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2011/12/31

『いま、働くということ』/橘木俊詔

4623061094 いま、働くということ
橘木 俊詔
ミネルヴァ書房  2011-09-01


by G-Tools

 先日、『日本人はどのように仕事をしてきたか』を読んだのですが、あちらが日本人の仕事の歴史を、戦中あたりから、主に経営における人事管理の視線を中心にまとまっていたのに対して、本著は正に「いま」、現代の仕事の捉え方・意義・価値観といったものを、古今東西の哲学、あるいは仕事に対置させうる「余暇」や「無職」の分析によってより深く理解する本です。この2冊を併せて読んだのはちょうど良かったと思います。どちらも非常に簡明な文章で、仕事を考えるための基礎知識を纏めて把握するのに役立ちます。

 印象に残ったこと、考える課題となったことを3点:

  • 「仏教的労働観」の「知識」の説明に感動。「知識」は「情報」ではないのだ。ソーシャルとかコラボレーションとかコワークとかなんだかんだいろいろな新しくて手垢のついていない呼び名で、その自分たちの活動の理想性を表して、他の何かと線を引こうと躍起になっている様をしょっちゅう目にするけれど、僕は今後、「知識」という言葉を自分の行動に活用していこうと思う。
  • 日本人はどのように仕事をしてきたか』でも学んだことで、「勤労」の価値観というのは、その時代の経済のカタチ(日本で言えば高度経済成長)に最も効果のある価値観だから、是とされただけで、普遍的根源的な価値がある訳ではない。資本主義の発展のために、キリスト教が有効に作用した歴史を認識する。同じように、今の日本では「やりたいことをやる」のがいちばんという価値観が広がりつつあるが、この価値観はどんな経済のカタチにとって都合がいいから広がっているのかを考えてみる。
  • 僕がフェミニズムをどうにも好きになれないのは、それが問題の原因を常に「外部」に求めるスタンスだからだ。

