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2012/09/30

『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「中庸ということ」
長い間、次の一章を読めずにいた理由が、読んで立ちどころに分かった気がする。この一章は正に今の僕に必要な一章だった。「中庸」という言葉を誤解していた。そして自分が大切にしていることが「中庸」であることもわかった。「中庸」を重んじることを、誰にも共感してもらえなくとも、それが皆から見て面白くないヤツと見える原因になったとしても、僕は自分の極端に振れることのできる能力を十二分に活かして、「中庸」をこれからも目指していこうと思う。

・自明でないことを自明であるかのように語る、ここから数多くの欺瞞が生じる。

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2012/09/23

『ラジオ深夜便 隠居大学 第一集』/NHKサービスセンター

4871081117 ステラMOOK ラジオ深夜便 隠居大学 第一集
NHKサービスセンター
NHKサービスセンター  2012-07-18


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こういう、年配の方の発言集とかインタビュー集、おもしろくて好きで結構読むんだけど、毎回、「自分が年をとってもこうなれてないよなあ、きっと」と思うのはなんでだろう?とそれこそ毎回思う。自分があまりにも若い頃から成長がなく、歳相応の分別というものを身につけてないままだからだろうか?と思ったりしたけど、やっぱりいちばんは経済的なところだと思う。本著でも出てくるように、「お金のあるなしなんて関係ない」と、ご老人は言うし、実際、ほんとに蓄財のなくても隠居を楽しんでいる人もたくさんいるんだろうけど、それは、人脈とか、知識とか、社会資本とかインフラとか、ぜんぶひっくるめて、日本国にある高度成長時代の「貯金」がまだ効いているからできることなんじゃないかと思う。その点をクリアに意識したご老人の発言というのは、亡くなった吉本隆明氏以外に見たことがない。

  • 小沢昭一氏の「お前が知らないから面白くないだけだ」というところ、話し手と聞き手の立場を考える自分のテーマにハマる。「サロン」への違和感に対するアンチテーゼとしても。
  • 山田太一氏の「世の中に個人で抵抗する」。これは『シゴトとヒトの間を考える』で考えたことにハマる。そういう人の数が大多数になれば社会を変えられる、けれど政治はそれでは変えられないように見える。

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2012/09/20

『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「続・人を好きになるということ」

ほどんどできそうにもない課題に対して唯一できること、それは逃げ出さないことだ。逃げ出さないことは、寄り添うことと同じ。結論としてはそんなところだけど、ちょっとおさまりが良過ぎるかなと。ここでも部分と全体の包含の話が出てくるけど、部分でもって全体に対して評価するというのは、「クリティカルポイント以外は目を瞑ろう」式の考え方ではないことは、記しておこう。

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2012/09/17

『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「人を好きになるということ」

この「人」という言葉は難しい。カッコで括った「人」は、人間を指す「人」と区別するために用いられていると思うけど、「人が悪い」というときの「人」は、いっそ「人間」と同じ「人」だとしてしまったほうが僕にとっては通りが良い。なぜなら書かれている通り、「人が悪い」というときの「人」は、性質という一面的なものではなく、言動なんかも含めたその人「全体」で成り立っているからだ。でも確かに言葉としては「人間」だと書き換えただけということになる。「人間」にも二つ(以上)の意味が包含されていることになって、書き表しにくいので始末に悪い。

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『ワーク・シフト-孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』/リンダ・グラットン

4833420163 ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
リンダ・グラットン 池村 千秋
プレジデント社  2012-07-28

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これは相当に難しい。2025年には、主に、テクノロジーの進展、富の集中化、富の集中化に付随する人の集中化の三点から、時間に追われる・孤独にさいなまれる・繁栄から締め出される、という3つの暗い類型が導かれる。そんな未来に陥らないために我々が今実行すべき3つの「シフト」が示されるが、これが相当に難しい。

示されていることは、総論で正しいと思う。実際に、行動に移せている人もたくさんいると思う。でも、自分のことになると、どこから手を付けていいのか分からない。そんな難しさ。この難しさとは2年前から付き合い始め、今、正に喫緊の課題になっているけれど、それでも手の付け方に逡巡するくらいに難しい。

実際に、行動に移せている人もたくさんいることは分かっているけれど、それでも「そう言われてもなあ」という気持ちが抜けないくらい、大上段で違う世界の話のようにしか受け止められない。それでも、今自分が勤めている会社は、制度的にはいろんなことがやりやすい会社ということを思い出してみようと思う。

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2012/09/14

『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「待つ」

これは結構長い間悩んでるテーマ。現代は基本的には説明責任の時代だと思う。その根本的かつ最大の理由は、グローバル・ボーダレスだと思う。人間、根本的なところは世界中どこでも変わらないとは言え、やっぱり基本的には言わなければわからない。その上、都市部では急速な産業の高次化と情報技術の進展で、もはや肉親間でさえ、言葉不要の信頼関係というのがなくなってしまった。こんな状況で、考えが出てくるまで「待つ」ことの重要さを語るのは、ある種のノスタルジーであり、ほんとは変わらなければいけないことではないのか?これには直感的に反発したくなるものの、実はきちんとした反論を組み立てられていない。

