« 『不可思議な日常』/池上哲司 | トップページ | 今日の数字3つ »

2012/12/24

『ことり』/小川洋子

4022510226 ことり
小川 洋子
朝日新聞出版  2012-11-07

by G-Tools

 小川洋子の物語と日本語は、何も不安になるところがない。最近では新聞でさえ「ひとつの事実」として読むことすら危ういと心して掛からねばならない状況の中で、安心して読める物語と日本語の紡ぎ手には感謝の念を覚えます。

 自分にとって『ことり』の有難かったところは、これが数十年という長いスパンの物語だったこと。今年40歳になり、後方に積み上がった時間の思った以上の長さと、前方に残った時間の思った以上に見通しがよいことに戸惑っているので、長いスパンの語りは自分の戸惑いの扱い方を少し指南してくれるようでした。

 小父さんは若干偏執症の気があると思う。そういう言葉しかないので偏執症と表すけれど、実際には小父さんは病の域ではないと思うし、それを言えば、自分にしかわからない言語を語るお兄さんも、それを「病」と言っていいのかどうかも判らない。ただ、「昨日と同じ一日を過ごすこと」が最重要の日々を送りたいというのは、日々が決まっていないと不安になる、「拘り」の気質があるのだと思う。そんな小父さんが大切に維持に努め守ってきた鳥小屋もゲストハウスも、「長い」スパンの中で踏み荒らされてゆく。最後には「ことり」さえも。
 でも、踏み荒らされても踏み荒らされても、小父さんは独り自分のペースを変えようとはせず、力んで立ち向かったりしようとせず、日々を過ごす。この小父さんの孤独は、果たして不幸な一生だったのだろうか。目的の地に着いたとき、ひどく疲労しているという渡り鳥と同じく、疲れ果てて最後を迎えたのだろうか。

p27「小父さんもお兄さんも、母親に向って「間違っている」とは言わなかった。どんなに形の違う小石でも、一緒にポケットに入れておくうち、不思議と馴染んでくるものだとよく知っていたからだ」
p38「古い屋敷をひっそりと動き回るだけの、何も生み出さない仕事だった。そのことに小父さんは満足していた」
p80「昨日と同じ一日を過ごすこと、これが小父さんにとって最も大事な留意点だった」
p104「新着図書が到着すると、この本は誰の好みか、誰に相応しいか、勝手に思い浮かべます」
p108「『空に描く暗号』を読んで彼が最もはっとしたのは、渡りを終え、無事目的の地である湿地帯や湖や森林にたどり着いた彼らが、ひどく疲労しているという事実だった」
p122「それはごくありふれた事務的な連絡事項にすぎないのだとよく分かっていながら、小父さんはなぜか、自分だけの大事なお守りを無遠慮な他人にべたべた触られたような気持に陥った」
p154「思いがけない展開に小父さんは困惑し、すぐさまその場で辞退を申し出た」
p156「そのざわめきを聞いていると、長い年月をかけて自分が築いてきたゲストハウスの秩序が、見知らぬ人々に踏み荒らされてゆくような、苛立たしい気分に陥った」
p193「あんなに何度もおやつを食べてゆくようにと勧めてくれたのに、どうして素直に従わなかったのかと、今更ながらに後悔した」
p198「ほどなく、入園式の前に鳥小屋は撤去され、跡形もなくなった。小父さんにとって唯一の慰めは、この有様をお兄さんが目にしないで済んだ、ということだけだった」

|

« 『不可思議な日常』/池上哲司 | トップページ | 今日の数字3つ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7655/56382189

この記事へのトラックバック一覧です: 『ことり』/小川洋子:

« 『不可思議な日常』/池上哲司 | トップページ | 今日の数字3つ »