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2011/02/06

『わたしたちに許された特別な時間の終わり』/岡田利規

4103040513 わたしたちに許された特別な時間の終わり
岡田 利規
新潮社  2007-02-24

by G-Tools

 この文体が、もちろんこんなにうまく書けるという訳ではなくて、なんだか自分が書いているような感じで驚いた。あんまりこういう文体を見かけたことがない。語り手である人物が今いてる場所の詳細をうねうねと書きつけていく感じ。

 渋谷のラブホで四泊五日した行きずりの男女の、男性側の語りと女性側の語りだけど、僕は、それがイラク空爆のときで、二人が示し合わせてテレビを全く見ず、ことの経過を待ったたく知ろうとせず、世間と隔絶された時間を過ごそうとしたということよりも、女性側の語りで語られる、「今感じているこの渋谷-知ってるのに知らない街-みたいなモード」の感覚のために四泊五日があったというのに感じ入る。そして、女性は「まだ離れたくなかった。でももう少しだけだと決めてもいた」というところに、とてつもなく女性らしさを感じる。僕たちは例えば旅行で非日常感覚を味わうけど、「知ってるのに知らない街」みたいな感覚を味わおうと思うとどうしているだろう?僕の場合、例えば東京出張のような気がする。例えば、休日に勤務先近辺を歩くことのような気がする。僕が味わっている感覚は、本著が説明している感覚とは重要度が根本的に違うかもしれない。僕が味わっているのはほんとに「知ってるのに知らない」だけだけど、本著の二人は「戦争が起こっている」というより重要なときなのだ。それでも、「知ってるのに知らない街」みたいな感覚を味わいたい、という欲望は理解することができる。そして、本著ではそれは四泊五日という長さの時間だけれど、それが一年や二年や五年や、という長さになることもあるだろう。何年もの長さをかけて、「知ってるのに知らない街」みたいな感覚に溺れたくなることだって、現実の人生には起こるのだ。  

Check

『三月の5日間』
p20「もし誘ってみたところで結果がどうなるかなんて見えているし、でも明るく頑張ればうまく行くと信じ切っているんだ、みたいな」
p53「時間という感覚から遠ざかるようなあの感じが訪れていた」
p57「その直後から数日間、私は、最低の気分の中で過ごさなければならなかった」
p60「そしてもっとも厄介なもの、憂愁みたいなものを私のほうにおびき寄せてきた」
p70「女のほうは別れたあと、しかしすぐに電車にはのらなかった」
『わたしの場所の複数』
p86「眠気のない晴れきった意識の状態なんて、ずっと味わってなくて」
p128「それで私の内蔵の、締め付けられているような感じが消えていくわけでは、別になかった」
p146「夫は感情からと言うよりも、反射的な感じで、あっさりと涙を流した」
p148「なぜなら、彼女はわたしで」

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