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2018/11/05

『「待つ」ということ』/鷲田清一

IT業界だけではないかも知れないけど、少なくともIT業界は「時間がかかること」を「時間がかからなくする」ことが価値を生み出そうとするためのひとつである産業で、つまり「待つ」ことをどんどん減らそうとする産業。確かに「待つ」ことはどんどん減っているのだけど、待つことが減った結果、①どうしても残る「待つ」ことは何なのか ②「待つ」時間が減った結果生まれた時間は有効に使われているのか という2つの疑問が最近常にあり、特に②に関しては待たなくてよくなった結果、逆に興味が移り勝ちになったり集中力に欠いたりするシチュエーションが多い(それが良いことだと言われるケースも多いけど)気がして、突き詰めたいテーマだなと思っていた時に本著に遭遇。

実際には「待つ」の取り扱いのスコープが、自分の考えていた「待つ」ことで引き起こされる意義というよりも「待つ」そのものの意義だったので、②を考察するのにぴったりではなかったけれど、考えることはより多くなった。

  • 最も印象に残ったのは”「よろしくない」加減がまだ生ぬるい”という話。老人の援助介助において、援助者が援助をしてもよい結果にならない段階の「よろしくない」段階がある、という話で、援助者は援助をしたくても、それにふさわしい「よろしくない」ところまで至るのを「待」たなければならない、という話。これに対して我々の業界で支配的な考え方は、課題があったらそれに対して必ずアクションを取り、それに対するリアクションで次の手をまた考える、というもので、この違い。
  • ”「わたしのあんた」という意識を脱落させること”
  • ”「礼拝」という儀式をめぐるアランのこんな記述”
  • ”アパテイア(無感覚)”
  • ”この本はケアについてはじめて考えた『「聴く」ことの力』の続編とでも言うべきもの”

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