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2011/12/24

『日本人はどのように仕事をしてきたか』/海老原嗣生・荻野進介

412150402X 日本人はどのように仕事をしてきたか (中公新書ラクレ)
海老原 嗣生/荻野 進介
中央公論新社  2011-11-09


by G-Tools

 1月の3連休に、”「自分の仕事」を考える3日間”に参加して以来、「仕事」「働く」ということが常に頭の中にあった1年。その1年の締めくくりに、”日本における「仕事」の歴史”を学んでおこうと思い、本著を手に取りました。

 僕はこと仕事に関する話に限らず、「今、アメリカで起きているのは…」「今、ヨーロッパで主流なのは…」という言説がとても嫌いで、また、「これは日本人特有の…」「これが日本独特の…」という言説も常に疑ってかかる。前者は、もちろん同時代で先進的な国の同行は常に学ばなければならないものの、この言葉が述べられるときのスタンスが多くが盲目的で安易であることと、先行者を追いかけるというやり方はいつまで経っても自らが先行者にはなれないことを認めてしまってるから。後者は、本当に日本独自のことなのかどうなのかという客観的な見極めがないのもあるし、「なぜ、それは日本では成り立つのに、諸外国では成り立たないのか?」ということを考えもしないから。

 本著は戦中~戦後から2000年までの約70年の、日本人の仕事の仕方を、雇用・労働・企業人事の観点で整理しています。構成は、「働き方」「企業のマネジメント」に大きな影響を与えた13冊を紹介し、その著者との往復書簡形式になっています。2010年の今、その著作の内容を振り返っている書簡もあり、単なる「言いっぱなし」ではないおもしろさがあります。例えば『新しい労働社会』の濱口桂一郎氏と、「ワーキング・プア問題」における非正規社員の捉え方と解決策について、2009年に著した内容を照らしながら意見交換されています。

 自分の理解のために大雑把にKWを整理すると:

■戦中…差別的・大格差の社内階級が存在(この時点で、「家族的経営」が日本の風土から来るものという通説が覆る) 
■戦後動乱期…労使協調→「終身雇用・年功序列」
■高度経済成長期…職務給への対抗→能力主義の誕生・職能制度
■第一次オイルショック後(80年代)…職能の熟練・人本主義
 ・ブルーカラー中心の産業構造=猛烈な経営効率化・生産拡大が国際競争力に繋がる時代
 p97「日本の人件費は先進国の中では圧倒的に安い部類」「もっと人件費の安い途上国といえば、こちらはまだ教育水準・技術力が低いため競争相手にはならず、さらに、社会主義国は冷戦最中で、こちらも国際競争には参加してこられない。」「日本が、まだまだ国際的に優位に立てて当たり前」
■プラザ合意後(85年~)…無策だった時期
■1990年代前半…p152「95年には、50代前半の会社員の年収が20代前半の若年社員の2・88倍」また弥縫策しか手を打たない時代
 ・終身雇用・年功賃金は高度経済成長期に最適なシステムであっただけ
 ・集団的・暗黙的な技術・知識より、個人単位の創造的能力
■1990年代後半…下方硬直では経営ができない時代/職能←→コンピテンシー
 ・就職氷河期
 ・1971年ハーバード大学マクレランド教授「コンピテンシー」
■2000年以降…「人で給与が決まる」をより透明で客観的に/非対人折衝業務の極端な現象(製造・建設・農業・自営業) 定年破壊、雇用改革

 本筋から離れたところで、興味を掻き立てられたポイントが2つ:

p110「世の中の声を聞き、現場の生の資料を集め、公的データと見比べているときに、もう「話の筋」が見えてくるものなのだ」

 この後、「筋が見えない人は、高等数学を使って「答え」をなんとか作り出す」と続く。この、「筋」と「高等(数学)」の部分、来年いよいよメインストリームに現れるだろう「ビッグデータ」への懸念に近い。今のところは、解析したい「筋」を持つ人によって、ビッグデータ処理が使われているものの、明確な「筋」を持たずに「なんとなく凄い」ということでビッグデータ処理を手にする人たちが増えだしたとき、かつてのDWHのときのような大混乱が起きるのではないか。そして本当に問題なのは、売る側としては「なんとなくすごい」もののほうが、売れてしまうことである。

p191「西洋人は「情報処理機構としての組織」という組織間を信じて疑わないそうですから。組織で行われるのはもっぱら情報処理にとどまり、知識の創造という考え方がないのです。その伝でいけば、個人はいつでも取り換えの利く、機械の部品に過ぎない」

 革新的で創造的なITは、多くが西洋から今のところやってくる。それは位相の違う問題だととりあえず納得しておいて、ソーシャルメディアの流行に併せて日本世間に増えつつある、情報を交換を増やすことで、某かの成果があがるような、コラボレーションやソーシャルやコワークと言われるものがどの程度のものであるのか、よく考えてみたい。そもそも、特にアメリカでソーシャルメディアが勃興したのには社会的な理由がある。「ネットワーク」という考え方も、心の満足度ということを考えたとき、今のままでいいのか。編集の思想、エクリチュール、そういうこともひっくるめてよく考えてみる必要がある。

p26「産別会議」「民青」「産別民同」「総評」「全労会議」「第二労働組合」
p27「1954年に発表された「京浜工業地帯調査報告書」では、中小企業の労働者は、非常に転職が盛んであり、30歳になるまでに2~3回会社を変えながら、”終の職場”にたどり着く」
p42「アメリカの企業が純粋な利潤追求組織であるのに対して、日本の企業は社会組織である」
p57「1966年10月、日経連労務管理委員会」「(5)貿易自由化・資本自由化による国際競争の激化」
p85「本来、社会の中に経済があるべきなのに、いつの間にか経済のほうが社会よりも大きな顔でのさばっている」
p100「「欧米と比べて日本は」という類の話のほとんどは論拠が脆弱」
p108「聞き取りを積み上げて作るか、企業や組織などに埋もれている一次資料を丹念に集めるか、公的機関で埃をかぶった統計の中から、「まさにこれ」という項目を見つけるか」
p110「世の中の声を聞き、現場の生の資料を集め、公的データと見比べているときに、もう「話の筋」が見えてくるものなのだ」
p151「1995年入社では39万件」「リーマンショック後、新卒氷河期と騒がれる2012年入社の新卒求人は58万件」
p188「捨てることでイノベーションは生まれるのか。」「ここにドラッカーの弱点」
p191「西洋人は「情報処理機構としての組織」という組織間を信じて疑わないそうですから。組織で行われるのはもっぱら情報処理にとどまり、知識の創造という考え方がないのです。その伝でいけば、個人はいつでも取り換えの利く、機械の部品に過ぎない」
p212「あるべき人材や人事制度はビジネスモデルから考えるべき」
p235「日本に輸入される過程で、「コンピテンシー=職務等級」という転換が行われました。能力開発にお金を投じさせるのは難しいが、賃金改革と謳えば違うだろう、と考えたコンサルティング会社の戦略です」
p256「③あるべき姿、という仮説を作り、その仮説がほころびそうなポイントを、丁寧に補強し、一貫性のある力強い主張となっていること。」
p285「ポジショントーク」

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