2014/07/05

『「外食の裏側」を見抜くプロの全スキル、教えます。』/河岸宏和

B00KA25GVG 「外食の裏側」を見抜くプロの全スキル、教えます。
河岸 宏和
東洋経済新報社  2014-05-22

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食品業界関係者の中で「食品業界を知り尽くした男」と言われる著者による、良い外食・悪い外食の見分け方スキル。外食は儲けに走りすぎていておいしいものを出すという基本が失われている、というのが著者の主張で、全体を通じたメッセージは「料理に何を使っているのか、きちんと表示されていないことが問題」というもの。スーパーなど店頭での販売では食品の成分について表示が義務付けられているけれど、外食には義務付けられていない。外食のニーズは様々なので、もちろん「安く食べられればそれでいい」というニーズもあるだろうしそれに応える店があってもいい、だけどその店で何が提供されているかが表示されていなければ正しい選択が消費者はできない。これは何の異論もないと思う。

この本を読んで思い出したのは日経ビジネス2014/3/24号の「食卓ルネサンス」という記事。一言で纏めていうと、「もはや家庭で食事をつくるなんてナンセンスだ」という主張に貫かれていたと思う。老夫婦二人暮らしでどちらかが食事をつくる負担を背負ってまでつくる食事よりも安価で美味しいものが食べられるようになった、だから家庭で食事をつくるなんてナンセンスだ、老夫婦に限らず、あらゆる世代・世帯でこうした食サービスを利用することで、食事の準備をする時間からも開放されより生活が豊かになる、という主張。

日経ビジネスで紹介されていた安価な食サービス群が、『外食の裏側』で紹介されているような「コスト削減」手法を使っているサービスかどうかは分からないけれど、『外食の裏側』の主義主張である、「ちゃんとした手間をかけた、作りたての料理はおいしいものだ」に照らすと、どうしても「食卓ルネサンス」の主義主張に頷くことができない。私も『外食の裏側』と同じで、外食やコンビニの食事や出来合いの惣菜での食事を全く否定しない。けれど、効率とか時間の無さとかを理由にして、「食事をつくる」ということをカットする暮らしが幸せなものにつながるとは生理的に直感的にどうしてもそうは思えない。ここは、利用方法に節度が求められる重大なポイントだと思う。

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2013/10/08

『恋しくて』/村上春樹

『恋しくて』は村上春樹選の9篇の海外の短編恋愛小説と、村上春樹の描き下ろし短編の10篇。一日一篇読んでいこうかな。しかしやっぱり現代モノは読みやすい。

■「愛し合う二人に代わって」マイリー・メロイ

村上春樹氏解題にも触れられているけど、物凄くオーソドックスでストレートな恋愛小説。若干冴えない目の男子ウィリアムと派手に見えるところがあって誘いの手にも慣れている女子ブライディーという片田舎?の幼馴染の高校生の、大学生から社会人生活を経る恋愛小説。いったいどこでどんな突き落としが?と思いながら読むとなんと最後に。というストレートさ。
このストレートさを以てして著者が言おうとした最も大きなテーマはここだと思う。
p22”ドイツ語ならきっと、世界的な大事件が個人の私生活に波及することを意味する長い複合語があるに違いないとウィリアムは思った”
この物語には9・11、イラク侵攻、アブグレイブと、まだ記憶に新しい「現在」が取り込まれている。その「現在」を青春時代に通過しているウィリアムとブライディーが存在していることにすこしくらくらする感覚を味わうと共に、「歴史が個人に及ぼす不可避的な影響」を思い起こさせる。我々日本人にとって最も身近なのは戦時中の独裁体制だけれども、東日本大震災や福島第一原発も同じく「世界的な大事件が個人の私生活に波及する」ことだ。これを「しょうがないこと」で語りもせず片づけようとするところに、文学の誕生はないように思う。
4120045358 恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES
村上 春樹
中央公論新社  2013-09-07

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2013/06/12

『集合知とは何か-ネット時代の「知」のゆくえ』/西垣通

集合知とは何か - ネット時代の「知」のゆくえ (中公新書)
集合知とは何か - ネット時代の「知」のゆくえ (中公新書) 西垣 通

中央公論新社  2013-02-22
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 ウェブが一般化して、ビッグ・データも(ともかく言葉と雰囲気だけは)一般に広がり始めて、「集合知」という考え方も広がりつつある状況で、「集合知」の捉え方を整理できる良書だと思います。必読の一冊と言って良いかも。なのでパラドックスになるけれど、本著で書かれている「集合知」の考え方を知っていることが、「集合知」を活用できる前提となり、なおかつ、「集合知」が有効に作用する社会の成立要件と言ってもいいと思うんだけど、この考え方そのものが、一部の「エリート」層の独占になってしまって、「集合知」の要諦を知りつつ、単純な「多数決」を振り回すような事態がこれからも続いてしまうことを心配した。
 広く意見を聞くことが最適解への道だというこの考え方の盲点は、「広く意見を聞く」”誰か”がいて初めて成り立つということで、たくさんの人間が口々に広く意見を言い合っている状況ではないということ。その”誰か”は言うまでもなく”主観的”な存在なので、この”主観的”な存在のキャパシティに、最適解の質が依存するということ。ただ、単なる”主体礼賛”ではないところが、本著の優れたところだと思う。

