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2020/09/05

『アコーディオン弾きの息子』/ベルナルド・アチャガ

最も鮮烈に、かつ相対的に考えさせられたのがビラだった。「ビラを撒く」という行為がそれだけで警察に追われる時代があったということ。歴史を学ぶなかでそれは日本にもあったことだと知ってはいるものの、イメージ的にはむしろ行為そのものよりも、「悪」なる組織や存在がいて、ビラを撒くという行為でその組織や存在の出現が露見する、と捉えていたが、事はそれだけではなくて、実際に「ビラを撒く」ことで、仲間を増やせる時代があったという実感を持った。僕が生まれ育った感覚では、ビラというのはもはや「ガセネタ」とイコールだったから。スーパーの広告でさえ、価格そのものももしかしたら信じられない、というくらい、「ビラ」というのは軽薄な存在だったから。

そして現代ではこれがfacebookやinstagramやtwitterのデマ拡散と等値なのだろうと思った。風説の流布っていうのはテクノロジーが進化しても絶対になくならない。テクノロジーが進化さえすれば世界は真実の純度が増すというのは幻想。ここは重く掴み取らないといけない。facebookやinstagramやtwitterのフェイクニュースやデマや嘘は、ただインターネットのSNS上で適当なことが言いやすくなって、それで変な政治家が誕生しちゃうね、という受け止め方では浅すぎて、本著の時代のように、命に関わる事案なのだと。

それにしてもバスクについて、スペイン内戦について、本当になんとなくしか知っていなかった。すでに僕が生まれていた頃の出来事なのだ。理念は人を殺す。そして今はとうとう無理念も人を殺すところまで来た。

 

 

p470”非民族化、帝国主義といった当時のほかの言葉と同じように、 大昔の、輝きを失った言葉に思えた。時間が物事を損なっていくことに気づくには、薔薇や足を引 きずった犬に目を留めるだけでは足りなかった。言葉の輝きにも目を向けなければならなかった。”

”ダビ、あなたは政治には関わらないでちょ うだい。政治なんてろくなものじゃないということは前の戦争でよくわかったわ。政治に関わるの はあなたにとって最悪のことですよ。あなたには素敵な未来があるでしょう。ルビスにはもしかす るとないかもしれないけれど、あなたにはある。”

p388”昨日も言ったとおり、イサベルと僕はバスク語学校運動に関わっている。 それであるとき、子供たちがバスク語で遊ぶのに使える教材がほとんどないってことに気づいたん だ。ゲームは全部スペイン語だろう? そこで、トランプを作ろうと思い立った。最初はウォル ト・ディズニーなんかをバスク語に訳していたんだけど、あとで、そのやり方では帝国主義に加担 して子供たちを非民族化していると思うようになって、自分たちで作ることにしたんだ。手短かに 言うと、まずは《バスクの家々》という、この国のいろんな様式の家を集めたトランプを作った。 いまは《バスクの蝶》という別のトランプを準備している。そのために昆虫学者のャゴバに連絡を 取って、蝶を追ってここにやってきたというわけなんだ。十六種の蝶のつがい、つまりトランプ”

”例の式典でスペイン国歌を演奏したら、お前も同じ目に遭うぞ。一生の汚名を着せられる) とになる、そのことを忘れるな!”

”「伯父さんの質問にちゃんと答えられたためしがないよ」僕る苛立ち始めていた。「お前 は夢うつつで生きているんだ、ダビ」と伯父は言った。”

「数字が気になり出すのはよくない兆候だ」といつだったか、ヨシェバが自分の書きかけの詩につ いて話してくれたとき、僕に言ったことがあった。「人は何か大事なのを失ってしまうとわかっ たとき、頭の中で計算を始めて、あと何日で別れがやってくる、と考えるもんだ。劣勢に置かれた ときも同じで、その状況があとどれくらいで終わるか計算する。いずれにしてもよくない兆候だ」”

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