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2010/11/20

『ノルウェイの森』/村上春樹

4062748681 ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社  2004-09-15

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406274869X ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社  2004-09-15

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映画を観る前に再読しておこうと思っていて、本屋に入った際それを思い出したので文庫本を買った。『ノルウェイの森』は何かの折に(何か節目になるような出来事があった際や特にそういうことがなくて単に思いついた際)再読しているけど、毎回、「こんな話だったっけ?」という印象を抱いている気がする。それにしても今回は、僕の読書におけるグッドラックを、自分で思い込んでる気に入った言い方でいうとセレンディピティを、一生分とは言わないけれど数年分は注ぎ込んだようなタイミングで読めたんじゃないかと思う。なにしろ、本屋で買って読み始め、端役も端役だけど全然記憶になかったけど「奈良」が登場し、iTSでビートルズがダウンロード可能となる日が訪れ、そして読み終えた。僕個人的にはこれでもう十分。十分、『ノルウェイの森』は僕に生きる力をくれた。実際、会社の人がお土産にくれたラーメンを食べ過ぎ胃を壊した翌日から、微熱が続き何も食べられなくなりみるみるおかしくなって精神的にも完全におかしくなってしまった僕をたった10時間足らずの読書が引っ張り上げてしまったのだ。

「こんな話だったっけ?」という印象以外で、今回抱いた印象で最も大きかったのは、「こんなにわかりやすい小説だったっけ?」というもの。これは、僕が村上春樹の作品を読み続けてきて慣らされてきたからなのか、僕の読書の能力が向上したからなのか、物語を注意深く受け取る感覚が失われ、通り一遍の筋書しか頭に入らなくなったからなのか、その辺は自分自身ではわからない。けれど、自分自身としてはとてもよく理解できる小説に感じられた。例えば「全てが終ったあとで僕はどうしてキズキと寝なかったのかと訊いてみた。でもそんなことは訊くべきではなかったのだ。」の部分。そりゃもちろん聞くべきではないよ。今の僕はそう思うし、その理由もパッパッと頭の中にひらめくけれど、若い頃にこれを読んだときは全然違うこを考えていたと思う。できないことの理由を問うことから始まる問答を。「訊くべきではない」というのは、単に「どうして寝なかったのか」という原因を訊くだけが対象じゃない。「寝る」ことに関わる様々な意味が、そう簡単に説明できるようなものではそもそもないから。そんなところに考えを飛ばしていたはずだ。でも今の僕はもうちょっとクリアに「なぜ訊くべきではなかった」のか、思いを巡らすことができる。

なぜ38歳の僕がこの本を今、それも再読の再読で読んで、精神的に立ち直ることができたのかはよくわからない。普通に仕事はできるものの、仕事に行きたくないとまで思うくらい、ちょっと崖っぷちだった状況から、なんとか戻ってこれたのは、この本の力が多少はあると思ってる。確かに、この本を読んでる最中、自分を覆っている時間の殻のようなもの、どうしてもそこに留まることはできないのに少しの希望の欠片みたいのを見つけては留まれるような気になっている自分の殻のようなものが、二つに割れて自分から剥がれ落ち、残念だけれどそれは剥ぎ取って前に進むしかない、そういう感覚が現れたのだ。

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2010/11/14

『真綿荘の住人たち』/島本理生

4163289402 真綿荘の住人たち
島本 理生
文藝春秋  2010-02

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北海道の善良な少年・大和君が大学生になり上京してレトロな下宿・真綿荘に。その真綿荘に暮らす大家と下宿人の一筋縄じゃない恋愛と生活。

ラスト、読み終えて、「なぜ結婚じゃだめだったんだ?」と考え込んだ。ほんと、すぐには理解できなかった。「君には、対等じゃあ、ダメなんだろう」この晴雨の言葉が、結婚ではだめなんだということはわかるものの、なんでその代わりに、養子縁組をしないといけないのか。そんなものなくても、今まで通り内縁でいいじゃないか。まったく理解できないものを突然1ページで見せられて、ぽーんと放り投げられたような気分だった。

