『野望の憑依者』/伊藤潤
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野望の憑依者 (文芸書) 伊東 潤 徳間書店 2014-07-09 by G-Tools |
期を同じくして目に入った「悪を描く」という書評二冊、『弾正星』と本著。私は所謂「ピカレスク・ロマン」というジャンルはあまり好みではないけれど、同時期に類似の作品が紹介されるということは、世間の流れがこういうものを求めているということと思い、その「ピカレスク」の趣向を知るべく読んでみることにしました。
本著は主人公が高師直、足利尊氏の側近として謀略を尽くして尊氏を押し上げ成り上がっていく極悪人というのが一般的な師直像。天皇も南北朝に、武家も幕府と反幕府に、おまけに足利家も兄弟で、と敵味方が入り乱れる南北朝の乱戦を背景に、師直が非情に成り上がっていく筋は飽きずに読み進められるのですが、「悪の中の悪」というストーリーかと言うと、どちらかと言うとステレオタイプなストーリーではないかと思いました。年を取るうちに、女性と出会ううちに、だんだん角が取れて丸くなって、それが仇となって・・・というような。おまけにその仇の張本人の顛末のオチもステレオタイプというか。「こんな悪いヤツいるんか!!」という、心底怖くなるというタイプのストーリーではなかったです。
本著と『弾正星』、「悪の中の悪」と謳っているけれども人物造形は既視感のするもので、時代モノなので当然なのかも知れませんが斬新さはあまりありませんのでぞくぞくする怖さみたいなものはありません。それより、この二冊に共通するのは、「悪の中の悪」ではなく、「誰かを裏で操る者」というところ。この二冊が同時期に注目されているのは、悪を求めるということよりも、「表に出ずに、安全なところから好き勝手したい」というのが世の気分ということを示しているのかもと思いました。
p208「お人よしも滅びれば、野心に囚われた者も、また滅びるだけ!」(楠木正成)
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