『不可思議な日常』/池上哲司
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メモリー・ウォール (新潮クレスト・ブックス) アンソニー ドーア Anthony Doerr 新潮社 2011-10 by G-Tools |
『メモリー・ウォール』
認知症と化石の対比がとても鮮やか。リタイアした後、元来の化石発掘に熱中したハロルドは、妻アルマに「この世で唯一変わらないことは、変化するということ」「別のものに変わらないのはとても珍しいこと」と、化石の魅力を語る。その夫ハロルドを亡くした妻アルマは認知症を発症し、その進行を遅らせるべく、遠隔記憶刺激装置を処置される。記憶を、カートリッジに取り出して保存し、好きな時にカートリッジを挿入してその記憶を参照できる。
僕は人よりもたぶん、記憶力がよくないと思っている。自分では別に、憶えることをさぼっているつもりはない。覚えなければと言う意識が低いつもりもない。それでも、固有名詞を覚えるのが特に苦手だし、昨日食べたご飯を覚えていなかったりする。それは、できれば覚えていたくない出来事が多かった時代があって、なるべく忘れようとする志向を脳が持ってしまったんだと勝手に自分で解釈している。
アルマにとって最も辛い記憶-ハロルドを亡くしたときの記憶-が、巡り巡ってアルマの使用人だったフェコとその子供を救う。もし、その記憶が、アルマにとってだけのものだったなら。それはカートリッジで他人の記憶を見ることもできないのだから、と様々な推測をしてしまうが、それよりも、認知症によって、アルマは最後、一緒に暮らす男がいたのだけれど、男は私をここ(施設)にひとりぼっちでおいていった、としか思い出せなくなりつつ、そういうふうに思い出すに留まっているところ。カートリッジという化石を、それが何なのかさえ思い出せなくなったことが、アルマにとって幸福なのだと信じたい。
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不可思議な日常 池上 哲司 真宗大谷派宗務所出版部 2005-05 by G-Tools |
「パンダの自己意識」
自己意識、自己嫌悪、自己反省。動物は、鏡を見てそれが自分であるという「自己意識」まではあるとしても、過去の自分を振り返ってそれを反省する力はないだろうとは言える。しかし、その自己反省の能力を持ったが故に、罠を仕掛けることを覚え、ひいては戦争を起こし、そしてその戦争について自己反省できないのが人類ということになる。それならいっそ、自己反省などできず、その場その場で起きたことにだけ対応して生きているほうが、平和な世の中なのではないか?この問いに対して、自己反省のメリットとデメリットを並べて、これだけのメリットも享受している、という形で対応するのは、経済優先主義に冒された愚の骨頂なのだろう。
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プラハ冗談党レポート: 法の枠内における穏健なる進歩の党の政治的・社会的歴史 ヤロスラフ ハシェク Jaroslav Ha〓sek トランスビュー 2012-06-05 by G-Tools |
第一次大戦前の1911年、ボヘミア王国プラハに、人気作家ヤロスラフ・ハシェクが新党を設立して選挙戦に挑んだ。その名も「法の枠内における穏健なる進歩の党」!
つまりは「冗談党」な訳だけど、実際に立候補して選挙戦を戦って、その活動っぷりの記録を一冊の本にしたのが本作。もうめちゃくちゃに面白いです。帝国という国家権力、その国家権力の維持の仕組と成り下がっている政党政治、それらを、外野ではなく実際に政党を作って立候補して選挙戦を戦って、スキャンダル告発やらなんやら、無茶苦茶にやりこめていく。でもその政党の政治活動と言ったら、プラハの居酒屋に集まって飲んだくれて、これまた滅茶苦茶な弁舌を捲し立てる、という具合。そのビールの金にも事欠くような集団が、体裁は整っているけれど、スタンスは冗談みたいな選挙戦を繰り広げるのです。
居酒屋でビール飲みに集まることが政治活動なのかどうなのか?知識としては持っている、ヨーロッパの「サロン文化」に似たようなことか、と合点してしまうこともできるし、そもそも冗談なんだから酒飲みながらやってんじゃないの、と言う気もする。でも、「広場のないところに政治はない」というように、政治って、政策とか投票とか、実行内容や仕組から考えがちだけど、原点は「人と人がどんな話をするか」というところだと思う、ので、この「口達者」な新党党員たちの八面六臂ぶりが眩しく見えます。
そう、帝国という危なっかしい体制だから、私服刑事とか密告者とか、現代の日本では考えられないような危険な相手が普通にいるというのに、彼らはその口八丁ぶりで、そんな「当局」側の攻撃さえ、逆に返り討ちにしてしまう。その鮮やかさにびっくりするとともに、そんな弁舌を持ちながら、まともに選挙をやる訳ではないところに、不思議よりは面白さを強烈に感じてしまう。
