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2013/04/21

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』/村上春樹

4163821104 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上 春樹
文藝春秋  2013-04-12

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 村上春樹の作品に対する感想は、常に自分自身だけの個人的な感想にならざるを得ないのだけど、本作は、これまでの村上春樹作品と違って、これ以上ないくらい判りやすいつくりになっていたと思う。深く読み取らないと作者の意図が判らないとか、そういうことが極力ないように書かれたような印象を持った。もちろん深く読もうと思ったら読める深さは持ち合わせていると思うけれど、ストレートに読んでも、そのままで物語の意図がちゃんと読者に伝わるような書き方がされていると思った。

 村上春樹作品のメインテーマとして「予め失われたもの」があるが、本作は珍しく、喪失感の強調だけを感じて終わらなかった物語だった。軽い言い方だけど、救いがある。これまでは徹底的に「予め失われたもの」を感じさせられ、その救いの無さを感じる中から、自分なりの立ち向かい方を模索するような読み方になっていたのが、本作はきちんと救いが書かれている。多崎つくるが失ってしまったものは、無くなってしまったのではないということが、きちんと語られる。ここが僕個人はいちばん感動したところだった。

 その上で、たくさん登場するテーマの中で僕が強く惹かれたテーマは二つ。ひとつは、「だとすれば人間の自由意思というのは、いったいどれほどの価値を持つのだろう?」という問い。先日の『不可思議な日常』の読みでも、ディスクールを思い出さされる一篇に出くわした。表面的には、この問いに対する答えは本作では書かれない。この問いには生涯をかけてでも向き合わなくてはならない。

 もう一つは、「そしてその悪夢は一九九五年の春に東京で実際に起こったことなのだ」。村上春樹はけしてサリン事件を忘れない。そして、世の中の安定が奇跡的だと言いながらその奇跡の度合いを実感できず、何かとんでもないことが起きないとありがたみが判らないとでも言いたげな現代(人)に対して、「あっただろう、つい最近」と突き出して見せている。そして何故そんなことが起きるのかと言えば、「我々が暮らしている社会がどの程度不幸であるのか、あるいは不幸ではないのか、人それぞれに判断すればいいことだ」ときちんと言い放ってくれる。

p21「それが存在し、存続すること自体がひとつの目的だった」
p22「でもそれは言葉には出されなかった」
p40「歴史は消すことも、作りかえることもできないの。それはあなたという存在を殺すのと同じだから」
p62「フランツ・リストの『ル・マル・デュ・ペイ』です。『巡礼の年』」
p68「だとすれば人間の自由意思というのは、いったいどれほどの価値を持つのだろう?」
p89「君はオルダス・ハクスレーがいうところの『知覚の扉』を押し開くことになる」
p106「一人の自立したプロフェショナルとして、過去と正面から向き合わなくてはいけない」
p143「要するに企業戦士を養成するための即席お手軽洗脳コース」
p175「かつては大切な意味を持っていたものが次第に色褪せ、消滅していくのを目にするのは悲しかった。あんな生き生きとした時代を一緒に過ごし、一緒に成長してきたのな」
p177「二人のあいだで語られるべき大事なことはそれ以上ほとんど残っていないようにも感じられた」
p189「自分がやりたくないこと、されたくないことをビジュアライズするのはむずかしいことじゃない」
p206「おまえにとって、いろんなことがうまくいくといいと思う。本当にそう思うよ」
p213「これは多指症と呼ばれているもので、有名人にも数多く多指症の人がいます」
p232「本当に欲しいものを苦労して手に入れる喜びを味わったことも、思い出せる限り一度もない」
p242「つくるにとってショックだったのは、沙羅がそのとき心から嬉しそうな顔をしていたことだった」
p278「ギフト。そして彼女はこれから先、もっと上手になっていくにまちがいありません」
p307「それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ」
p314「僕はなんとかそのいちばん危ない時期を乗り越えた」「いくらかの誤差があるにせよ、僕らは結局今と同じようなところに落ち着いていたんじゃないのかな」
p328「正しい言葉はなぜかいつも遅れてあとからやってくる」
p349「そしてその悪夢は一九九五年の春に東京で実際に起こったことなのだ」
p351「我々が暮らしている社会がどの程度不幸であるのか、あるいは不幸ではないのか、人それぞれに判断すればいいことだ」

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