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2013/01/14

『速習!ハーバード流インテリジェンス仕事術 問題解決力を高める情報分析のノウハウ』/北岡元

B0079A3GX2 [速習!]ハーバード流インテリジェンス仕事術 問題解決力を高める情報分析のノウハウ
北岡元
PHP研究所  2011-01-31

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kindleストアの日本版がオープンしたので、何か1冊買ってみようと思い、選んだのがこれ。よく言われるように、日本のkindleストアは紙書籍に比べて大きく安価な訳でもないし、新刊が多くある訳でもないので、「kindleでなければ」という本を選ぶのは結構難しかった。敢えて「kindleで読む」ということを想定すると、僕の場合、kindleで読むのは概ね通勤時間が最適と言える。なぜかというと、特に行きの通勤時間は混んでいるので、鞄から本の出し入れをするのが大変だから。そして、30分弱の時間は、長めの小説を読むのには不適と経験上判っているので、ビジネス本等が向いている。そこで、少し古めで、1,000円前後のビジネス本を買うのがよかろう、という結論に。
ところが盲点がひとつあった。僕の持っているkindle 3は、日本のkindleストアで買った書籍をダウンロードできない。日本のアカウントに、kindle 3を紐付できないのだ。アカウント結合したら解決なのかも知れないけど、洋書は洋書で入手できる道を残しておきたいので、androidにkindleアプリを入れてそちらで読むことにした。

結果を言うと、「ビジネス本」をケータイkindleで通勤時に読む、というのは悪くない。ビジネス本は基本的にはノウハウを吸収するものなので、机に向かうような状況じゃないところで読むほうが頭に残ったりする。読み直したいときに、片手ですぐ読み直せる。小説は、小さい画面でページあたりの文字数が少ない状態で読むとストレスがあるが、ビジネス本はフィットすると思う。

ところで本の内容自体についてですが、意思決定に関するノウハウの基本が非常にコンパクトにまとまっています。しかもそれらがすべて、「エピソード」という例を元に解説されるので、理解が早いです。個人的には「盲点分析」が知っているようで知らないということが判り、使いこなせるよう読み込みました。

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2010/06/27

『ビッグイシュー日本版145号』

「捕鯨は日本の伝統」というのは、1970年代に国際ピーアールという会社によって広められた俗説、という説を読めたことが最大の収穫。確かによくよく考えてみれば、日本全国くまなく鯨が食べられていたなんて考えにくく、この説は簡単に裏付けできそう。そうまでしてそんな俗説を広めた理由は、農水省が権益を作り温存するため。少なく見積もっても60億円近くの国費が「調査捕鯨」に注ぎ込まれ、関連する天下り用団体の維持を考えると更に多額の国費が使われている。恐らく、商業捕鯨から流通する鯨肉の売上が芳しくなければ、その赤字補填のために更なる国費が投入されるのだろう。

守るべきは、日本にあまねく広く鯨を流通させることではなくて、ほんとうに古来から受け継がれている「沿岸捕鯨」を復活させるという本記事の説はその通りだと思う。

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2010/01/21

『GIRL』/タマキ・ジュリアン

4861139341 GIRL(ガール)
ジュリアン タマキ
サンクチュアリパブリッシング  2009-08

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日系女子高生スキムの16歳の日々。

この絵にピンときた人、もしくは、もしかしてこの読書百”篇”を見て、本の趣味が似てる、と思った人がいたら、絶対に読んでみてほしいくらい、オススメ。

「神は細部に宿る」ということを鮮烈に思い出させてくれた。青春真っ只中の感性と感情は、ディティールに凝らないと絶対に蘇ってこないとわかっているけれど、日々、以下にディティールを切り捨ててマスで見るようにサマリーするようにと求められる社会人生活を送ってると、毎日がほとんど同じだと思い込んでしまってて、何かの力を借りないとディティールを大切にできなくなってしまう。その「力」をものすごく秘めてた。

主人公は外国で女子高に通う日系人のスキム、彼女が日系人だからという独特のものがこの話の中にどれだけあるのかは正直僕にはよくわからない。ほとんどが16歳の女の子の世界特有のもののように思えるし、その中にもしかしたら日系人特有のものがあるのかも知れない。反対に、この話の舞台が日本でも全然違和感ないから、なんとなく日本特有の出来事と思ってるようなことが、意外と世界どこでもそうなんだ、と思えることのほうが大きいのかも知れない。