僕らはいつの間にか、「望みがあるなら、直線的に、直接的に、行動して結果を出さなければ、意味がない」と思い込まされていたと思う。確かに、成果の出ない行動は、やってるのかやってないのか分からないことには違いない。でも、何かを変えるために、しゃかりきになって青筋立てて「あいつが悪い」とやるのが果たして正解なんだろうか?そこまでやっても変わらないのだからよりもっと強力に、となってしまうのもわかるし、正面切ってやらずにコネとかなんとかで裏から手を回してネゴして、みたいな日本的なやり方がとんでもない数の弊害を招いてきた歴史も知っているから、どうしても、しゃかりきにならないと正々堂々としていないと思ってしまう。でも、第一次対戦前のボヘミア王国、今の僕らよりももっと閉塞していたに違いない政治状況で、こんな風に打って出たハシェクの行動を粒さに読むと、「維新」のなんたるか、その神髄を教えられた気になったのだ。
日に日に困難な政治状況になっていくような今こそ読むに相応しいと思います。
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不可思議な日常 池上 哲司 真宗大谷派宗務所出版部 2005-05 by G-Tools |
「不思議な経験」
僕は、説明のつかないことは極力排除することで、自分がそう言っているだけではなく、他人から見てもそう言えることである、という考えをとるように心掛けてきたけれど、不思議なことを不思議なこと受け止めることについては普通の人よりも自然にできると思っている。自然にできるから、安易にそちらに走らないよう、説明のつかないことを極力排除するよう努めてきたけれど、もう十分、そうしなくても自然なバランスで振る舞えるよう訓練できたと感じた。それよりも何もよりもこの章を読めたことは自分にとって大きな意味を持つ点がひとつあり、そこはこれまで以上に、この本を紹介してくださった乾さんに感謝したい。
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不可思議な日常 池上 哲司 真宗大谷派宗務所出版部 2005-05 by G-Tools |
「進歩のない」
ここで例に挙げられている免疫学同様、僕が働いているIT業界も進歩の速い業界ではあるが、進歩の速い業界というのはそれだけまだ未熟な思考レベルということなのかなと思った。伸びしろが少なくなってからが勝負。そういう考え方と、伸びないものを伸ばしてもしょうがない、という考え方。ある意味、前者はただの意固地だとも言える。ただそれでも、本章のラスト、「文部省のように、急におもいつきだけでこころの教育を言ったところで、何の役にも立ちはしない」のところは胸を刺される。こころの教育だけでなく、急におもいつきでやることは、やらないよりはましとよく言われるけれども実は意外とそうではないことも多い。
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不可思議な日常 池上 哲司 真宗大谷派宗務所出版部 2005-05 by G-Tools |
「息子の朝帰り」
ウチは著者の家庭のような、「電話ぐらいしろよ」と一言諭すというような家庭ではなかったものの、非常な愛情を持って躾けてくれたということは身に染みて感じている。それも、べたべたとしたものではなく、両親が合わさると適度なドライさを伴っていて自分のバランス感覚の礎になっていると感謝している。それにしても、ここに書かれている「子離れ」の話、「子離れできてこそ親の完成」であり、感謝の要求に繋がるようなことは望ましくないというスタンス、大学生の就職活動にまで親がしゃしゃりでる世の中になってしまったことを激しく憂うものである。本当に、一億総子どもになってしまう。
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不可思議な日常 池上 哲司 真宗大谷派宗務所出版部 2005-05 by G-Tools |
「中年になって」
こころとの不一致を感じたとき、我々が成すべき努力は、その劣化を遅らせることだという結論は、なんか消極的努力のように聞こえて(せめて「維持」と言ってほしい)少しさびしい気もしたのだけれど、考えてみれば維持することは、老いは一秒ごとに進んでいる以上土台無理な話で、少しでも劣化を遅らせるというスタンスこそが最も望ましく美しいものだろうなと納得した。そこを理解できず、抗うように維持に、ややもすると若返りに邁進するようなスタンスが、現に若い人々の領域を押しつぶすような軋轢を生んでいて見苦しいのかも知れない。
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