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2010/12/31

『自分の仕事をつくる』/西村佳哲

4480425578 自分の仕事をつくる (ちくま文庫)
西村 佳哲
筑摩書房  2009-02

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関心空間ユーイチローさんのKWで文庫本が出ていることを知って、早速本屋へ。

 基本的には、独立している方や、企業の中で全体を見れるポジションにいる方がインタビューの対象なので、一介のサラリーマンとしては読み方が難しいところもあります。「サラリーマンという働き方は、会社に自分の時間を引き渡している」と、はっきり書かれているところもあります。しかし、「文庫版あとがき」で、とある編集者の読者の方からのメールと、それに対する著者の返信が掲載されていて、それを読めば、サラリーマンであってもこの本に書かれている「心」が、自分の働き方を考える役に立つと分かると思います。

 この本で訴えられていることのひとつに、「自分の時間をいかに仕事に注ぎ込むか」というのがあると思います。それは、24時間仕事に注ぎ込まなければいい仕事はできない、というような表現もあるし、狭義の「仕事」に割いている時間は極力減らして、仕事に有用なはずの私的な時間を多く持つことで仕事のクオリティを上げられる、というような表現もあります。いずれにしても、「仕事」というのは「この程度でいいか」で済ませていいものではない、だから、どれだけ仕事に手間暇かけられるかが重要、ということなんですが、そして、これを実現させるために、住む場所も変えてしまって生活コストを下げれば実現できる、という訳ですが、日本で考えれば、じゃあ逆に無暗に都市部の生活コストが高すぎるから、そういうふうに「仕事」ができない、そういう社会構造になっちゃってるっていうことだよね?と思います。なぜ、だれが、そんな高コストな社会にして喜ぶのか?儲かっているのか?

 もう一つ、僕はこの「仕事」の考え方と対局の会社に勤めています。この「仕事」の考え方は「独創性」が出発点になりますが、僕の勤めている会社は、徹底的に汎用製品化して売り抜くことで、省労力で高利益を上げようというスタンスです。生きていくためにお金が必要なら、いかにそれを簡単に短時間で集められるか、という哲学で貫かれているようです。それは確かに一つの考え方です。必要十分なお金があって、仕事以外に使える時間がたくさんあるなら、人間として無気力になることはなさそうです。でも、このスタンスはなんか違和感を感じないか?-そこがすべての出発点だと思います。
お金がなかったら辛いか?幸せじゃないか?お金として形になってないものは価値がないのか?意味がないのか?今よりずっと貧しかったはずの昭和30年代とやらを、「古き良き日本」とかいって引っ張りだすのはなぜなんだ?だったら、お金として形にならない「何か」をもっと大事にしていいんだ、と言い切る強い思想が必要なんじゃないか?そしてそれをみんなが言い続けていくような土壌が。お金はあくまで単位であり交換するための道具。その大切さを粗末にするつもりは全然ない、全然ないうえで、「金は要るだろ」式のリアリズムを超える理想を語れるようにならないといけない。

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2010/12/30

『妻の超然』/絲山秋子

4104669040 妻の超然
絲山 秋子
新潮社  2010-09

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 文麿は他の女のところに出かけていっているようである。理津子は確認はしていないがそれを事実としていて、だからと言って事を動かそうとは思わない。曰く、「超然としている」。

 理津子は文麿の行動そのものに対して直接的に文麿に何かを言ったりはしない。それを以て理津子は自分を「超然」だとしていた訳だけど、それは「見て見ぬ振り」とそう変わらないものだった。それに、理津子は文麿の「行動」に対しては目を向けていたけれど、文麿の「考え」には全然目を向けていなかった。彼が何を考えているのか、考えたことがあるのか。あるとき理津子はそう自問する。そして、自分がやっていたことは「超然」ではなく「怠慢」だと気づくのだ。
 その過程には、「よその女の家に行ってしまうのは、そっちの方が楽だからではないだろうか。」という一節がある。そして理津子は、「そんなこと、断じて認めるわけにはいかないが。」とここだけは「超然」としていない。やっぱり理津子は、文麿にはまず理津子という図式が必要なのだ。だから「私はまだ一度も文麿を捨てたことがない」のだ。
 だから、捨ててしまえる人は偉いと思う。それは自分の変化を受けいれていることだと思うから。でも偉さはそこまでなら半分で、相手の変化にもちゃんと目をこらしていたのだろうか?それを受け入れているのだろうか?そこから逃げるように、自分も変化しただけではないのだろうか?それでは結局、「見て見ぬ振り」と同じなのではないか?自分が「超然」のようが「怠惰」に陥ってしまった理由は、実は自分が作り出していたものではないのか?

