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2010/09/27

『存在の耐えられない軽さ』/ミラン・クンデラ

4087603512 存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)
ミラン・クンデラ 千野 栄一
集英社  1998-11-20

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 もちろん本著の名前は知っていたし、著者が「プラハの春」以降、全著作を発禁されたというようなことも知っていた。でも本著のことは、結構なエロ小説であり、「存在の耐えられない」というのは、要は正式に付き合っていないので相手の心には存在しているのかどうかわからない、程度の意味合いに受け止め、しかも本著は傑作と呼ばれていることも予備知識としてあったので、その恋愛の心理描写が相当詳細で綿密なんだろうな、という具合な印象を持って、読んではいなかった。そこに来て、3年前に読んだ『放浪の天才数学者エルデシュ』以来の東欧への興味が重なって、文庫本で見つけたので買って読んでみた。

 もう全然認識違いで情けなかったし恥ずかしかった。ただひたすらおもしろいという感想しか出てこない。恋愛の軸と社会情勢の軸、そして哲学の軸。読んでいて頭が刺激されるし、その底辺に流れる考え方みたいなものは頷けるけどひとつひとつの表現-タイトルの「存在の耐えられない軽さ」とか-を、自分なりに噛み砕いて話せない。言葉にできるところまで理解できない。これはあと2回くらい読まないとダメな小説。

 そんな中、頭に浮かんだテーマをメモ:

  • 第Ⅵ部「大行進」で語られる「俗悪=キッチュなるもの」の概念と説明の言葉。自分が常日頃抱いている感情にぴったりとあてはまる。しかしそこから押し広げて気づいたのは、例えば「平和」をうたい文句にした野外フェスに、その理念に賛同したと言って参加する人々。これはイコールなのか?イコールではないと、言い切れるか?また逆に、そのうたい文句は一切無視して、単にその「呼び寄せ」をアテに参加する、この姿勢もまたイコールではないと、言い切れるか?
  • 難解で、興味深くて、思考の好材料になる様々な対立が挙げられるけど、それらはみな二項対立。二択の提示は、時代の現れか。

p12「本当に男らしい男ならすぐ対処できるようなこの状況で、彼が逡巡し、かつて経験したことのない(彼女のベッドにひざまずき、彼女の死に耐えられないと思った)もっとも美しい瞬間に、彼女の持つ意味を認めていないことを申しわけないと思った。」
p16「メタファーはもてあそんではいけないものである。恋は一つのメタファーから生まれうるものなのである。」
p54「気の違うほど愛していながら、同時に自分のおなかの鳴るのをきかされるのはやりきれたものではない」
p72「大学で勉強した人と、独習者とを区分しているのは、知識の量ではなしに、バイタリティーと自意識の程度の差」
p98「人間が自らの弱さを意識すると、それに立ち向かおうとはせずに、むしろ服従しようとする」
p123「それとも偉人たち?ヤン・フス?」
p156「人生のドラマというものはいつも重さというメタファーで表現できる。われわれはある人間が重荷を負わされたという。その人間はその重荷に耐えられるか、それとも耐えられずにその下敷きになるか、それと争い、敗けるか勝つかする。しかしいったい何がサビナに起こったのであろうか?何も。一人の男と別れたかったから捨てた。それでつけまわされた?復讐された?いや。彼女のドラマは重さのドラマではなく、軽さのであった。サビナに落ちてきたのは重荷ではなく、存在の耐えられない軽さであった。」
p169「しかし、女たちは避けなかった」
p192「もしあなたの希望でないのなら、できません。そんな権利はありませんからね」
p194「技師の手が彼女の身体に触れた瞬間、彼女は彼女が(彼女の心が)問題なのではまったくなく、ただひたすら身体が問題であることを意識した。彼女を裏切り、世間の他の身体の中へと追い出した身体が」
p229「アフリカのタムタム」
p242「けっして才能とか器用さではない」
p252「一方はどの女にも自分に固有の、女についての常に同じ夢を探し求める人であり、もう一方は客観的な女の世界の無限の多様性を得たいという願望に追われている人」
p276「共産主義者たちはスターリンが自分たちを間違いへと導いたと言い訳をしています。殺人者は母の愛情がなかった、そして、失望させられたと、いい逃れをします。そこへお父さんが言ったのです。言い訳なんて存在しないって。自分の魂にかけて、オイディプースより罪のない人はいません。それなのに彼は何をしたかを知ったとき、自ら自分を罰したのです」
p280「著者が自分自身についてしか語れないというのは、本当ではないのであろうか?」
p318「第二の涙はいう。芝生を駆けていく子供に全人類と感激を共有できるのは何と素晴らしいんだろう!/この第二の涙こそ、俗悪(キッチュ)を俗悪たらしめるのである。/世界のすべての人びとの兄弟愛はただ俗悪なものの上にのみ形成できるのである」
p326「左翼の人間を左翼の人間たらしめているのは、あれやこれやの理論ではなく、どのような理論をも大行進といわれる俗悪なものの一部にしてしまうその人間の能力である」
p344「テレザとトマーシュは重さの印の下で死んだ。彼女は軽さの印の下で死にたいのである。彼女は空気より軽くなる。これはパルメニデースによれば、否定的なものから肯定的なものへの変化である」

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