だから、いじめとか、同性愛とか、自殺とか、そういった出来事のいっこいっこに、ややこしくて濃密に共感するんだけど、僕がいちばん引き込まれたのは「疎外感」。アジア人だからとか、いじめのテーマに通じるところとか、青春時代特有の「自分は特別」感とか、いろいろあるけれどそれだけじゃなくて、周りに馴染めないというか馴染みたくないというか、周りと違うからじゃなくて、とにかく馴染みたくないんだ飛び込みたくないんだという、自分から生み出してしまう「疎外感」。スキムにはそれが滲み出てる。それはやっぱり日系人だからかも知れないし、単なる反抗期なのかも知れないし、性格の問題なのかも知れないけれど、何かを大切にしているから、何かを大切にできる人間だけが、味わうことのできる「疎外感」。そういうものを強く感じた。

スキムと、スキムとはいろいろありつつやってきた友人のリサは、巻末、それぞれが何かを「愛」だと信じて変わっていく。その「過程」がまた切ない。

イグナッツ賞というのも初めて知ったので、この賞を受賞した作品を調べて読んでみようかな。作者のタマキ・ジュリアンとタマキ・マリコはそれぞれイラストレーターと小説家という、漫画家ではない人が初めてコミックを作ったというその経緯も惹かれた。「つくりあげる」という感触がすごい出てる。

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2009/06/25

『WEDGE 2009/7』

p26 DejaVu 佐伯啓思
 「72年に発表されたローマ・クラブの『成長の限界』に鮮明に示されていた」
 「80年台の新自由主義、90年代のグローバリズム」
 「脱成長世界」
p88 HIT MAKER
 「筏邦彦」

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2009/04/11

WEDGE 2009年4月号

官僚たたきはもうやめよう 公務員改革が国を滅ぼす

「官僚」と「公務員」を同列の言葉として使うのがどうも感覚的にあわないんだけど、なんにせよここで言われているのは「政治家を変えるほうが先だ」という話。確かにそうかも知れないが、公務員自身が自己改革できない組織だし、無駄を自ら削減することのできない組織というのは事実なので、政治家のせいにすればいいというほうがよほどおかしい。

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2009/03/14

『四畳半神話大系』/森見登美彦

404387801X 四畳半神話大系 (角川文庫)
森見 登美彦
角川書店  2008-03-25

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 殻を破れない引っ込み思案系の大学3回生の「私」が展開する、4つの並行世界での学生青春ストーリー。

 『夜は短し歩けよ乙女』が面白かったので、森見登美彦を読んでみようということで、まず文庫になっていたコレを買ってみた。初版は2004年で『夜は短し・・・』の2年前で、なんだか納得してしまった。『夜は短し…』のほうが、こなれてる。『四畳半神話体系』は、「私」の大学3回生が、「あのときこうしていたら・・・」形式で4話語られる物語で、1話目の印象を持って2話目、3話目、と読み進めていくと、「結局コレは出てくるのか~」「これはこっちの世界ではこうでてくるか~」という面白さはあるんだけど、「並行世界」という印象を強く残すためなのか、全く同じ文章が出てくる箇所があり、そこが、ちょっとスピード感を欠くときがある。森見作品独特の、時代錯誤近代文学的言い回し台詞回しも、同じフレーズが反復して出てくるので、小気味よさがちょっと足りなくて、読み進めるスピードがちょっともたつくのが残念。

 それでも『夜は短し…』とちょっと違うのは、最終話『八十日間四畳半一周』が、4話の中で最も荒唐無稽で有得ないシチュエーションなのに、少し胸震わせるものがあるのだ。この登場人物この話で胸震わされるのも情けないといえば情けないのだけど、日常少し忘れているような感覚をくっきり浮かび上がらせるのに、こういう荒唐無稽な仕掛けってやっぱり有効なんだなあと再認識した。

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2008/10/13

『葉桜の季節に君を想うということ』/歌野晶午

4167733013 葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)
歌野 晶午
文藝春秋  2007-05

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 普段あまり読まないミステリーですが、この小説は、読み進めながら頭の裏側で少しずつ感じてる違和感がラストで一気に繋がっていくところが面白かったのと、主人公の成瀬将虎の切符のいい語り口が楽しくてすいすい読めました。成瀬は言葉もそうだけど、何か行動を起こすときのロジックが驚くほど筋の通ったもので、それが「筋を通すことの大切さ」を改めて思い起こさせてよかったです。

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2007/07/12

『日々是作文』/山本文緒

4167708035 日々是作文
山本 文緒
文藝春秋  2007-04

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 書いてあることの発想ひとつひとつもおもしろいんだけど、「よくもこんなに丁寧に頭の中に浮かんできたことを文字にできるなあ」というのが最大の感動。頭の中に浮かんできた思考って、書く前はよどみなく湧き上がってきてばっちりなのに、いざ書こうとしたら雲散霧消でどうしたらいいのか判らなくなることが多いし、書き出したら追いつかなくて最初だけ、みたいなことがしょっちゅうなのに、この本は読んでる限りそういう痕跡はない。そこがすごい。