 僕はこの話を、二つの読み方をほとんどオートマチックにしてしまっていて、ひとつは文麿の立場、ひとつは理津子の立場。文麿の立場というのは、「誰かの許しに甘えて生きている自分」、理津子の立場というのは、「怠慢な自分」だ。どちらの自分もいることは認めざるを得ないと思う。もちろん、そういう自分を出さないように日々努力はしているつもりだけど、どうしても文麿だったり理津子だったりしてしまう、それもどうしようもなくてそうなってしまう毎日が続くときも、言い訳ではなくて実際にある。そんなとき、理津子が忘年会から酔っぱらって帰ってきて、眠れているのに眠れないといって傍で寝れば眠れるということを知ってて寝かせてあげて「文麿がしあわせで嬉しかった」と感じる、その心ひとつに救われるし救えるのだ。それこそが「超然」なんじゃないだろうか。そういう「超然」を身につけることができたり、救われたりすることが、僕にもあるだろうか?

 途中、理津子のストーカーの話が出てくる。親友ののーちゃんに相談すると、「この手紙をそのストーカーに渡せ」と封された封筒を渡される。理津子は言われる通り、ストーカーにその手紙を手渡すと、それきりストーカーは現れなくなる。中身がどんなものだったのかは最後まで明かされなくて、僕はその内容をうまく想像することができない。のーちゃんは「人間扱いしてやっただけ」と言っていて、これはたぶん、「見て見ぬ振り」をしていた理津子の文麿に対する態度と遂になっているのだとは思う。 

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『聖☆おにいさん』/中村光

4063729621 聖☆おにいさん(6) (モーニングKC)
中村 光
講談社  2010-12-24

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楽しみにしてた新刊!さっそくジュンクで買ってきて読みました。
相変わらずおもしろいけど、読み終えた直後の感想は「ちょっとパワー不足かな~」。

なんでかな?ともっかいパラパラめくってみたら、全部で7話なんだけど、そのうち、「アスリート達の蹉跌」というよくわからない天部独特のスポーツ(ハリポタのアレみたいな)の話、「コミックスで大わらわ」という漫画界の話という、日常的じゃない話が2つ入ってるからかな。聖☆おにいさんのおもろいのって、立川っていうなんかふつうっぽいとこでふつうじゃない二人がふつうのことしてるってとこなんで、特殊な舞台に行かれると、特殊に追いつくのに頭がいっぱいになっちゃう。漫画界の話は漫画好きの人にとってはふつうのことなんだろうけどね。

「いたいけビーチボーイズ」の愛子ちゃんのぶっちぎりっぷりがいちばんおもしろい!  

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2010/12/25

『BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 [雑誌]』

B004ETEOGO BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 [雑誌]
マガジンハウス  2010-12-15

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今、僕は完全に自分の生き方に迷っている。悩んでいる。狭くは勤めている会社でのロールについて、いったいどこまで研鑽するべきなんだろうかという問題点から、広くはこの先この職業のままでいいのだろうか?大丈夫なんだろうか?という問題点。身につけた価値観は容易に消し去ることができず、他人と比べては見劣りするとか馬鹿にされていそうだとかいう感情の周りをぐるぐる回っている。金を稼がなければならない、出世しなければならない、ステータスを身につけなければならない。そんなの大切なことじゃないという人も、少し気を緩めると、身につけている時計や乗っている車でこちらのことを判断しようとしたりする。それらの物差しを全く気にすることなく、自分が心血を注ぎたいということにピントを絞ることなんて、できるのだろうか?

