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2011/02/27

『99人の小さな転機のつくりかた』/「ビッグイシュー日本版」編集部

4479793062 99人の小さな転機のつくりかた
「ビッグイシュー日本版」編集部 香山 リカ マツコ•デラックス 佐藤 可士和 上野 千鶴子 姜尚中 角田 光代
大和書房  2010-12-16

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 『ビッグイシュー日本版』編集部・編ということで反射的に購入。『ビッグイシュー』に連載されている「私の分岐点」を99人分一冊にまとめたもの。『ビッグイシュー』はときどき買っているので読んだことのある人のもあるけれど、この企画は、登場した人が次に登場する人を紹介する「テレフォンショッキング方式」なので、ひと続きの流れで読むと、続いている人が類似した考え方を話してる部分があるのに、3,4人読み進めるだけで真逆の人生観を語っていたりして、そこが楽しい。
 僕はそこそこの齢を重ねているので、それぞれの方がおっしゃっていることを一旦咀嚼して、自分の中に取り込むことができるけど、これを全部ダイレクトに自分の核となるところに流し込んじゃって、大混乱してしまう人もいそうな気がする。大混乱はしんどいことだと思うけど、そういうふうに大混乱できるのは羨ましいなと、ちょっと思ったりもする。

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2011/02/25

『先端で、さすわさされるわそらええわ』/川上未映子

4791763890 先端で、さすわさされるわそらええわ
川上 未映子
青土社  2007-12

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 川上未映子は先日の『ヘヴン』が初読みで、関西人の人はたぶん同じように思った人多いような気がするんだけど、川上未映子が芥川賞取って紹介されて、その紹介文で引用されてる彼女の独特突飛な文章が関西弁混じりなのを見て、「あ、なんか予想つくな」と思って手を伸ばすのを躊躇ってました。特にこの『先端で、さすわさされるわそらええわ』なんかは、もう、スピード感とか支離滅裂感とか、たぶん、関西弁ネイティブじゃない人が感じるソレとは絶対違う、「アンダスタンダブル?な支離滅裂感」って言えばいいのか、そんなカンジだろうなと思ってた訳です。それにしても、「先端ってたぶんアレのことだろうなアレ、まさかアレ」と思ってたらほんとにアレだったのでニンマリ。ニンマリ?違うな。

 貼った付箋んとこをメモに取る前に返却期限が来ちゃって(正確には過ぎちゃって)返却したので引用しながら書けないんだけど、読み取りが難しい章と分かりやすい章がはっきり分かれた本でした。「先端で、さすわさされるわそらええわ」がやっぱりいちばんしっくりきた。スピード感も支離滅裂感も完全シンクロ。すいすい読めました。後は『彼女は四時の性交にうっとり、うっとりよ』と『告白室の保存』がすいすい。なんだエロい系ばっかりか。

 一方でたまらんかったのが『ちょっきん、なー』で、難しい以上に生理的にかなり気持ち悪かった。グロいことを書いてる訳でもなんでもないんだけど、なんというか血が流れるということのリアルに感じられるさ加減というか、おんなじことを描写したとしても、読んでて「かんべんしてー」と思うようなことになる人とならない人がいる。『ちょっきん、なー』は、もう一行一行からこっち側に体をいじくってくるような気持ち悪さがあって、あれはやっぱり女性ならではなカンジなんだろうか? 

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2011/02/12

『きことわ』/朝吹真理子

4103284625 きことわ
朝吹 真理子
新潮社  2011-01-26

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 貴子が小学三年生で八歳、永遠子が高校一年生で十五歳。最後に会った一九八四年以来、二十五年振りに二人は再会する。二人がそれまで一緒に遊ぶ契機となっていた、葉山の別荘に買い手がつき解体される運びとなり。貴子は別荘の持ち主である春子の子、永遠子はその別荘の管理人の職を得た淑子の子。体の弱かった春子が急逝して以来、貴子の家の別荘住まいも途絶える。永遠子の母が管理人として働き始めたのは、他にいい人ができて外出する口実をつくるためと淑子は永遠子に不意に打ち明ける。淑子は二人目を身籠っていたが生活を考え産まない選択肢を取ったという。それは夫との子に間違いないと言い、もし生まれていれば貴子と同い年だったと言う…。

