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2016/07/21

『日本会議の研究』/菅野完

4594074766 日本会議の研究 (扶桑社新書)
菅野 完
扶桑社  2016-04-30

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 一番判らないのは、日本会議はなぜ天皇統治を実現する憲法改正を掲げないのか、ということだった。彼らの情熱が、(あるのかないのか判らない)「古来伝統の日本」の復活を目指すというなら、その姿は天皇による統治でしかないと思う。それもちょっとよく考えてみると、実際に天皇が政治を行っていたのって何時代までだっけ・・・?となるのだけど、それでも「古来伝統の日本」と言い、神道の世界観を持ち出すなら、やはりその「古来伝統の日本」の姿は天皇による統治国家で間違っていないと思う。

 だけど、日本会議が執心しているのは優先度から順に、緊急事態条項の追加、家族条項の追加、自衛隊の国軍化となっていて、基本的人権の制限等々重大な問題があるにせよ、天皇主権は見当たらない。つまり、「古来伝統の日本」とか神道とかを担ぎ出すけれども、目指したいのは天皇の権威だけを利用した明治の統治体系であり、大日本帝国憲法の復活で、彼らが目指しているのは「古来伝統の日本の復元」でも何でもなく、大日本帝国憲法の復活による独裁政権体制なのだ。

 安東巌のように、「谷口雅治先生はこう言っている・・・」と他人の権威を間接話法で利用するスタンスは、直接自分の言葉で語らないその理由を考えるとわかるように、必ず悪意を伴っている。自分の言葉で語らないのは、責任を負いたくないからであり、自分の言葉では他人を動かすことのできない卑小な言葉しか持ち合わせないからだ。摂関政治から始まる、天皇の威を利用する政治のように、誰かの言葉を利用するスタンスは悪意に満ちている。正面切って行動できない目的を達成するために他人の権威を借りるのだ。だから日本会議も、天皇を元首に留めて、天皇を主権とせず「権威を利用できる対象」に留めて独裁体制を実現したいのだ。第一、他人の言葉の借用は、その解釈はどうにでもできるから絶対に単純肯定してはいけないものなのだ。ちょうど、日本会議の支援を受けている現内閣が解釈改憲という手段を実際に行使したじゃないか。

 しかし、安東巌しかり伊藤哲夫しかり百地章しかり椛島有三しかり、家族家族というけれど自分たちは家族をどれだけ大切にしているのだろう。そもそも、天皇主権なのかどうなのかに考えが及んだけれど、彼らの改憲への情熱はそんな高尚なものではなくて、学生運動の時代に日陰を歩んだ怨恨、日本国憲法が定める自由を謳歌できなかった、いわばイケてるグループに入り込めなかったイケてない連中が、その悔しさやるせなさを晴らしたくて、自分たちが慣れ親しんでいてシンパシーを感じる大日本帝国憲法を復活させたい、と思っているだけだと思う。

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