直前に読んだ『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』でBRUTUSの記事をさんざん馬鹿にした文章があり、BRUTUSそのものを「底の浅い雑誌」と決めつけそうになったけど、これは買ってよかったし読んでよかった。とりあえず読んだのは「正義と個人」「お金と幸福」「現代と仏教」「マネジメント」「今読む哲学」「つながり」だけど、どの章にも現れてくるのが、「短時間で得ようとすることの否定的な面」だ。お金を儲けるにしても、どれだけ効率的かということしか考慮されない。儲ける行為自体には何の価値判断もおかれない。その状況に対して「それは当然おかしいだろう」と声を出せるようになったことが、これまでと劇的に違うところだと思う。ほんのすこし前まで、それらはすべて「本人のやる気の問題」に還元されていた。

あれほど「余計なことはしすぎるほうがいい」と思っていても、結局僕も効率化の波に巻き込まれていた。自分の今の苦境は、効率性至上主義に自分を合わせ過ぎた当然の帰結だと思う。じゃあ非効率であれやりたいと思ったことをどうやってやればいいのか?その問題を考える前に、「とにかく効率性至上主義ではダメだ」とはっきり声を出す人が増えたこと。それがいちばん大きなことだと思う。

【承認】。世界が有限で、やったぶんだけ(と自分が納得できるくらいの)「お金」が入ることが期待できないような世界で、どうすれば落ち込まずに生き生きといきていけるのか?本来、人は他者からの「承認」がなければ満足感が得られないし、そのためにはまず他者を「承認」できなければならない、という話。ここは「つながり」にもつながるし、『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』の江弘毅の話にも繋がる。お金で表現できなければ価値として見做せないという価値観からどう抜け出していけるか?実際に、お金がなければ生きてはいけないのだ、という鉄壁のリアリズムの上に、新たな自分なりの哲学を構築していく作業なのかなと、思う。

みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?
p175「消費される記号やなくて、経験やコミュニケーションの有りよう、関係性でしか書けない。」
p178「おばちゃんのそれは経済軸のものではなくて、もっと贈与的
p178「経済軸の判断は、どんどんプロセスを省略する方へいく。効率のいい方へ仕事の中身がショートカットされていって、その極端な形が「お金をお金で買う」ビジネス」

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2010/12/24

『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』/西村佳哲

4335551428 みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?
西村佳哲
弘文堂  2010-12-01

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2010/1/9-11の3日間、奈良県立図書情報館で行われた「自分の仕事を考える3日間Ⅱ」にゲストとして登場した8人の方へのインタビュー。

来月1月の「自分の仕事を考える3日間Ⅲ」に参加するので、予習と思って購入。

予想以上に凄まじい影響力を持ってる本でした。今、というかここしばらく、僕は自分の仕事やキャリアや人生に逡巡していて、ただ漫然と過ごしているだけではダメだし、だからといって何を目指して何をすればいいのか決めきれないという優柔不断の中で、何かのヒントを貰いたくて「自分の仕事を考える3日間Ⅲ」に申し込んだんだけど、この本自体も強烈なインパクトを持って自分の旨に迫ってくる。だいたい、仕事で一方ならぬ実績を上げている人のインタビューというのは、「こんな大変な苦労しました」というものか、「特別凄い能力を持ってる訳ではありません、日々こつこつ努力するのが大事です」というものかなんだけど、この本のゲスト8名はみな一様に、「自分の存在が許される理由ってなんなのか」を徹底的に考えた経験があると述べている。やっぱりそこを徹底的に考えることから逃れられないんだな、と腹を括る。それぞれのゲストの言葉も、「仕事から生きるエネルギーを貰わない」とか、一見、「働いて生きてゆく」という問いにあわないような言葉もあり、ぐいぐいひきつけられて一気に読んでしまう。

僕はどうしても仕事を経済軸で考えてしまうところがある。自分の充実感で、仕事を計れないところがある。それは、言い訳というか、経済軸でも成功を収める、一定以上の稼ぎを得ることが他人から認められることであって、それを抜きにして自分の充実感も何もないと考えているところがある。でも、この考え方からは早く脱皮しないといけない。この考え方は、長いものに巻かれて生きようとする、青二才の現実主義の考え方だ。若いうちはそれもアリかもしれないし、経済力で自分の虚栄心を満たすこともできるかもしれない。でもまず、自分の見栄を捨て去ることが必要だ。それがない限り、年齢相応の成長を遂げることもできないと思う。

