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2015/10/11

『HHhH(プラハ、1942年)』/ローラン・ビネ

4488016553 HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)
ローラン・ビネ 高橋 啓
東京創元社  2013-06-28


by G-Tools

自分は本当に何も知らないのだなあと打ちひしがされた一冊です。

Himmlers Hirn heiβt Heydrich. タイトルの『HHhH』はこの文章の略で、意味は「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」。この小説は、ナチのユダヤ人大量虐殺の首謀者・責任者のハイドリヒを、ロンドンに亡命したチェコ政府が暗殺を企図した史実に基づいて描かれています。まずヒムラーもハイドリヒも知らなかったし、チェコ政府がロンドンに亡命したことも知らなかったし、ナチの重要人物を暗殺しようという計画とその実行も知らなかったし、リディツェも知りませんでした。『ソハの地下水道』を読んだときも思いましたが、ナチが猛威を振るっていたあの時代に、市民レベルで抵抗を続けていた事実が、ポーランドやチェコやハンガリーには存在するという事実が自分には理解を超えていて咀嚼することができないくらいです。ローラン・ビネは小説の終盤で、「こういう人たちにこそ敬意を払うべきだと一所懸命頑張りすぎた」と述懐します。ハイドリヒ暗殺計画である類人猿作戦の存在すら知らなかった私にとってはガブチークとクビシュが暗殺実行のために躍動する様とその胸の内模様はもちろん衝撃的過ぎてただただ茫然と読み進めるしかなかったのですが、そのガブチークとクビシュを支援する一般市民達が、一般市民であるが故に同じ一般市民である自分の胸にどうしようもないくらい深い深い釘を刺していきます。「お前ならどうするか?」という。

我々日本は、その暴力に対し、自分たちで抵抗することができなかった歴史を持っている国です。その事実を小説として、もしくはドキュメントとしてでも、あるいはニュースの中ででも描くときに、ビネのこの言葉は思い起こされるべきだと思います。

ありうるということと、まぎれもない事実であることは違う

第一部冒頭「オシップ・マンデリシュターム『小説の終焉』」

p54「レームはハイドリヒの長男の名付け親でもあるが、それより何よりヒムラー直属の上司」
p55「長いナイフの夜」
p63「トゥハチェフスキーはトロツキーの跡をついで赤軍の司令官となり、スターリンはレーニンの跡を継いで国家元首となった」「スターリンはナチス・ドイツとの衝突をできるだけ先延ばしにしようとし、トゥハチェフスキーはただちに先制攻撃を仕掛けるべきと主張した」
p130「突撃隊やゲシュタポのメンバーからなる親衛隊の特別部隊で、ドイツ国防軍が占拠した地帯の「適性分子」を始末する任務」
p176「テレジーンのユダヤ人は幻想を抱いていなかった。彼らは死の待合室で暮らしていたし、彼らの文化生活はナチの宣伝製作によってアリバイとして陳列されていた」「牢番たちの演じる不気味な喜劇などよりはるかに価値を持っていた。それこそが彼らの賭けだった」
p188「ガブチーク」「クビシュ」
p197「けれども戦時になれば、国家元首の重みはどれだけの数の師団を従えているかに尽きるということも彼はよく知っていた。」
p198「戦争が終われば、もし戦後というものがあって、連合軍が勝利を収めたとして、そのときはそのとき、また別の話だ」
p240「ノルウェーの対独協力者ヴィドグン・クヴィスリングの名」
p251「『ペルセポリス』」
p263「今度はドイツが日本に対する約束を守ろうとして戦争に負けようとしている」
p268「歴史的真実を理解しようとして、ある人物を創作することは、証拠を改竄するようなものだ」「証拠物件が散らばっている犯罪現場の床に、起訴に有利な物証を忍び込ませること・・・」
p267「ブローベルもこの車を1台くらい持っていた」「ありうるということと、まぎれもない事実であることは違う」
p280「1951年から71年にかけてのことだが」「支配階級に属する人間の常として、たとえどんなに世間からの評判を落としても、それなりに寛大な処遇を享受してきた」
p284「『慈しみの女神たち』は「ナチにおけるウエルベック」
p328「どう見ても、この襲撃はベネシュの仕業ではないか」
p347「将来村を再建するための募金を始め、「リディツェを生かそう!」」
p347「このリディツェの虐殺によって、自分がもっとも得意としている分野で惨憺たる敗北を喫した」
p362「<類人猿>のクビシュ、<アウト・ディスタンス>のオパールカ、<ビオスコープ>のブブリーク」
p378「こういう人たちにこそ敬意を払うべきだと一所懸命頑張りすぎた」
p389「『冷血』」
p389「ノンフィクション・ノベルの格率は、フローベールの小説理念に通じる」

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