 それから、この文章は、ものすごいバブルの匂いがする。強烈に消費を肯定しているところとか。そういうのって今時の人はどうなんだろう?と思うけど、この本が売れたということは、この「バブル時代のノリ」みたいなものが、案外今の若者たちにも受けるのかと思えて少し安心した。

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2007/07/07

『デイト』/南Q太

439638033X デイト
南 Q太
祥伝社  2006-01

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 文庫本とは知らなかったので、書店で見かけて即購入。13の短編集。

 『彼女の体温はいくつ?』のいとおと歩美がかなり好きなカンジで、歩美の世間とのバリアの張り方とその奥のところか、いとおの力の抜け方とストレートさ加減とか、ちょっと古臭いカンジだけど温かみがあって好き。しかもラストに歩美が「あんたみたいに優しくなりたい」というセリフが強烈。いとおを「優しい」と思う女の人はすごくタイプな気がする。そういう人とは親しくなれそうな気がする。いい人だ!と決め付けてしまう。
 逆に、Q太作品を読むと必ず相変わらず判るような判らないような、歯がゆい女心と言われるようなものとひとつふたつ直面することがあって、ひとつは『ちび』の「17になったのッ」と叫ぶ場面。もうひとつが、『サッちゃん』の「大丈夫、あたしが守ってあげるから」。うーん。

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2007/06/03

『ランチタイム・ブルー』/永井するみ

4087477886 ランチタイム・ブルー
永井 するみ
集英社  2005-02

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 柴崎友香が好きな人ならきっと面白いと思う。柴崎友香の、独特の日常感覚が仕事上に置き換わって描かれていると言っていいのかな?仕事上で起きる出来事がメインで、一話一話軽いナゾがあるので読み進めやすいです。

 最後の章で、奥さんが進めるリフォームに反対の老主人が、「私はね、今のあの家がいいんだ。長年住み慣れて、どこに段差があるのか、どこの壁紙が剥がれてるか、どこの立て付けが悪いか、全部、私の体が覚えている。暗闇の中でも平気で歩けるよ。家っていうのはそういうもんじゃないかね。」 というくだりがある。確かに主人公も言う通り、・・・

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2007/05/27

『となり町戦争』/三崎亜紀

408746105X となり町戦争
三崎 亜記
集英社  2006-12

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 北原の住む舞坂町は、ある日[広報まいさか]で町民に、となり町と開戦することを知らせる。程なく北原の元に、「戦時特別偵察業務従事者の任命について」という通達が届く。

 町役場からの通達や役所仕事の描写とか、結構細部がリアルで、戦争ということはさておいても、いろいろな仕事の進め方や軋轢が面白いんだけど、「戦争」をどう捉えるべきか?価値観のぶつかりあいとか、ある価値観が別の場所ではまったく否定されてしまったりするような相対性とか、そういうことをまともに受け止めながら読んでいいのかな、と少し戸惑いがあった。そういうところに主題の重きをおいているのかどうか、自信を持てなかったから。北原が最後に…

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2007/03/11

『恋愛小説』/川上弘美・小池真理子・篠田節子・乃南アサ・よしもとばなな

4101208069 恋愛小説
川上 弘美 新潮社
新潮社  2007-02

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 『天頂より少し下って』/川上弘美
 「あたしがこの世に生んじゃったせいで、あんたも恋愛とか失恋とかいろいろ厄介なことを始める羽目になったんだよね。ごめん。」この一文にびっくり。最近、『僕のなかの壊れていない部分』を読んで、「女性は、いずれ不幸になる運命を背負わせて新たな生を産むことに何の罪悪感も感じていない」というようなことが書かれているのを、「これは男でしか考えないことだろう」と思っていたから。

 『夏の吐息』/小池真理子
 「どちらか一つが本当のあなたで、もう一つはあなたという男の仮面をかぶった別の人間だったのではないか、などと考えてしまうのです。」これは反対に、女性でしか考えないことだろうなあ。人は辻褄のあうことばかりじゃない。特に男は。どうしていくつもの人間性を持つことをそのまま受け入れてはもらえないのだろう?