じっと考えてみて、ああなるほど、親子か、とようやく分かった。このラストがすぐには飲み込めなかった僕は、ほんとうに幸せで満たされた子供時代を過ごせたんだと思える。千鶴は、水商売を生業とし、男に寄りかかって生きている母親の自分への愛情が、それほど深いものではないということを、生まれたときから知っていたような人生。だから、16歳のとき、何も言わずまったくの自分の責任だけで自分を抱きにかかった晴雨に、それ以来一度も抱こうとはしない晴雨に、捉えられ続けてきたのだ。同じように高校時代に強姦された経験を持ち、直接的にはその強姦ではなく、それ以降の経験から、男と付き合えなくなった椿に、「自分を強姦した相手と何事もないように住み続けるなんて気持ちが悪い」と詰られようと、千鶴が動じない理由がそこにある。千鶴にとっては、晴雨はそういう存在だったのだ。晴雨自身も、自分のすべてを自分のものにしようとした母親の呪縛に悩まされ不能で生きてきて、その母親が病に倒れ晴雨のこともわからない状態を見て、「俺はもう誰の子供でもない」と呪縛から解かれる。この小説は、恋愛の動きそのものよりも、千鶴、晴雨、あと、同じ真綿荘の住人である鯨ちゃんと付き合うことになる同じ大学の荒野、この3人の生い立ち、親との関わりあいの過去を通じて、人が大人になるための、周りの大人の、「親」という存在の重要さを感じれるものだった。

もうひとつ、まったくもってまともな大和君が、振り回されるように恋に落ちる相手、絵麻の恋愛。彼女に言い放つまともな大和君の言葉が、使い古された言葉だけどとても気が利いている。絵麻の相手は言わば高踏だけど、そんな生き方をして「結果」がよくても仕方がないよな、と思った。

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日本経済新聞2010年11月14日朝刊

「日本語の散歩道」外山滋比古
「英文のパラグラフはレンガ、日本語の段落はトウフのようなもの」

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『文藝春秋2010年12月号』

B0049B6FE6 文藝春秋 2010年 12月号 [雑誌]
文藝春秋  2010-11-10

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電車の吊り広告に「吉本隆明」の名前があったので、読んでみた。1960年安保の際、警察に逮捕された顛末が書かれてたんだけど、目を見開いたのはその説明の最後、「もうこれで書くところがなくなるだろうと思い、ものを書く場所を確保していた。それが『試行』」という下り。『試行』は読んだことはないけどもちろん知っていて、吉本隆明が仲間と、仲間だけですべての制作作業を行って刊行していたいわゆる「同人誌」と認識してたけど、単に自分達だけで独立して言論出来る場をつくったというだけでなく、「ものを言う場所がなくなるだろう」と予期して、「確保しておかなければ」とそれを準備したというところに、自分はなんて先のこと先のことを考えずにやってきたんだろうと情けなくなった。本気で先を先を見て考えないと。 

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2010/11/08

『寝ても覚めても』/柴崎友香

4309020054 寝ても覚めても
柴崎 友香
河出書房新社  2010-09-17

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すこし前、遠出した際、一冊買おうと思ってうろうろして、そう言えば日経か何かの書評見て読みたいと思ってたなと買ってみた。柴崎友香は好みで、結構読んでる。変にテンションを上げていかない、無暗な盛り上がりを作らないところが好きなのだ。

1999年22歳の朝子に始まった恋の、10年間の来歴が語られる恋愛小説。柴崎友香は3,4年振りだと思うんだけど、その昔は読んでいて脳裡にバシバシと響いた、「言葉にならない」感覚というのが、さすがに僕も歳を取ったのか、あまり響かなかったように思う。女の子の、人を好きになる不思議な感性というのが描かれていることは明確にわかるんだけど、気持ちに入っていかない。でもそれは、僕が歳を取って感性が鈍ったということだけではなく、本著の焦点が、単に恋愛だけではないということにもあったのかもしれない。読むとすぐ気づくのが、本著は、頻繁に、2,3行の点描が挟まれる。その2,3行の点描は、そこまでの筋とあんまり関係がないようなあるような。その点描も含めて、「目に見えるもの」を観察し、書き落としていくことに、力点が注がれてる。それが、本著の「読む楽しさ」だと思う。

ストーリーは、全体の2/3くらいまで、かなり緩やかに進むと思う。2/3過ぎから猛チャージが掛かって、胸を抉られるような現場を見せられて、終わる。どの書評も「驚きの結末」みたいなことが書かれてて、2/3過ぎくらいからある程度予想はつくのに、更にそれを裏切るような展開が待っている。この展開は、女の子の恋愛には確かによくあることかも知れない。でも、作者にとってはこの「恋愛」の筋というのは、今回はそれほど重要じゃなかったのかも知れない。

読み終えてまず最初に僕が思ったのは、僕に似てる人が現れてはほしくない、ということだった。僕に似てる人が、僕を知ってる人の前に現れたりしないでほしい、ということだった。遠出した場所で買ってくる本としては最善の選択肢だったんじゃないかと、思う。 

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