 二十五年という時間は僕ももちろん経験している。初めて二十五年を経験したときのこともわずかばかり覚えている。会社の同僚が「私らもう半世紀も行きてんでーどう思うこれ?」というメールを送ってきて、「オマエもう五十歳か!それを言うなら四半世紀やろ!!」と散々コケにした思い出があるが、「そうは言っても、半世紀も四半世紀もさして変わらないような気がするのはなぜだろう…単に言葉に慣れてないせいだろうか?経験したのが四半世紀だけで、半世紀を経験してないからだろうか?メルクマールとして認識するものは、二十五年だろうが五十年だろうが、それこそ二十歳だろうが六十歳だろうが、長短を問わずいっしょくたになるのだろうか?」と少し逡巡したことを、本著を読んで思い出した。あの時は逡巡して終わってしまったけど、そしてまだ僕は半世紀を経験してはいないけれど、四半世紀も半世紀も一緒だというつもりはないけれどもしかしたら四半世紀で半世紀を経験していたかもしれないし、僕の記憶に今残っているあの二十五歳までの人生というのは、ほんとうの僕の二十五年の時系列事象とは別物って可能性のほうが高い。今も粛々といろんな出来事が現れ、粛々といろんな人が現れ、僕の気持ちを千々に乱れさせて過ぎていく。それは二十五年で見たことのあるようなことかもしれないし、これからの一年間は予め見たことのあるような一年間かも知れない。この一か月がまるで一年間のようだと今は感じていても、二十五年後に振り返れば一秒も思い出せないかも知れない。できることならこの今の一分一秒を、大切にしたいと思える時間の一分一秒の現在をくまなく大事にしようと過ごしてきた三十九年間だったけれど、知らず知らずのうちに伸び縮みする時間を堆積を、きちんとした寂しさを抱えて抱いてあげることができるようになったんだなと思う。ただできることなら、その「うまくやれるようになった自分」をまた再び打ち砕く程の衝撃を与えてくれないかな、とは思う。

 驚いたのはラストで、永遠子が「今度遊びましょう」と、具体的な候補日を挙げて貴子にメールをしていたこと。確かに古い友人とは言え二十五年振りの人。世間では誘うときというのは、そんなにも早いタイミングで具体的な候補日を挙げるものなのかと驚いたのだ。そして逆に僕は、単なる儀礼としてその言葉を投げかけているのだという印象を与え続けてきたことが多少なりともあるのだと。

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2011/02/08

『日本の論点2011』 - 『法人税を下げるべきか』

4165031003 日本の論点2011
文藝春秋編
文藝春秋  2010-11-25


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p126『法人税を下げるべきか』

  • 課税ベースの拡大=租税特別措置や減価償却制度の見直しなど
  • わが国の成立は40パーセント 米国と並んで世界最高水準
  • 表面税率=法人税・住民税・事業税
  • 二段階減税論=課税ベースを広げて財源を確保しつつ「表面税率」を引き下げる
  • 「立地競争力」
  • 社会保険料を加味した「公的負担」
  • 税制優遇措置と答えた企業は8パーセント
  • 海外進出企業は7割以上

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2011/02/06

『日本の論点2011』 - 『学力格差は何が原因か』

4165031003 日本の論点2011
文藝春秋編
文藝春秋  2010-11-25


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p638『学力格差は何が原因か』

  • 社会関係資本(social capital)=「人間関係が生み出す力」
  • 高校無償化=欧米諸国ではすでに一般的

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『わたしたちに許された特別な時間の終わり』/岡田利規

4103040513 わたしたちに許された特別な時間の終わり
岡田 利規
新潮社  2007-02-24

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 この文体が、もちろんこんなにうまく書けるという訳ではなくて、なんだか自分が書いているような感じで驚いた。あんまりこういう文体を見かけたことがない。語り手である人物が今いてる場所の詳細をうねうねと書きつけていく感じ。

 渋谷のラブホで四泊五日した行きずりの男女の、男性側の語りと女性側の語りだけど、僕は、それがイラク空爆のときで、二人が示し合わせてテレビを全く見ず、ことの経過を待ったたく知ろうとせず、世間と隔絶された時間を過ごそうとしたということよりも、女性側の語りで語られる、「今感じているこの渋谷-知ってるのに知らない街-みたいなモード」の感覚のために四泊五日があったというのに感じ入る。そして、女性は「まだ離れたくなかった。でももう少しだけだと決めてもいた」というところに、とてつもなく女性らしさを感じる。僕たちは例えば旅行で非日常感覚を味わうけど、「知ってるのに知らない街」みたいな感覚を味わおうと思うとどうしているだろう?僕の場合、例えば東京出張のような気がする。例えば、休日に勤務先近辺を歩くことのような気がする。僕が味わっている感覚は、本著が説明している感覚とは重要度が根本的に違うかもしれない。僕が味わっているのはほんとに「知ってるのに知らない」だけだけど、本著の二人は「戦争が起こっている」というより重要なときなのだ。それでも、「知ってるのに知らない街」みたいな感覚を味わいたい、という欲望は理解することができる。そして、本著ではそれは四泊五日という長さの時間だけれど、それが一年や二年や五年や、という長さになることもあるだろう。何年もの長さをかけて、「知ってるのに知らない街」みたいな感覚に溺れたくなることだって、現実の人生には起こるのだ。  

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