 『夜のジンファンデル』/篠田節子
 大人の物語、と言ってしまえばそれまでだけれど、踏み込まない切なさは上品。上品だけれど、その相手が俗物だったことに失望して、失望したのに…という展開がちょっとばたばたしてる気がします。そこはあんまり胸に響かなかった。

 『アンバランス』/乃南アサ
 このすれ違いはあるでしょう!あるある!!この手の話がハッピーエンドで終わることの是非はあると思うけれど、このすれ違いの苦々しさを感じるためだけでも読む価値あり。

 『アーティチョーク』/よしもとばなな
 よしもとばなならしい作品。前半、直接的な「恋愛」ではない物語-祖父への回顧-が面々と続き、途中から恋人との別れの話に展開する。そこに、今この一瞬は二度と戻ってはこないから一瞬を大切にしようというよしもとばななの哲学が入って、恋人との別れをどう決着するのかというラストシーンに流れ込む。これをハッピーエンドというのかどうか判らないけれど、恋愛の複雑で豊穣な余韻をいちばん残してくれると思います。

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2007/03/05

『欲しいのは、あなただけ』文庫版/小手鞠 るい

410130971X 欲しいのは、あなただけ
小手鞠 るい
新潮社  2007-02

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 超名作『欲しいのは、あなただけ』の文庫版が出ました!!

 現代作家の恋愛小説では五本の指に入ると思います!!

 文庫本でより多くの人に読んでほしい!!

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2007/02/04

『エグザイルス』/ロバート・ハリス

4062564076 エグザイルス(放浪者たち)―すべての旅は自分へとつながっている
ロバート ハリス
講談社  2000-01

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 高校時代から海外をヒッチハイクし、東南アジアを放浪し、バリに1年、オーストラリアに16年滞在したりと、流浪の人生を歩んできた著者の自伝。

 僕はドラッグはおろか酒もタバコもやらないので、薬物で高揚感を得るのにとてつもなく大きな拒絶感を持っているしかなり否定的で、ましてドラッグなんて、やってはいけないもので何か掛替えのない経験を得るなんて卑怯だし「やったもん勝ち」じゃないかと常々思っていて、そういう類の人の話は大嫌いだった。若いうちにそういうのをやっておいたほうが、人間に幅が出るというのも感覚的にわかるんだけど、やっぱり「正直者が馬鹿を見る」みたいなのはどうしても許せなくて、そういう類の人の話は受け入れられなかった。
 ところが、…

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2006/09/30

『美しい国へ』/安倍晋三

4166605240 美しい国へ
安倍 晋三
文藝春秋  2006-07

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 「自明」「当然」「普通」と言った論法が多過ぎる。それが最も暴力的で差別的な可能性を持つことに、なぜ気づかない人がこんなにも多いのだろうか?「~なんだから」「~らしく」という決め付けに警戒心を持てる能力はもうないのだろうか?

 現代日本の諸問題に対して、安倍自身が含まれる「団塊直後の世代」が何をして『こなかった』のか、という反省が一切記されていない。現代日本の 諸問題は、…

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2006/09/18

『初秋』/ロバート・B・パーカー

4150756562 初秋
ロバート・B. パーカー 菊池 光
早川書房  1988-04

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 正直に言って、先に読んだ『長いお別れ』と較べると、全体的に軽い印象。ハードボイルドはミステリーじゃないのかも知れないけど、それにしてもスペンサーは探偵なのに、『初秋』では解明すべき大した謎もない。それにスペンサー自身が、とてもよく喋るし、体鍛えてるし、あからさまにハードボイルド・ヒーロー。マーロウのような渋さは感じられない。
 けれど、スペンサーは、マーロウに引けを取らないくらいにタフだ。依頼されてもいない少年の鍛錬を自ら始めてしまうのはタフの証。…

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2006/08/27

『空中庭園』/角田光代

4167672030 空中庭園
角田 光代
文藝春秋  2005-07-08

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 夫婦娘一人息子一人にその周りの人々というそれぞれの視点で語られるストーリーそのものは面白かったけれど、これが『家族』をテーマとした小説だということを考えるとき、「確かに現代の多くの家族はこんなふうになっちゃってるんだろうなあ」という、問題を丁寧に書き取ってる凄さと、「問題の姿形や所在は分かるけれど、問題提起にはなってないよなあ」という、多少の物足りなさが残る。

 家族って、いつからこんな偏狭なモノになってしまったんだろう。いつでもどこでも清く正しくというのが家族なんだろうか?…

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2006/08/17

『水曜の朝、午前三時』/蓮見圭一

410125141X 水曜の朝、午前三時
蓮見 圭一
新潮社  2005-11

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 45歳で亡くなった四条直美が娘にテープに録音して残した彼女の半生。堅苦しい家から抜け出し、大阪万博でホステスとして働き外交官と恋に堕ち自ら逃げるようにして結ばれなかった半生を通して、悔いのない生き方をするための指南を娘に伝えようとする。
 ある女性の波乱万丈の人生がメインストーリーという点と、その女性を見つめる第三者の視点が語られるという点で、…

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2006/07/22

『号泣する準備はできていた』/江國香織

4101339228 号泣する準備はできていた
江國 香織
新潮社  2006-06

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 江國香織の小説を読むと、決まってうんざりすることが二つあって、ひとつは「女というのはなんでこんなに自意識過剰な生き物なんだろう」、もうひとつは「女というのはなんで繰り返しの日常がそんなに気に食わないのだろう」。この二つは結局同じことのようにも思うけれど、とにかく女の人がそういう生き物に見えてきてうんざり感を味わうのだ。・・・

