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2015/11/04

『偶然の科学』/ダンカン・ワッツ

4152092718 偶然の科学
ダンカン・ワッツ Duncan J. Watts
早川書房  2012-01-25

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経営戦略全史』の終盤に出てきて気になったので。気になったポイントは「過去から学ばない」「結果だけで見ない」という論旨と、『偶然の科学』というタイトル。『偶然の科学』というタイトルからは『偶然とは何か』のような内容を想像したけれど、偶然そのものを科学するというよりも、社会学において事象はほぼ偶然なんだよ、という意味に取れた。だから、「過去から学ばない」「結果だけで見ない」。人間は現在の事象について、過去からの因果関係で、それが必然だとして説明したがるけれども、物理学などと違い、一度きりしか起こらない社会現象について、それが過去の出来事群からの因果と証明することはできないし、多様な出来事のすべてを考慮することもできない、だから、起きたことはすべて「偶然」であり、「過去から学ばない」のが最善の戦略であると述べる。

これは「計画」を捨て去るという点で、今までの自分の生き方を大きく転換しなければならず、少なくない心理的抵抗がある。計画性はこれまで人間性の重要な一要素と信じて疑わなかったところ、「柔軟性」の元に、当初計画をどんどん変更していくのが最善なのだ、ということだから。これは頭では判っていても、「とにかくやってみりゃいい」式の「いい加減さ」を受け入れがたい人間にとってはかなりハードルの高い転換。不確実性の名の下に朝令暮改を繰り返すことを是とした風潮を思い出す。

ここで必要になるのも、やはり「何のためにそのスタンスを取るのか」という目的意識であり倫理観であり道徳観だ。なぜ、細かい軌道修正を繰り返すのか?その答えの先に、受け入れられる土壌がある。

p28「こうした「極端な近代主義者(ハイ・モダニスト)」に言わせるなら、都市計画も、天然資源の管理も、経済全体の運営でさえも、すべては「科学的」計画の領分」
p28「近代主義の明白な指導者のひとりである建築家のル・コルビュジエも、1923年にこう書いている。「計画は発電機である。これがなければ、貧困、無秩序、我意が君臨する」」
p42「合理的なインセンティブを見つけるために相手の状況を分析しようとすべき」
p32「「起こってもおかしくはなかったが起こらなかったこと」よりも、「実際に起こったこと」の説明に偏りすぎる」
p52「思考過程よりもデータの統計モデルを重んじるアプローチ」「現在では機械学習と呼ばれており」「認知的アプローチに比べると直感からずっと離れているものの、はるかに有用」
p75「個人の心理的動機を企業や市場や政府のような集合体に結びつける説明は便利だが、哲学者のジョン・ワトキンスが述べるとおり、それは「根本中の根本」の説明ではない」
p76「方法論的個人主義は敗北を喫した」「それは経済の分野だけにとどまらない」「「マクロ」な現象を扱う歴史や社会学や政治学のどんな研究を見ても、代表的個人だらけの世界に出くわす」「方法論的個人主義の父と見なされている経済学者のヨーゼフ・シュンペーター
p81「グラノベッターの「暴動モデル」
p91「リン・トラスの『パンクなパンダのパンクチュエーション』」
p102「グラッドウェルは著書の『急に売れ始めるにはワケがある』(ソフトバンク文庫)で、流行、社会的規範の変化、犯罪率の急激な低下などを社会的伝染と呼び、その原因を少数者の法則と名付けたものから説明している」
p117「「インフルエンサー頼り」のマーケティングキャンペーンをいくつか考案し、それぞれに即した現実味のある仮定を作った」
p147「いちばんよくできた物語を語った者が勝つ」「歴史の説明は因果関係の説明でもなければ、ありのままの記述でもない」
p150「つまり、どういう言い方をしようと、過去について学ぼうとするとき、同時にわれわれは必ず過去から学ぼうとするのだ」「哲学者のジョージ・サンタヤーナのことばが暗に伝えている。「過去を思い出せない者は、それを繰り返す運命にある」」
p157「熱力学の第2法則から量子力学を経てカオス理論が生まれた結果、時計じかけの宇宙というラプラスの発想はーそして自由意志についての懸念もーいまでは一世紀以上も退潮をつづけている」
p162「数学者さえ、一度きりの出来事に確率をあてはめる意味について議論している」
p197「どう考えてもMDは見事な成功をおさめるはずだった。だがみじめな失敗に終わった。何が起こったのだろうか。ひとことで言えば、インターネットである」
p199「レイナーの解決策は、ランド研究所のハーマン・カーンが1950年代に冷戦期の軍事戦略研究者のために開発したシナリオ・プランニングというずっと古い計画法の亜種」
p218「広告主が知りたがるのは、広告が売上の伸びの原因になっているのかどうかという点にある。だが、広告主が測定するのはほぼ決まって、両者の相関関係でしかない
p221「この手の行動ターゲティング広告は、科学的アプローチの真髄だとよく引き合いに出される。だがやはり、こうした消費者の少なくとも一部、もしかすると多数は、その製品をどのみち買っていたはずだ。その結果、どのみち買った人への広告は無駄になり、それは広告を見ても興味を持ってもらえなかったときと変わらない」
p231「この3つの実践、つまり不具合を特定すること、問題の根本原因を探ること、いままでの型どおりの作業の他に解決策を求めることが組み合わさったとき、組織は中央集権化された管理法で複雑な問題を解決しようとする組織から、広大な協力のネットワークに解決策を探す組織に変わり得る
p232「開発経済学者のウィリアム・イースタリーがいう「探求者」」
p240「常識に基づく正義の観念が結果にきわめて大きく左右されるとき、それは論理上の難問へのわれわれを必然的に導く」
p244「うまく機能したチームが優れた結果を出したのではなく、見かけ上のすぐれた結果がチームはうまく機能したという錯覚をもたらす」
p252「マタイによる福音書」
p255「才能は才能であり成功は成功であって、後者は必ずしも前者を反映しない
p258「シネ・クア・ノン」
p266「後者の主張が銀行の規模の大きさや結びつきの強さゆえに事実なのか、それともほかの理由から事実なのかは、実はさほど重要ではない。肝心なのは、銀行がリバタリアンなら成功の重みも失敗の重みもすべて引き受けるべきであり、さもなければロールズ主義者として自分の面倒を見てくれるシステムに税を払うべきだという点である。みずからの都合しだいで哲学を切り替えるべきではない」
p268「アメリカの奴隷制の歴史を恥ずかしく思わずに、アメリカ人として受け継いでいる伝統に誇りを持つべきではないとサンデルは論じる。リバタリアンなら、そうした忌むべき行為に手を染めたのは先祖であって自分ではないのだから、謝罪する理由はないと言いはるかもしれない。だがその同じ人々がたぶん先祖を誇りに思い、他国ではなくアメリカで暮らしたいと思っている。サンデルの見方では、自分の都合しだいて先祖と自分を結びつけたり切り離したりすることはできない。先祖なども含む大きな共同体の一員であるのなら、便益だけでなく費用も分かち合わなければならないし、一員でないのなら、どちらも得られない
p273「オーギュスト・コント
p269「公正な社会とは道徳の曖昧な観点から個人の論争を裁定しようとする社会ではなく、何が適切な道徳的観点かについての論争を促進する社会であると結論する

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