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2015/09/24

『職業としての小説家』/村上春樹

4884184432 職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング  2015-09-10


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紀伊国屋が買い占めたことで話題になった本著。私は迷わずamazonで買いました。発売日翌日には手元にありました。

タイトル通り、著者が「職業として」小説家をどのように遂行しているかをかなり詳細に記述してくれています。通常、ある職業の人が自分の職業について解説すると、とりわけ小説家が解説すると、それ以降の仕事の内容が、小説家で言うと小説の言葉が「痩せる」ように何とはなしに思っているのですが、著者に関して言うとそれはないように思いました。何故かというと、そういう危険性について言及していて、すでに予測した上で思考されているからです。

「職業としての」小説家という切り口で一番印象に残ったのは、「ダイナミックな経験がなくても小説は書ける」というくだりです。これが日本だけのことなのか、世界的にもそうなのかわからないけれど(きっと世界的にもそうなのだと思う、ヘミングウェイの例を引いていたから)、無頼派という言葉もあるように、小説家は何か世間の常識から外れたような生活をしていなければいけないという思い込みがあるように思います。もう少し言うと、そういう時代があったようです。これは小説家だけじゃなくて、プロ野球選手なんかでもそういう類の武勇伝が語られることが多々ありますし(前の晩朝まで深酒してても翌日ホームランを打ったとかそういう類)、そういうスタイルがそれなりの結果を出すことができる特殊な職業と社会状況だった時代があったということなんでしょう。

いや、スポーツ選手や芸術家だけでなく、実はサラリーマンもそうなのかも知れません。私が就職してサラリーマンを始めた1995年でも、まだそういう「豪放」な文化というのは残っていた気がしますし、私にもなんとなくそういうものを楽し気というか、心を浮つかせるものに感じる気風はかすかに残されています。けれども、成果を出すスタンスとしてのそれは今や主流ではなくなりつつあります。そういう意味では、現代は真摯に追及することが成果に結びつけられる時代に近づいているのかも知れません。

その一方で、オレオレ詐欺のような、労力の割りに見返りの大きい不正や、不正でなくとも簡単に高収入を得られるような誘い文句の乱舞ぶりはより酷いものになっているように思います。そういった、破壊力の大きい暴力によって、真摯さが壊されることが現代の最大の脅威ではないかと思います。それに対しても、著者は答えを二つ提示してくれていると私は思ってます。

p157「「時間によって勝ち得たものは、時間が証明してくれるはずだ」と信じているからです」

p212「「効率」という、短絡した危険な価値観に対抗できる、自由な思考と発想の軸を、個人の中に打ち立てなくてはなりません。そしてその軸を、共同体=コミュニティーへと伸ばしていかなくてはなりません

この二点。時間をどのように使っていくのか。どのようにペースを刻むのか。この点をしっかり意識して感が続けたいと思います。

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2015/09/06

『ロジ・コミックス ラッセルとめぐる論理哲学入門』/アポストロス・ドクシアディス,クリストス・パパディミトリウ,アレコス・パパダトス,アニー・ディ・ドンナ

448084306X ロジ・コミックス: ラッセルとめぐる論理哲学入門 (単行本)
アポストロス ドクシアディス クリストス パパディミトリウ アレコス パパダトス アニー ディ・ドンナ 高村 夏輝
筑摩書房  2015-07-23


by G-Tools

 「論理で世界を理解することはできないかもしれない。それでも論理は人間が世界と向き合うための、最も強力な道具である」。ラッセルが科学という論理に一度絶望しているからこそ、この言葉に力強さが籠るのだと思う。ラッセルはラッセルのパラドックスによってフレーゲに対して、そのラッセル(直接にはフォン・ノイマン)はゲーデルの不完全性定理によって、そして弟子のウィトゲンシュタインは戦場という極限状態によって、論理に絶望する。とりわけ不完全性定理と、ウィトゲンシュタインが戦場で至った境地ー「世界の意味は、世界の内にしか存在しない」の共通性は、こうやって書くだけで自分も絶望の淵に成すすべなく落ちてしまいそう。もちろんここにはラッセルのパラドックスも連想させるものもある。

 どんな体系をもってしても、必然的に不完全であり、解答不可能な問題が必ず存在する。日常の生活に照らし合わせてみればこんな当たり前のことはないのに、論理の上での話になるとこれほど絶望を感じるのは、人は論理にそれほどまでの力を期待してやまないということなのか。しかし、既に「解答不可能な問題が必ず存在する」とすでに発見された後の世界に住んでいる我々は、「それでも論理は人間が世界に向き合うための、最も強力な道具である」という言葉を忘れずに生きていかないといけない。

 もう一つ、本著で学べたことが、アメリカの「孤立主義」。1939年、アメリカ国民は世界大戦への参戦に反対する国民が大多数だったということ。本著での言葉ではあるけれど、国民が持つプラカードのひとつに、「やるべきことは国内にある」「国外で死ぬのはごめんだ」と書かれている。この姿勢は、現代日本で安保法案に反対する姿勢と、類似すると見ることもできる。

 現実にはアメリカは参戦し、戦後は世界の警察の役割を自任するようになり、その役割から降りようとしているのが現在言われていること。本著ではアメリカ国民が「孤立主義」であったその当時、ラッセルが公演において、ナチと戦うためにアメリカに参戦を呼びかけるような演説をしたと描かれている。

だがこれだけは申し上げておきたい、この部屋にいる皆さんと同様、私も懸命に平和主義者でいようと努めています。しかし、ヒトラーとスターリンに欧州を支配されるのは、どうしても耐え難い!

 現代において、ヒトラーとスターリンに匹敵するような脅威が存在している、または出現する可能性があるということで、積極的に海外に軍事力を展開可能とする、ということを、本著のラッセルの演説から導けるのか?本著はこれに対してラッセルにこう答えさせている:

あなたの答えは?

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