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2006/07/17

『海のふた』/よしもとばなな

4122046971 海のふた
よしもと ばなな
中央公論新社  2006-06

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 東京の美術短大を卒業してふるさとに戻りかき氷屋を始めたまりちゃんと、親戚の恐ろしい諍いに巻き込まれ弱ってしまったはじめちゃんの出会いと夏の思い出。本筋ではないことかも知れないけれど、凄く考えさせられたのは「資本主義について」というようなことでした。まりちゃんのふるさとは、他のいわゆる「地方」と同じく、うら寂れてしまっていて、それは「愛のないお金の使われ方をした」からだ、とまりちゃんは思う。いっぽう、はじめちゃんをとことん弱らせてしまったのは、資産家のおばあちゃんが亡くなって起きた相続争いというこちらも「お金」のせいだ。・・・

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2006/05/07

『祖国とは国語』/藤原正彦

祖国とは国語 祖国とは国語
藤原 正彦


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 この本は、「国語教育絶対論」よりも、「満州再訪記」に読む価値があると思う。筆者の生まれ故郷である満州に家族で訪れる旅行手記だけど、平行して語られる日清戦争、日露戦争、そして太平洋戦争へと進む道のりの記述が凄く迫力ある。太平洋戦争について触れる際、日本軍を悪として書かなければ軍国主義者戦争主義者と思われるような風潮があるけれど、これを読んで歴史を正しく認識しようと思わない人はいないはず。この「満州再訪記」のために本書を買ってもいいと思う。

 ・・・

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2006/05/04

『Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~』/田口元

Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~ Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~
田口 元 安藤 幸央 平林 純


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 ”シンプル&ストレスフリーの仕事術”と歌われていて、簡単に言うとTODOをいかに効果的に管理するかを中心に纏められている。これまで存在したTODO管理法は、ツールに頼っていたり煩雑だったりで実用的ではなかったのに対し、・・・

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2006/04/22

『スローグッドバイ』/石田衣良

スローグッドバイ スローグッドバイ
石田 衣良


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 最初の2編を読んでつくづく思ったのは、「村上春樹ってやっぱり凄いなあ」ということだった。ただの本好きで、大して文学を学んでいない僕にでも、村上春樹の小説は何か深いものがあり、それが何か考えてみたいと思わせてくれる。けれどこの短編集は、少なくとも最初の2編は、そんなことは全く思わせてくれなかった。有体に言えば、少年向け週刊誌(今でもそんなものがあれば、だけど)に連載されるポルノ小説と何が違うのか全然判らなかった。・・・

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2006/04/20

『トリツカレ男』/いしいしんじ

トリツカレ男 トリツカレ男
いしい しんじ


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 語り口調で勝負あり。シナリオは至ってシンプルなラブストーリーで、安心して読み進められる定番モノだけど、豊富なサイドストーリーと独特の語り口調で楽しんで読めた。

 ジュゼッペのこの一言、

 「やるべきことがわかってるうちは、手を抜かずに、そいつをやりとおさなくちゃ」

・・・

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2005/05/04

『キッチン』(吉本ばなな/角川文庫)

キッチン
吉本 ばなな

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『十二の意外な結末』(Jeffrey Archer/永井淳 訳/新潮文庫)

十二の意外な結末
ジェフリー アーチャー 永井 淳

新潮社  1988-09
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『ちょっとピンぼけ』(Robert Capa/文春文庫)