pⅱ「人が最低限理解せねばならないのは、人は働かなければ食べることはできない、ということを肝に銘じることが必要である、ということにある」
p2「古代ギリシャ人のこのような市民と奴隷の区別はかのアリストテレスも容認していた」
p3「上層のプラークシスと下層のポイエーシスまたはテクネー関係は、現代風に言えば資本家と労働者の関係に似たもの」「労働を恥ずべきものとまでは見做していない」
p10「キリスト教における・・・カルヴァンの禁欲生活の倫理と勤勉の倫理が資本主義の発展に寄与」
p14「ウェーバーは、アメリカの富の蓄積が宗教的、倫理的な意味を欠くようになった」・・・このあたりを最近ようやく知った向きから出てきたのが「エシカル」ではないか?
p17「仏教的労働観」「「知識」とは、人がもっている信仰、労働、技術の諸能力を良き目的のために提供することを意味し、あるいは多くの人が一つの目的のために協力して働くことを意味した」「700年代の聖武天皇は、この「知識」を自発的に提供することを世の人に期待し、有名な東大寺の大仏の建築を計画した
長部日出雄『仏教と資本主義』
p18「仏教においては、働くということは誰にも強制されることなく、自分の意志で進んで他人に役立つことをすること」「少なくとも報酬だけを求めることに目的をおいた働き方を、さほど評価しないのが日本の仏教からの教え」
p23「石田梅岩」
p26「空想社会主義の思想として有名なサン=シモンが、労働の神聖化を図り、労働は経済活動であるととともに道徳的な活動」
p30「企業や組織の中で「承認欲望」や「虚栄心」を求めて、労働者が全員競争に立ち向かうことは、必ず労働の生産性が高まることになるので、企業経営からすればまことに好都合」
p33「労働の喜びを感じることはないが、最低限の労働を行い、余暇をどう過ごすかによって、別の種類の喜びを感じることがありうる」・・・余暇に対して不必要に金銭がかかる経済構造であることが、真の問題なのではないか?
p50「何もせずブラブラしている主婦をどう考えるのか」
p54「自由時間をできるだけ持つようにせねばならないが、娯楽や遊びにそのような時間を使うことは、人々を決して幸福にしないとギリシャの哲学者は主張」「奴隷がいたからこそ」「古代ローマ時代になると、・・・余暇は「パンとサーカス」という言葉で代表される。パンは、・・・ローマ帝国が巨万の富を財源にして、ローマ市民に穀物を安くあるいは無料で給付したことのシンボル・・・サーカスは、円形競争場での戦車競走や闘技場での格闘技、あるいは演劇などのレジャーを市民が楽しんだことのシンボル」「前者は事故の精神的向上」「後者は余暇を自分の享楽を満足させるために使う」
p58「『有閑階級の理論』のソースタイン・ベブレン」「見せびらかしの消費」
p68「家族の絆が低下中であることも事実」
p89「働くことに喜びを感じて、それが生きがいにつながる人はかなりの少数派に属すると思う。賢者がどうすれば働くことに意味を感じることができるかを説いている最大の理由は、多数派の人々が労働に意味を感じることができないで苦悩している現実をよく知っているから」
p91「アレントは前者の労働(labor 対:work)が、生命を維持するために消費財の購入だけを目的とすることに行われるようになったので、現代は「労働者の社会」と言ってよいとする」
p94「長時間働かずに労働は短時間に抑制して、長くなった余暇時間で人間性の高い生活を送ったほうが好ましいのである」
p105「働くということがその人が誰かに経済的に従属することなく、独立心をもって生きることができるという意識を持てるようにしたことの価値を強調したい」
p107「なぜ日本の高学歴女性の中で、働くという志向が弱くなりつつあるのだろうか。様々な理由が考えられる」
p108「国立大学の医学教育には一人の医師の養成のため、およそ7000万円の国費を投入している。医師不足の一つの理由として、女医が仕事をやめるケースの増加が指摘されている。「投入した税金を還せ」とまでは言わないが、この事実を認識してほしいものである」
p110「85年に男女雇用機会均等法の成立」
p116「学歴差による所得格差は他の先進国と比較して小さい」
p118「女性の総合職の数を非常に少なくして採用を困難にしたのである。」
p124「この件に関する私の判断は、確かに一昔前までは女性が中途で退職する場合が相当あったが、現在では若い男性の総合職の中途退社・転職も目立っている。女性だけにキャリアの中段があったのなら、統計的差別にもそれなりの説得力があったが、現在では男性にもみられる現象であり、女性だけに統計的差別論を適用するのは不合理である。」
p127「社会保険料の企業負担の節約」
p131「無職の人がもっとも高い幸福度」「職業別幸福度」
p132「ダグラス=有沢の第二法則」
p136「2009年度の『男女共同参画白書』によると、20代や30代の若い女性を中心にして、性別役割の分担を肯定する比率が30%から40%代に達して再び上昇の基調にある」
p140「勤労意欲を失った若者への非難だけでは問題は解決しない」「1960~70年代の若い学生は…無気力の学生と反社会的な学生・・・多くは猛烈サラリーマンとして・・・社会の指導者になった人もいた」「1980年代に・・・「新人類」・・・あえて言えば、以前よりも企業を移る人の数がやや増加・・・労働の流動性が高まったことは・・・良い効果もある」
p142「イギリスでは子どもの年齢が20歳前後を超えると親が経済支援をしないという伝統」
p142「太郎丸(2009)による若者の「やりたいこと志向」論である。太郎丸博によると、最近の日本人においては、やりたい仕事に就いて頑張ることが生きがいにつながるという思想が、特に若者の間に強くなっていることの弊害」
p146「高齢者の自由判断に任せたのであるが、早期引退に応じる人が出るということは、若者の失業率を下げることにつながった」・・・年金支給を早めるほうが、年金制度を維持することにつながる?
p153「年功制は見直しの過程」
p157「公共支出額の拡大よりも、その中身の変更が重要」
p165「2011年の高校・大学卒業生の求職活動が、十数年前の「就職氷河期」を超えるほどまで」
p168
「当時の欧米で支配的だった仕事給や職能給の導入を計画したこともあったが、国民の多くが貧乏な時代にはそれは時期尚早と判断」
p181「自分の持論(セルフ・セオリー)」
p182「一人ひとりはまわりがどのような状態にいるかの影響を受ける」
p188「ファミリー・フレンドリー政策については、やや懐疑的」
p192「ベーシック・インカム」「働く人が労働供給を削減する可能性」

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