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友廣裕一
p16  お金ってけっこう関係性を切るんじゃないかって
 →正解かどうかは問題でない 視点の問題
三島邦弘
p53 「そのままの自分でいい」なんて思わない
馬場正尊
p67 状況が必要としているものを考えて、その中で自分にできることを素直にやればいいんだ
土屋春代
p95 自分を好きでいたい。嫌いになりたくない。
 →これは僕には一生無理だと思う
p96 「”いつか”はいつまでも来ないんだ」
向谷地生良
p113 困難な状況を変革してゆくのは、他でもない当事者
p118 精神障害というのは~
p121 「弱さ」を公開しあうことを、大切にしています
p128 この時に大事なのは、その仕事自体からエネルギーをもらわないこと
p132 自分が自立していく足場を持っているのは必要なことなんじゃないかな
江弘毅
p169 「しゃあない」という言葉は、あきらめとかそういうことではないです。一つの価値軸では判断しきれない時に、仲間と一緒に考え抜こうかっていう。折り合いの付け方のテクニカルタームやと思う」
p170 責任っていうのは、取るもんではなくて、全うするもんです
p175 高度情報化社会っていうのは、・・・容易に記号化したり、数値化できるものばかりを集めた社会のことだと思う
p178 結果さえ手に入れば、プロセスは要らなくなる
p181 BRUTUS特別編集2006
松木正
p200 自分の感情にあまり意識を向けていなかった
枝國栄一
p225 そこはもう、耐えましたよね
p226 一度でも妥協したらそこで気持ちが折れてしまう
p232 最悪なスタートやったけど、だから真似しかできなかった

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2010/12/23

『傭兵代理店』/渡辺裕之

4396333595 傭兵代理店 (祥伝社文庫)
渡辺 裕之
祥伝社  2007-06

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 昔から推理モノやサスペンスモノやSFモノは手を出さないので、読んでみたらと貸してくれる人がいるのはありがたいです。傭兵代理店というモノが日本に存在してるという突飛さ加減が目新しくて面白かったです。アクションものの映画を観ているよう。「傭兵」とはどういう存在なのかの知識を知れたのもよかった。
 海外モノだと、こういった突飛な話の中にも、核となるテーマは国際問題だったりするけど、日本モノだと、道具立てとしては出てくるけどどっちかっていうと主人公の心情に焦点があたることが多いとはよく言われている通りかな。

p199「恐怖を克服できると思うのは、間違いだ。それができると思う奴は早死する」
p254「疑惑というものは一旦意識すると、まるで意志を持っているかのように成長し、所有者を底知れぬ苦悩の渦に埋もれさせる」
p396「おまえたちは、ベトナム、アフガニスタン、イラクと介入を続け、世界中に紛争を蔓延させた。」
p454「ここで焦って動いた方が先に死ぬ」

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2010/12/07

『クーデタ』/ジョン・アップダイク

4309709575 クーデタ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-5)
ジョン・アップダイク 池澤 夏樹
河出書房新社  2009-07-11

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アップダイクは初めて。村上春樹関連で名前が出てきたので読んでみようと。その名前が出てきた記事では、あんまり評価されてなかったんだけど。

まず読んでいてずっと思ったのは、エルレー大統領の親ソ加減。著されたのは1978年。その当時は、アメリカにも親ソの空気があったってことなんだろうか?日本の北朝鮮への集団移住は1959年。ヒッピーブームは1960年代~1970年代。ヒッピーと共産圏は関係ないようだけど、1972年生まれの僕にはイメージとしてどうしてもつながってしまう。「みんないっしょにしあわせに」という物事の考え方が根底にあるものは、形はなんであれ似通ってしまうんじゃないかと思うのだ。

文体がかなり慣れなかった。超絶技巧な文体で、説明は多く、ディティールも細やかで読んでて面白いのは間違いなんだけど、読み進めている途中で事態がぽつんと語られることが多くて、「え?いつのまにそうなってたの?」と巻戻って読むことが何度か。かなり集中力要します、僕のような頭の悪い人間には。

それと、解説を読んで、この『クーデター』はアップダイクの作品の中ではレアなケースというのを知ってまたびっくり。アップダイクの得意な分野は、エルレーが妻四人愛人一人との間で落ちぶれていく、ああいう様をメインに持ってきた小説らしく、もっと読んでみようと思った。

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