ちょっとピンぼけ
R.キャパ 川添 浩史 井上 清一

文藝春秋 1979-01
売り上げランキング : 36,295

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 第二次大戦を撮ったハンガリー人カメラマン、ロバート・キャパの1942年からヨーロッパ戦争終焉までの活動手記。
 ロバート・キャパの名前はもちろん知っていた。そんなに写真を見たことはないけれど、名前を出してべた褒めすれば「判ってる」気分になれる、そんないわゆる「カリスマ」を持ってるカメラマンとして。
 でもキャパのことをどんなふうに知っているかなんて、この圧倒的な手記を読むにはどうでもいいことだった。僕が生まれて読んだ中で五本の指に入る素晴らしい本。
 まず何よりも驚くのは、全編を貫かれるユーモア。キャパ自身は、文中でイギリス人に「なんでもどんな状況でも乗り越えられるユーモアを発揮できる見上げた人種」と評しているが、彼自身も相当なものだ。ましてそれが苛烈なヨーロッパ戦争の只中に発揮されるのだ。戦争を知らない、そして全体主義国家・日本の軍隊像しか知らない僕が知っている戦争に機転や洒落などない。頭で想像を行き渡らせることと、実際にその状況下に身を置いている人間との彼我の差を、ここでもまたまざまざと思い知らされる。
 キャパに限らずとにかくみんなよく飲むし、女が好きでしょうがないという雰囲気が至るところで読み取れる。戦時中の手記なのにそんなことが読み取れるのだ。歴史モノがあまり好きではない僕はそんなに戦争を取り上げた本を読んだことはないけど、それにしても日本の戦争モノでこんなことが読み取れた本なんてなかった。戦争の悲惨・非道を伝えることはもちろん大事だが、一面的に過ぎることの恐さは忘れてしまうのだろうか?
 ほんとにキャパが人間くさくて撮ることに夢中で魅力的な男だというのが凄まじく伝わってくる。敵国籍でありながらカメラマンとして帯同していく、酷く困難な道程にしか思えないのに、キャパはその都度その都度現場で出会った人とコミュニケーション(しかも彼は英語を満足に話せる訳ではない!)し味方につけて、どんどん前に進んでいく。今の自分は何かにつけ便利な世の中に住んでいるのに、なんて逃げ腰に生きているのだろうと深く反省し、とにかく対話で前に進めるんだという気持ちを起こさせてくれる。
 戦争中の話ということで興味が沸き難いかも知れないけれど、この文春文庫以外にも新訳が出ているそうだし、読みやすくなっていると思うので是非読んでもらいたい一冊。

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『マクルーハン』(Written by W.Terrence Gordon Illustrated By Susan Willmarth/ちくま学芸文庫)

マクルーハン
W.テレンス ゴードン W.Terrence Gordon 宮澤 淳一

筑摩書房 2001-12
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 マスコミとか広告業界とかの人とか目指す人とかは、マクルーハンは必ず通るものだと思ってました。そうでもないんですか今時は?ケインズを知らない経済学生がいるようなもんですか?
 マクルーハンはメディアが人間の思考に与える影響を論じた学者だと思っていたが、まず何よりも彼のメディアの「定義」そのものに新しさがあった。以前からあった常識的・固定観念的な定義に対して、それをもとからなかったように扱えるほどの衝撃があったという意味で「再定義」とも言われる。そんな彼の定義とは、あらゆる「拡張」すべてがメディアだ、というものだ。服は皮膚の「拡張」、自動車は足の「拡張」。こうして拡張したメディアを更に拡張するメディアという関係と、何者も基盤としない単独のメディアという切り口が見えてくる。
 マクルーハンの書物をまともに読むのはとても時間が足りないし(ましてしがないサラリーマンの身じゃあ!)、さりとてありきたりな解説書ではマクルーハンが目指したカラーに触れられないし、そこへ持ってきて本書はマクルーハンっぽいカラーで作られた解説書としていい出来だと思う。「なんでも多面的に見よう」というマクルーハンの姿勢と主張はよく理解できるけど、やっぱり解説書だからかそれともマクルーハンの主張がそこまでなのか、多面的に見たからといってその先に希望があるのかないのか、なくて当たり前なのかが見えてこない。見えてこないことは構わないけど、なんとなく徒労感が残るのはなぜ?

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『ジェニィ』(Paul Gallico/新潮文庫)

ジェニィ
ポール・ギャリコ

新潮社 1979-07
売り上げランキング : 29,454

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 「すてきな大人の童話」というコピーに釣られてしまったことを読んでるときは後悔してしまった。ロンドンでそこそこ恵まれた家庭に育っていたピーター少年が事故を境に突然真っ白な猫になり、利発で優しい雌猫ジェニィと出会い、猫世界で冒険を繰り広げる話。
 460ページ近い厚みがありながら、数ページでもういきなりピーター少年は猫に変身。ここから先が当然、長い長い。「猫好きの著者」というだけあって、「へー猫ってこういう動作をするんだーそう言われればそうだなー」というような詳細な描写が確かに随所に出てくるものの、「xxした。というのはooだからであって...」といった逐一進んでは振り返る倒置強調の多様(というか強調はそれしかないくらい!)や、平易な言葉だけで重ねていく状況・心情描写、どれをとっても1950年代のスピード感。まだるっこしくってしょうがない(もっとも倒置もそうだけど、これは訳者の問題も多分にあるかも)。
 猫の世界になじんでいく少年の姿は、どんな苦難や環境の変化にも怯まずに対応していこうというメッセージと受け止められるけど、読み終わってしばらくして、もっと単純にあることに気づいた。
 それは、こういう調子の本のほうが、場面場面がくっきり記憶に残っていて、読後もピーターの活劇のさまざまな場面が浮かび上がってくるということだ。現代小説でおもしろいと言われるものは、スピード感あふれる文体と、読むものを飽きさせない新鮮な語彙を豊富に駆使して描かれている。けれどもその結果、読者がその物語に費やす時間は、その物語を読んでるときだけ。古い時代の小説は、物語が進むスピードは遅いが、その物語の情景は読後も長く長く残る。そう思うのは、僕が歳を取っただけのこと? やっぱり今時の子供たちは、今時の小説を読んで年老いても思い返すのだろうか?

