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2012/08/12

『Think Simple-アップルを生みだす熱狂的哲学』/ケン・シーガル

4140815450 Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学
ケン・シーガル 林 信行
NHK出版  2012-05-23

by G-Tools

 個人的に微妙な状況下で読み切ったこともあり、ビジネス書と思えないくらい感じ入ることが多かった。その上、自分が勤めている会社のことが、落ち着いた筆致で批判的に書かれていることもあり、それに対して腹立ちとか憂鬱とかではなく、深く考え込んでしまうことになった。

 「シンプルであること」が強力なスタンスということは、誰しも認めることだと思う。なのに、なぜ、単に「シンプル」でいられなくなるのだろう?ひとつ根底にあるのは、「孤独に対する恐怖に打ち勝てない弱さ」だと思う。人は必ず組織したい。群れたい。友達なら、多いほうがいい。そうやって輪を広げていった結果、収集がつかなくなることはよくあるし、収集がつかなくなっている集団もたくさんある。多くの人が関連した中でも、自分の意見をきっぱり貫き通せる程、どの人も強い訳ではない。かくして、「シンプルさの親友は、有能な少人数のグループだ」という結論が導かれる。
 僕にとってこの命題は、『来たるべき蜂起』を読んだ時にある程度解消されている-コミューンは分割されなければいけないのだ。一定数以上になったコミューンは、メンバーの誰しもがリーダーシップを発揮できる程度の規模にまで、分割されなければならない。これこそが、人が再び人として生命を取り戻す術なのだ。ただ、それが怖くてできないから、人は甘んじて複雑性を受け入れ、シンプルがいいことを判っていながら、複雑の存在理由をあれやこれや捻りだしては受け入れている顔をしているのだ。

 製品面で見た場合、「カスタマイズ」がひとつのブランドになっていた企業は少なくない。個人個人の趣味嗜好に応じた製品を提供できる、多品種少量生産が製造業の進むべき道だと30年前には確かに言われていたと思う。ところが事態はそうは進まなかった。個人個人はそれほど「個性」を持たなくなったのだろうか?それとも、より他と「峻別」できる、決定的な差異だけで事足りるようになってしまったのだろうか?僕はそうは思わない。時代は、状況は、より、微細な差異で差別化を図り、微細な差異を感じ取れることが、美意識に繋がるようになっていると思う。ではなぜ、スマートフォンはiPhoneだけで事足りそうに状況は進んでいるのだろうか?iPhoneは、個人個人が欲する差異の実現方法を、ユーザにとってより簡素なオペレーションである「アプリのインストール」というやり方で実装した、つまり、複雑性の実現方法をシンプル化したところに、ポイントがあったということだろうか?

 アップルのやり方は、どんな組織でもどんな状況でも使えるようなメソッドではもちろんない。その中心には「有能な人の集団」という大前提があるからだ。そして、「有能な少人数の集団」があるカテゴリでそのカテゴリを牛耳れるとしたら、その他大多数は職にあぶれることになる。だから、このメソッドは、けして人々を明るい未来に導くメソッドではない。それでもこの本の主張が悲壮な響きを持たないのは、やりたいことの規模が地球規模であれ町内会規模であれ、やりたいことにストレートに進むことの正当性に自信を持たせてくれるからだ。

p28「インテルとデルのマーケティングチームと一緒に働いた経験から私が言えるのは、残酷なまでの率直さをぶつけられることは、それほど一般的ではないということだ」
p45「ある日、会議の席にアップルの一人として知らない女性が座っていた」
p46「シンプルさの親友は、有能な少人数のグループだ」-何か問題や失敗があったとき、「あの部署には聞いたのか」「あの人には相談したのか」という責め方をする組織との違い・差
p46「部屋にいる者は全員がそこにいるべき理由を持っていること」
p57「権限を持つ者は、ブリーフィングの段階から参加し、できるかぎり全プロセスにかかわるべきだ」
p69「プロセスが王様のときに、アイデアはけっして王様になれない。プロセスの段階を増やせば増やすほど、完成品の質が悪くなることは、<常識>を働かせればわかるだろう。
p84「驚いたことに、デルには自社の各モデルの違いを説明できない人がいる」
p91「マイケルは私たちのような国際的な広告代理店にまかせて時間をムダにするよりも、物事をうまくやるいろいろな方法を持っているという事実を認識すると」
p110「指揮者のレナード・バーンスタイン」「偉大なことをなし遂げるには、ふたつのことが必要だ。計画と、充分ではない時間だ」
p113「自分たちの製品のほうが、画素数が多い、USBポートが多いなどと指摘しなければと思うのだ」
p115「アップルは、1997年にブランド確立キャンペーンを作りはじめた」
p117「ブランド確立キャンペーンは、投資に対するすみやかな回収ができない計画は実行しないというデルの気風には反していた。しかし長年のあいだにそのブランド力が弱くなるなかで、デルはその歴史上はじめて、キャンペーンを試みたのだ。不幸にも、デルは何年も前に組織の中に複雑さを招きいれていた」
p134「アートディレクターのクレイグ・タニモト」
p138「『1984年』のCM」
p139「つまるところ、お金がないことが会社を死に至らしめる」
p154「世界全体では、インターナショナルデーターコーポレイションの3000億ドルから、ガートナー・グループの6000億ドルまでの推算が出ている」
p187「プランナーは、代理店やクライアントの視点ではなく、消費者の視点から情報を提供することで給料をもらっている」
p194「これまでの最高記録は、デルの個人向け事業部の32人だ。」「デルが最善の方法だと考えたその会合からは、ほとんど成果は生まれなかった」
p203「スティーブにとって、それは感情を動かされるもうひとつの出来事になった。というのも、ディランの音楽はスティーブの人生に決定的な影響を与えてきたからだ」
p217「社員を励ますのがうまくなった。公然と屈辱を味あわされたことで、何がしかの人間性を学んだ。」
p241「デルのような企業はこれらの数字にすっかりとり憑かれている。すべてのプロジェクトに数値目標が設定されていて、クリック数が目標と一致しなければ、苦境に陥る人が出てくる。デルのマネジャーが業績指標をとても重くみる理由は容易に理解できる。相当な数のマネジャーがこうした客観的な数字をもとにボーナスをもらっているからだ」
p242「スティーブは世界でも指折りの先進的な思考の持ち主だが、こと分析手法に関しては、すがすがしいまでに頭が古かった。手に入れられるだけの情報を要求し、そのすべてを消化するが、あくまでも状況に応じてそれを利用するのだった」
p260「私のミスは、スティーブと違って<常識>を働かせなかったことだ」
p263「ギャリックスはシンプルさの信奉者ではなく、ただ自分が望んだことを実現させようとする役員にすぎなかったのだ。」
p270「世界中のアップルストアを一年間に訪れる客は、ウォルト・ディズニーの四大テーマパークの年間来園者を合計した数よりも多いのだ。」「アップルストアの年間売り上げは30億ドルを超える見通しだ」
p283「複雑さと戦うときに、けっして互角でいいと思ってはいけない。辛勝よりは圧勝のほうがはるかに説得力がある。それは将来の戦いにも影響を及ぼす。肝心なことは、榴弾砲が使えるときに豆鉄砲を使うな、ということだ」

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