真実と自己と他者。『ヘト アハテルハイス』(アンネの日記)の暗唱を通じて、認識の問題が掘り下げられていく。自分が「自己」であるとはどういうことか。「他者」でないとはどういうことか。そして、自己が何者かを、ほんとうに自分は知っているのか?そもそも、その「真実」を知りたいと、思っているのだろうか?みか子は言う。「乙女は真実を必要としない」。そう、本著では「乙女」は「直視しないもの。目を逸らすもの。」の代名詞だ。

 アンネは1944年4月9日の日記で「オランダ人になりたい」と、「他者になりたい」と宣言している、そのことの意味をみか子は暗唱の中で掘り下げていく。この、掘り下げていく過程の描写が、ものすごく小気味がいい。とても短い文章がリズミカルに畳み掛けられてくる。いや、「リズミカル」というのとはちょっと違うかも知れない。頭の中で音読するに淀みがないような流麗な長い文章がうねうねと続くようなものではなく、とにかく一文は一個の事物しか表わさない、といった短文で語りが続き、乙女と真実と自己と他者という概念的な何かを頭に描かずにおれなくなるのだ。

 クライマックスでみか子がアンネの名前を「血を吐いて」語るように、本著にとって一番大切なテーマは乙女と真実と自己と他者なのは間違いないと思う。けれど、僕にとっていちばん印象に残ったシーンは、バッハマンが乙女達を2つのグループに分けるときの、「あなたはいちご大福とウィスキーではどちらが好きですか」というシーン。乙女達はいちご大福が好きかウィスキーが好きかという条件だけで2つに分けられ、それだけの条件なのに分けられた2つのグループは驚くほどの団結を見せる。あたかも「他者」とは全く違うと断言するある「グループ」を形作っているものは、この「いちご大福かウィスキーか」という分け方と、それほど違うのだろうか?「自己と他者」というテーマを構えながら、そこにもう一つ、「そうまでして他者と線を引きたい自己の、自己を自己たらしめているものって、実は”いちご大福かウィスキーか”と同じくらい、意味なんてないことなのかも知れないよ」と言われている気がした。

p12「自己と他者は一人の人間の中で共存せざるをえない」
p16「あなたはいちご大福とウィスキーではどちらが好きですか」
p48「外大では貴代は失った言葉をややこしい文法の規則とともに学び直さなければならない」
p55「スピーチでは自分の一番大事な言葉に出会えるねん。それは忘れるっていう作業でしか出会えへん言葉やねん」
p71(私は密告される。必ず密告される)
p107「そ、それはわたしの名前ではありません。他者の名前です!」
p110「迫害された人達の名前はただひとつ『他者』でした」
p119「わたしは他者になりたい」
p120「アンネはユダヤ人である自己に忍耐した」

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