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『白い犬とワルツを』(Terry Kay/新潮文庫)

白い犬とワルツを
テリー ケイ Terry Kay 兼武 進

新潮社 1998-02
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 確かに爽やかだと思う。誠実な老人が最期まで背筋を正して生きていく姿は、世間や世界がどうあれなるべく誠実に生きていこうという気概を持たせてくれる。しかしやはり僕にはこの物語も、死を目前に控えたときの、気持ちの持ちようを知るための手立てだった。それが一番大きなテーマだった。
 サムのように、誠実で、気骨を持ち、包容力と寛容を持ち合わせるように努めれば、癌で余生一年と知ったとしても、あんなに毅然とそして従容と死を受け入れることができるのだろうか?彼の資質に程遠い僕が、長い年月をかけて彼の資質に仮に近づけたとしても、あんなふうに落ち着いた佇まいで死を迎えゆくことはできそうにない。これから癌による苦痛が日毎増えていき、モルヒネで抑えるしかないと判っていて、その苦痛に怯えないだけの精神力が僕に備わるとは到底思えない。
 白い犬の正体は、作者がこれ以上ないさじ加減でぼかしているこの小説の主題だが、正体はともかく、この白い犬が思い起こさせる何かが、死を正面から見据えても怯まない精神力を与えてくれる何かなんだろう。「それをある人は神と呼んだり、ある人は仏と呼んだり、、、」と何かを何かのままにするための記述方法はいくつもある。でも大事なのは「何か」を感じ取れることであって、「何か」の正体を明らかにすることではない。感じ取れさえすれば、正体はわからなくってもいいんだ。作者はそのために、必要以上とも思える登場人物やサブストーリーを巧みに駆使してぼかしているようにも思える。

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.『渋谷系ネットビジネスの「正体!」を見た。』(宝島社)

渋谷系ネットビジネスの「正体!」を見た。―彼らの"ビット"な経営術って?

宝島社 2000-11
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 渋谷マークシティに本社があるIT企業に勤めていながら、恥ずかしいことに今渋谷がこんなことになっているとはつゆほども知りませんでした。丸ノ内等の旧来のオフィス街のビルでは、電源が大量のコンピュータを使うIT企業に耐えられないので、賃料の相対的安さとあわせて渋谷が注目されてる、くらいのことしか知りませんでした。最近では、データセンター等の流れでまた逆流が始まってるということくらいしか。
 この本ほど先行者利益を教えてくれる本はちょっとないでしょう。今、ネットビジネス業界を賑わせている企業の母体は、ほとんどが日本におけるコンピュータ黎明から関わっている人々にある。今更、そこに追いつくことなんてできない。だから、金が動くのだ。乗っ取り。買収。時間の制約を乗り越えるために、金が動く。いみじくも、コンピュータとは作業時間の圧倒的短縮装置だ。
  IT業界は、できなかったことができるようになる業界だから、チャンスはたくさんあります。金は、不可能が可能になるところに惜しみなく注がれる訳ですから。それはビジネスとしてはまっとうだし、なんの問題もないように見えます。しかし実際問題、そのチャンスめがけて大勢の人間が集まると、途端に単純なそのルールは狂い始めます。不可能が可能になる価値以上に、儲けようとする人たちももちろん現れる訳です。それ以上に短時間で儲けようとする人たちが。そういう悲喜こもごもを、IT業界に所属する人間としては、否応なく読み取ることが出来た本です。

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『藪の中』(芥川龍之介/新潮文庫『地獄変・偸盗』に所有)

地獄変・偸盗
芥川 龍之介

新潮社 1968-11
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 読書が多少なりとも人生観とやらを育てる手助けをしてくれるものなら、僕にとって『藪の中』は人生観を決定づけた小説のひとつに違いない。
 自由を奪った夫の目前でその妻を強姦する盗人、夫の目前で犯された妻、そして目前で妻を手篭めにされ殺される夫、たった一つのはずの事件が、それぞれの視点で語られる。事実は確かにあるはずなのに、当たり前のように食い違う。
 事実は、人によって違う。人それぞれの考え方感じ方の分だけ、事実がある。自分の都合のいいように歪めた記憶が事実。いくらでも絶望的な結論を読み取ることはできる。そうやって、深くまで読み込んだ気になっていたのが、高校生の頃だった。
  何時の間にか、簡単には誰かを咎めることはできないくらい、大小取り混ぜた過ちを犯してきた。馴れ合いを身に付けた訳じゃない。もう少し、人の気持ちを、例えばふられたくらいでベロンベロンに飲んだり、その想いに堪えきれないが故に恨んでしまったり、そういうのを判ってゆけるように。人生観は変わってゆくし、たまに広がりも見せる。苦しいながらも、前を向いてみようという題材になる小説だ、今の僕にとっては。

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