2017/01/02

『外資系経営人材開発コンサルが教える 役員になる課長の仕事力 グローバル時代に備える思考術・行動術』/綱島 邦夫

4820719327 外資系経営人材開発コンサルが教える 役員になる課長の仕事力 グローバル時代に備える思考術・行動術
綱島 邦夫
日本能率協会マネジメントセンター  2015-08-29

by G-Tools

 本著を探し出すに至った経緯はけして昇進の野心によるものではなく、むしろほぼその機会が永久に失われたという現実を受け入れられたので、その世界の一般常識としてどういう事柄が昇進に必要とされていたのか、というのを知ろうと思ったからだった。
 自分にとっての最大のポイントは「組織マネジメント力」だった。自分が敢えて「組織マネジメント力」から距離を置いていたことがよくわかった。逆に、本著で「組織マネジメント力」がどういう要素に分解でき、それを伸ばすためにどういった行動が必要かということも理解できた。現状の自分にその活用を当てはめた場合の課題は、やはり制約が大きすぎて、組織編制に関しては何もできないというところと、数値主義に傾き過ぎていて能力を伸ばすというカルチャーを醸成すること自体がチャレンジということだろう。
 PDCAとPOIMの違いは常に意識することになると思うし、ステージや舞台が変わったとしても頭の中にいつも入れておこうと思う。

続きを読む "『外資系経営人材開発コンサルが教える 役員になる課長の仕事力 グローバル時代に備える思考術・行動術』/綱島 邦夫"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/11/04

『偶然の科学』/ダンカン・ワッツ

4152092718 偶然の科学
ダンカン・ワッツ Duncan J. Watts
早川書房  2012-01-25

by G-Tools

経営戦略全史』の終盤に出てきて気になったので。気になったポイントは「過去から学ばない」「結果だけで見ない」という論旨と、『偶然の科学』というタイトル。『偶然の科学』というタイトルからは『偶然とは何か』のような内容を想像したけれど、偶然そのものを科学するというよりも、社会学において事象はほぼ偶然なんだよ、という意味に取れた。だから、「過去から学ばない」「結果だけで見ない」。人間は現在の事象について、過去からの因果関係で、それが必然だとして説明したがるけれども、物理学などと違い、一度きりしか起こらない社会現象について、それが過去の出来事群からの因果と証明することはできないし、多様な出来事のすべてを考慮することもできない、だから、起きたことはすべて「偶然」であり、「過去から学ばない」のが最善の戦略であると述べる。

これは「計画」を捨て去るという点で、今までの自分の生き方を大きく転換しなければならず、少なくない心理的抵抗がある。計画性はこれまで人間性の重要な一要素と信じて疑わなかったところ、「柔軟性」の元に、当初計画をどんどん変更していくのが最善なのだ、ということだから。これは頭では判っていても、「とにかくやってみりゃいい」式の「いい加減さ」を受け入れがたい人間にとってはかなりハードルの高い転換。不確実性の名の下に朝令暮改を繰り返すことを是とした風潮を思い出す。

ここで必要になるのも、やはり「何のためにそのスタンスを取るのか」という目的意識であり倫理観であり道徳観だ。なぜ、細かい軌道修正を繰り返すのか?その答えの先に、受け入れられる土壌がある。

続きを読む "『偶然の科学』/ダンカン・ワッツ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/01/25

『つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』/ダナ・ボイド

つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの
つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの ダナ・ボイド 野中モモ

草思社  2014-10-09
売り上げランキング : 22189


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ティーンが、親が肩越しにSNSをしている画面を覗くことに対して不快感を示すという至って当たり前、だけど何でもかんでも法律やルールがなければ「できることはやっても問題ない」という世の中にあって、「この問題は技術的なアクセス状況がどうあれ、むしろ社会的行動規範とエチケットの問題」と明快に言葉で表現された箇所に少なからず感動した。できるからと言ってやるかどうかは、人間性を左右する。日本では、よくわからない因習やしきたりに悩まされた世代が、それらを一気に打ち破った時代と、アメリカ社会の特徴の一部である訴訟主義・ルール偏重が入り込んで、「できることはやっても問題ない」という風潮が蔓延したけれど、だからと言ってそれをやるかどうかは「社会的行動規範とエチケットの問題」なのだ。ここで気を付けないといけないのは、この「社会的行動規範とエチケット」を、時計の針を逆戻りさせ、旧式の権威主義を復活させる口上にしてはいけないということだ。新しい社会的行動規範とエチケットを志向するものでないといけない。

