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2012/07/30

『極北』/マーセル・セロー

4120043649 極北
マーセル・セロー 村上 春樹
中央公論新社  2012-04-07

by G-Tools

 「なにか」が起きて、ほとんど破滅したような地球の極北に住む生き残り、メイクピースが主人公。メイクピースの一家はアメリカから極北への入植者。メイクピースの父親は、豊かになり過ぎた社会に疑問を抱き、それを「極北への入植」という形で行動に移した。厳しい自然、何もない環境を「理想郷」とする、現代の矛盾。そこで試される「理想」の形。

 温暖化や原子力発電、更に地球規模の格差問題を絡ませ、それらが地球を破滅させたイメージを思い起こさせる。その文脈も、特に3・11があった以降の僕達には考えることがたくさんあるけれど、僕は「正義」を巡る考察にとても興味を引かれた。メイクピースが暮らす世界では、理念優先の正義は役に立たない、とメイクピースは言い切る。確かに、生きることさえ困難な、荒廃した地球で、理念優先の正義は何の役にも立たないことは想像に難くない。
 けれど、正義が一面的でないことは、なにも、荒廃した地球だけで成立しうることではなく、まだ「破滅」していない現代に暮らす僕達の地球でも同じことが言えると思う。『極北』の世界が示す正義の多様性は、極限で起きることを言ってるのではなくて、どこにでも起こり得ることなのだと語っていると思いたい。「我こそは正義」と声高に叫ぶ意志こそが、最も正義から遠いことが多いのだ。なぜなら正義はある一面で絶対的な否定を孕んでいることに気づいていないからだ。

 だから、メイクピースが後半、「怖いのは絶滅だ」と語るところで肝が冷える。環境によって、時代によって、正義がいかようにも姿を変えるのだとしたら、正義とは単なる「価値観」の一形態であって不変で普遍なものではないとしたら、それは絶滅を避けるための多様性の確保なのではないか、とまで思えるからだ。物事がうまく行ってない例えである「ゴー・サウス」を、メイクピースの父親は自分独特の言い回しとして「ゴー・ウエスト」と言い、正義を北になぞらえ、北の極限まで進んでしまうと正しさを示すコンパスは役に立たなくなるという。ここで唯一出てきていない「東」には何があるのか?その極東の地で3・11に遭遇した僕達が考えるべきことはあまりに多い。

p10「我々の世代は本を読んだり、ピアノラを調律したりするのには向いてはいない」
p14「でも怠けて、ずるずるとものごとを後回しにして、おかげで弾薬が底をつくという事態だけは避けなくてはならない」
p45「ほかのみんなが立ち去るか死ぬかしたあと、自分一人がこの街に残っていることについて、それが正しい選択なのかどうか、悩んだこともあった。その日、人々の列が自らの足で立てる砂埃の中に消えていったとき、ふと恐怖に襲われた。外なる世界で、私のいないところで、いったい何が起こったのだろう。」
p57「最新のものは最速で消えていく」
p62「我々は「不足」によって形づくられてきた」
p70「クエーカー教徒は教義上の理由で、無宣誓証言(affirm)はできても、聖書に手を載せて宣誓する(swear)ことはできない」
p74「囚人たちは原子力発電所や、あるいは爆弾のためにウラニウム鉱石を採掘し、その放射性物質はまた地面に浸透し、戻っていった」
p119「あなたたちが私から奪うものは、私のものではない」
p131「旧世界を強く拒絶した入植者たちの戸口に、旧世界が勝手に流れ着いてきたわけだ」
p142「平和な時代にあっては堅固で我慢強いものが栄える。しかし無法状態にあっては、素早く無慈悲なものが先手を取る。」
p216「基地での生活は、人間の獣性について知る必要のあることを、ひとつ残らず教えてくれた。しかしなおかつ人生の長い道筋を振り返るとき、それは意味を持たぬただの寄り道のように、私には思えるのだ」
p232「あのハンソムのようなろくでもない野獣の方が、この世界でよりうまく生き延びることができる」
p288「誰も予期していないのは、すべての終わりに居合わせることだ」
p301「正義というものには一定のパターンがあると考えると、心が安らぐかもしれない。しかしそんなものはどこにもない。」
p320「私は歪められたメッセージを大事に抱える人間だった。私は葬儀屋のようなものなのだ、と私は思った」
p338「そいつは善と悪との間の選択じゃない。『今こうであること』と『そうであるかもしれないこと」の間の選択なんだ」
p343「クイ・ボノ」
p347「私は正しさというものが消滅してしまった世界に生きている。・・・しかし私たちの世界はまさに北の極限まで進んでしまい、そこではコンパスは何の役も果たさなくなってしまった」
p353「実際の心情はむしろツングース人に近い。そこにはそもそも宗教というものは存在しない。禅がシャーマンを惑わせることはない。そこには、ものごとがなされるべきやり方があり、生きていくために役立つものと、役立たないものがあるだけだ。偽善が入り込む余地はどこにもない」

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