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2013/06/15

『さきちゃんたちの夜』/よしもとばなな

4103834102 さきちゃんたちの夜
よしもと ばなな
新潮社  2013-03-29

by G-Tools

 宮崎行きの飛行機で読んでいたら、舞台に宮崎が出てきてびっくりしたとか、いつも通りシンクロする我が読書。

 「これ、いつ頃に書かれた作品群なのかなあ」と思いながら読んでいたら、あとがきに「途中で親が死んだり」「けっこう長い中断を強いられたり」とあって、なんとなく読んでいて感じられた、ストーリーの滑らかさと相容れない、こつこつと諦めずに繋いでいくというような気配の訳が少しだけ判ったような気になりました。初出が2011年6月とあるので、1年半かけてこの五篇が創られたということになります。それが長いのか短いのかなんとも言えないですが、簡単な道ではなさそうだなあということだけは判ります。

 かつて、よしもとばななが世に広まり出した頃の、「癒し」「救い」というテーゼには、「ほんとにそんなにキツいのか?」と全面的に没頭することができないまま、よしもとばななの言葉と物語の力にだけは心酔していったのですが、非常に落ち着いたトーンで描かれた本著からは、今という時代が本当に生きにくい時代で、そんなキツい時代を生きる我々に物語を差し出そうとしてくれた気持ちがよく判ります。個人的には『デッドエンドの思い出』以来の読後感でした。

・鬼っ子
p42「おばさんは親族とも母とも縁を切って、なんの身よりもない宮崎で一人暮らしをしていた」
p59「だれにも認められない仕事だけど、人として大きな仕事だったんだよ。スティーブ・ジョブズと同じくらい偉大な仕事だよ」
p70「ふつうの椰子と思っていたのはビロウ樹という全く知らない種類の椰子だった」
・癒しの豆スープ
p78「朝起きたあと、時間があればなんとなく歩いてみたいあの気持ちは体から出てくるのか、心からなのか。ふたつがからまって生まれるわかちがたい衝動からなのか」
p99「あの穏やかな祖父母の中にひそんでいた、他人に対しての真の厳しさ。それが私たちを打ったのだった」
p103「期間が限定された楽しさだけど、なによりはあったほうがいい」
p105「店を出すってどういうことか知ってるか?いろんな人に頭を下げて、いろんな力や金を借りて、機嫌を損ねないようにして、お客さんにはたえず気を使って、その上料理をまずくしちゃいけない。まるでシーソーに乗ってるみたいなものなんだ。もっと、自由で明るいものかと思っていたら、中間管理職のそのまた中間みたいなものだったんだ。独立してからはイタリアはもっと遠くに見えるようになった。その中でも続けていくために結局いちばん役に立ったのは、おやじとおふくろのあり方だった。俺はきっとすごいマザコンなんだろう。親がよすぎると子どもにはよくないって言うけど、あれはほんとうだと思う。」
p111「いっそ父とその女性で、豆スープの店をやったら・・・?と言いたかったけれど、父の選んだ道はそういう道ではない。もっと大きなお金や人々の利害や愛憎がからんだいばらの道だ。そしてその女性は多分一杯のコーヒーですでに豆スープに匹敵することをしているのだろう」
p120「しかしこの痛みは、逃げさえしなければいつかいいかさぶたになるような予感がした」
・さきちゃんたちの夜
p180「いらないものは、なくていいとか。よくなるのなら絶対そうすべきとか。そういうものではないっていうことを学ぶ前の、小さくて澄んだ池の中にいた私の清冽な感情を」
p204「名前をつけてイメージすると、現実になるのが早いって、パパが昔経営セミナーで習ってきてたよ」

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