それにしても、至る所で「コンテクスト」ー文脈が登場することに驚きを禁じ得ない。そして、アメリカにおいて文脈に注目が集まる理由の一つが、本著では人種や格差として登場する。同質であることはレジリエンスにとっては有利だけれど、その分どうしても「文脈」が増えてしまう。日本はハイコンテクストと言われたが、アメリカもハイコンテクストに近づいている。

続きを読む "『つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』/ダナ・ボイド"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/09/23

『世界のエリートはなぜ、この基本を大事にするのか?』/戸塚隆将

4023312215 世界のエリートはなぜ、「この基本」を大事にするのか?
戸塚隆将 208
朝日新聞出版  2013-08-07

by G-Tools

「基本を大事にする」というのが大好きな性分なので、ちょっと俗っぽいタイトルに引っかかりながらも読んでみました。「これだけやれば10kg痩せる」とか「10日聞くだけでペラペラに!」とか、一撃必殺系が大嫌いで、「エリート」とかタイトルにつくタイプの本はそういうケースが多いだけに、「なぜ、この基本を大事にするのか?」というタイトルには大いに惹かれました。

内容は期待通りで、本当に「エリートが実践している基本」ということではなく、一般的に社会人になって働いている人なら誰でもわかっているであろう「基本」、その内容と重要性が丁寧に纏められているものです。「基本」を常に確実に実行できる人が、成果を出すことができるということを論理的に納得させられる内容です。「基本」を蔑ろにしてしまいがちな毎日を送る自分にとって、非常にありがたい戒めの書になりました。

ひとつ印象に残ったのはp85「シャツの首元が擦り切れているゴールドマンのアメリカ人シニアパートナーを目にしたことがあります」というところ。

「しかし、決して汚らしく、みすぼらしい擦り切れ方ではありませんでした。モノを大切にしている様子が窺えました。彼の身に着けている時計も地味で機能性を重視したものでした。清潔感という共通点を除き、服装や持ち物へのこだわりは、人それぞれと言えるようです」

これは辿り着きたい境地だなあと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/07/05

『「外食の裏側」を見抜くプロの全スキル、教えます。』/河岸宏和

B00KA25GVG 「外食の裏側」を見抜くプロの全スキル、教えます。
河岸 宏和
東洋経済新報社  2014-05-22

by G-Tools

食品業界関係者の中で「食品業界を知り尽くした男」と言われる著者による、良い外食・悪い外食の見分け方スキル。外食は儲けに走りすぎていておいしいものを出すという基本が失われている、というのが著者の主張で、全体を通じたメッセージは「料理に何を使っているのか、きちんと表示されていないことが問題」というもの。スーパーなど店頭での販売では食品の成分について表示が義務付けられているけれど、外食には義務付けられていない。外食のニーズは様々なので、もちろん「安く食べられればそれでいい」というニーズもあるだろうしそれに応える店があってもいい、だけどその店で何が提供されているかが表示されていなければ正しい選択が消費者はできない。これは何の異論もないと思う。

この本を読んで思い出したのは日経ビジネス2014/3/24号の「食卓ルネサンス」という記事。一言で纏めていうと、「もはや家庭で食事をつくるなんてナンセンスだ」という主張に貫かれていたと思う。老夫婦二人暮らしでどちらかが食事をつくる負担を背負ってまでつくる食事よりも安価で美味しいものが食べられるようになった、だから家庭で食事をつくるなんてナンセンスだ、老夫婦に限らず、あらゆる世代・世帯でこうした食サービスを利用することで、食事の準備をする時間からも開放されより生活が豊かになる、という主張。