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2012/09/12

『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「小さな思い出」

「忘れないで」という願いの意味が長らく理解できなかったことを思い出した。小説やドラマでもしょっちゅう登場する普遍的な願いだが、離れてしまうのに覚えられていてそれがいったい何の足しになるのか、と僕には常に疑問だった。この「小さな思い出」の冒頭の学生のような、自分が墓に入っても誰も参ってくれないのは辛い、というような感覚は持たないが、自分はできる限り感謝をもって人を忘れないようでいようと思う。

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2012/09/10

『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「海のものとも山のものとも」

ここまで読んだ中で最も強い衝撃を受けた章。自分が何者であるかということを理解してもらう努力をかなり怠っていたし、そもそも理解してもらうというのがどういうことなのか、その重大性を自覚していなかったのだと痛烈に思い知らされた。なんとなく、空気で、自分が何者なのかを感じてもらうようなやり方を意識的に改めていかなければいけない。同じ趣旨の話を、たまたま日経夕刊で読んだ。意思疎通が必須になる民族同士で、無言は死を意味するのだ。

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2012/09/09

『不可思議な日常』/池上哲司

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池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「家族の眼」

家族に限らず、よく知れば知る程、決めつけが過ぎることがあるし、知りはしなくても話す回数が増えたりすることで、詳しくは知らないままに、概要を掴めてしまうこともある。「家族の眼」は、自分が見られる側での、自分への戒めの話だったけれど、僕は自分が見る側に回った時の自分の戒めを想像した。

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『再帰的近代化 近現代における政治、伝統、美的原理』/ウルリッヒ・ベック、アンソニー・ギデンズ、スコット・ラッシュ

4880592366 再帰的近代化―近現代における政治、伝統、美的原理
ウルリッヒ ベック スコット ラッシュ アンソニー ギデンズ Ulrich Beck
而立書房  1997-07

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「サブ政治」の下り、昨今の日本の大きな<政治的>課題-原子力発電の継続をめぐる、産業界と個人と原発建設地住民との対立や、オスプレイ配備問題での対立に思いが巡る。正にひとつの方向に収斂させることが限りなく困難な課題であり、工業化進展の途上=単純的近代化の過程であれば是是非非のうちに方向性を決められたものが、大局的に方向性を決めることが出来ない状況というのが、正に「再帰的近代化」なのだろうか?と思う。

専門家システムの機能の変遷も印象に残っている。「諮問」が意味を失うのが再帰的近代化の過程であり、多くの個人が共同体の中で何らかの「専門家システム」を担うことになるという説明は、現状をうまく把握する手助けになった。情報コミュニケーション構造の進展と、「格差固定」の問題も、現状認識をより強固にした。その上で、ほぼ粉砕されてしまった地域共同体のその先と、粉砕に加担した情報技術と情報社会の歴史的意味づけを考えてみなければならない。

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『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「カラコルムの杏」

「国と民族と宗教そして言語」「これらの要因を考えなくてよいとされてきたわれわれ日本人」とあるが、よく引き合いに出されるけれど日本にもアイヌなど少数民族はある。それを「ごく少数」だから「単一民族と言ってよいほどのごく少数なので無視できる」と確率論的に言って言い訳はないが、丁寧に断り書きを書くのも煩雑なことで、しかし煩雑だからといってなかったことには絶対にできない。この「ごく少数」の捉え方・扱い方というのは、現代におけるものの考え方のヒントになるのではないかとふと思った。

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2012/09/05

『不可思議な日常』/池上哲司

483410334X 不可思議な日常
池上 哲司
真宗大谷派宗務所出版部  2005-05

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「見えない境界線」

トランシーバーと携帯電話の話は、ちょっと頷けないところがあって、それはトランシーバーの登場がそう言った時代だったからであって、「トランシーバー」と「携帯電話」の形態には依ってないから、もしトランシーバーが今、こなれた価格で登場したら、同じことは起きると思う。これは手紙のフォーマットをメールに強要したり、移動手段が徒歩しかなく、そうそう対面できない時代の挨拶儀礼のやり方を現代に強要するのと同じようなことだと思う。
境界線を「官」に求める、という指摘は、少なくとも日本ではその通りだと思う。境界線を、誰かに決めてほしい、誰かが決めて当たり前、という思考回路が、日本人の思考能力を弱めているような気がしているが、境界線を自分で考える際のポイントが「はた迷惑」というのは、いかにも日本的だけど、僕はこれもあまり頷けない。なぜなら自分の境界線の主語はやはり自分であるべきだと思うからだ。

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