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2011/12/30

『これ、いなかからのお裾分けです。』/福田安武

4862020372 これ、いなかからのお裾分けです。
福田安武
南の風社  2010-07-07

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 僕は生粋のど田舎育ちなので、「いなか」を持ち上げる言葉とか話とかがどうも好きになれません。「田舎暮らし」とか、一生田舎で暮らすなんて子どもは絶対嫌がるよ。せめてときどき都会に出れる環境だから、田舎暮らしもいいかな、なんて言えるんだよ。自分の子どもの頃の感覚からそう思ってるんだけど、日本には僕が住んでたような、電車で1時間半で都会に出ようと思えば出れるような環境じゃない田舎もたくさんあって、そういう地域の子ども達は、都会に出たいとより強く思うのかそうじゃないのか、もちろん個人によりけりだろうけど、そういうことを思う。
 この『これ、いなかからのお裾分けです。』の著者は、生半可な田舎ファンじゃなくて、田舎に生まれ育ち田舎を心から愛している「田舎人」なので、その生き方にただただ感服してしまう。僕は田舎で育ったとは言え、引っ越してきたサラリーマン家庭なので、農業を体験する訳でもなく、著者のようなディープな田舎知識は身についてなくて、同じ田舎で生きてもこうも差のつくものなのかと、引いては日々の過ごし方が大きな差になるんだよなと、当たり前のことを改めて反省したり。そして著者が、漁師に憧れたり、漁師になるために大学を選んだり、そこで漁業の現実を知り将来に迷ったりする姿は、真摯過ぎて圧倒。ここまで筋を通して生きていくことはなかなかできない。田舎暮らしのディティールよりも、その筋の通し方に、誰しも感じるところの多い本だと思います。

 田舎で暮らしていくことは、都会で暮らしていくことに較べて、金銭的な豊かさはたいてい劣ることを覚悟しないといけない。「心から喜んでくれる人がいるから、お金儲けにならなくてもいいんだと言うおじいさん」の話が登場するが、これはとても象徴的だと思う、というのは、お金儲けにならなくても暮らしていける要求水準の「おじいさん」ならそういうスタンスで(理想の)生活をやっていけるかも知れないけど、これからいろいろな人生のイベントのある著者が、そういうスタンスで続けていけるのかどうか、そこを指し示すことこそが、現在ではこういう本には必要なことかな、と思う。「はじめてみよう」と誘い出す本はあまた溢れていて、そういうことを言う役割は、もう本では終わったのかな、と。

p72「干す過程がなくなったことで、味が悪くなったと祖父は言う。それでも機械の便利さには敵わず、どうしようもないのが現実である。」
p96「特に曇り止めの効果があるのが、ヨモギ」
p114「小学校から高校まで、たいていの同級生達はテレビに興味を持ち、都会に興味を持ち・・・」
p140「薪割り」
p162「心から喜んでくれる人がいるから、お金儲けにならなくてもいいんだと言うおじいさんの言葉」

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