日経ビジネスで紹介されていた安価な食サービス群が、『外食の裏側』で紹介されているような「コスト削減」手法を使っているサービスかどうかは分からないけれど、『外食の裏側』の主義主張である、「ちゃんとした手間をかけた、作りたての料理はおいしいものだ」に照らすと、どうしても「食卓ルネサンス」の主義主張に頷くことができない。私も『外食の裏側』と同じで、外食やコンビニの食事や出来合いの惣菜での食事を全く否定しない。けれど、効率とか時間の無さとかを理由にして、「食事をつくる」ということをカットする暮らしが幸せなものにつながるとは生理的に直感的にどうしてもそうは思えない。ここは、利用方法に節度が求められる重大なポイントだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014/04/13

『1971年 市場化とネット化の起源』/土谷英夫

1971年
1971年 土谷 英夫

エヌティティ出版  2014-01-17
売り上げランキング : 18935


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

変動相場制への移行を導いたニクソン・ショックと、インテルの世界初マイクロプロセッサ発売の1971年。著者はこの2つの出来事を現代に至るエポック・メイキングとして、1971年を「市場化とネット化の起源」とする。IT業界に身をおいているのに恥ずかしながらマイクロプロセッサが世に登場したのが1971年と知らず、ニクソン・ショックと同じ年にマイクロプロセッサが登場していたんだという事実に少々感動してしまいました。確かにこの2つの出来事が、(良し悪しは関係なく)現代の世界のかなりの部分のベースであることは否定できないので、「起源」という著者の表現は彗眼と思います。

著者は成長のない経済は成立しないという趣旨で話を展開していると思います。また、その反証として「オキュパイ・ウォールストリート」もいつの間にか下火になったという現実を冷徹に記載しています。それと、ハイエクの「合理的な経済を実現する統合的な一つの知は存在しない」ので、多様な不完全な知の集合が全体として合理性に近づく、という趣旨を最後に展開するのですが、IT業界に身を置く私としては、1971年のマイクロプロセッサ登場とともに始まり、何度も何度も「全能」を唄いながらキャパシティ不足や処理能力不足で不完全なもので終わってきたデータ分析が、昨今、いよいよビッグデータという言葉とともに(少なくとも市場(マーケット)的には)完成形を迎えつつあるように見えるなかで、「多様性」は今後も求められるのか?その辺りが次のエポックと考えて、読むテーマを意識していかなければいけないのかなと考えています。

続きを読む "『1971年 市場化とネット化の起源』/土谷英夫"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/02/26

『小さなチーム、大きな仕事 完全版』/ジェイソン・フリード デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン

415209267X 小さなチーム、大きな仕事〔完全版〕: 37シグナルズ成功の法則
ジェイソン・フリード デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン 黒沢 健二
早川書房  2012-01-11


by G-Tools

  「完全版」の出版予定があるのを知って、知ったその日にamazonで予約をして、読める日を心待ちにしてた。昨日、やっと読めた。これは素晴らしい本だ。掛け値なしに素晴らしい。実行するのがとんでもなく難しいことは何も書かれていない。インターネットが「普通の」存在になったことで、小さなチームで大きな仕事がほんとうにできるようになったんだということに納得できる内容で、それはテクノロジーに精通していなければいけないということではなく、普段の仕事の進め方如何だということを分からせてくれる。例えばこの一文:

「仕事依存症患者は、ほどよい時間しか働いていないという理由で、遅くまで居残らない人たちを能力に欠けているとみなす。これは罪悪感と士気の低下 をはびこらせる。さらには実際には生産的でないのに、義務感から遅くまで居残るような「座っていればいい」というメンダリティを生み出してしまう」

 まるで日本の悪しき習慣について書かれているようだが、本著は紛れもなくアメリカで書かれたものだ。こういうことは、日本だけで起きてるのではなくて、世界のどこでも起きるのだ。合理主義が徹底されていると言われ、能力主義で給料が決まると言われ、残業なんか誰がするのかと言われているようなアメリカですら、起きるのだ。

 そしてこうしたことは、外資系でも起きている。僕たち日本社会において生産性向上の足を引っ張っているのは実は「和」の精神だ。これは何も、小異を、マイノリティを切り捨てろ、と言っているのではない。いちいち仲の良さを確認しなければ仕事ができないメンタリティの問題なのだ。

続きを読む "『小さなチーム、大きな仕事 完全版』/ジェイソン・フリード デイヴィッド・ハイネマイヤー・ハンソン"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/02/04

『アルビン・トフラー「生産消費者」の時代』/アルビン・トフラー 田中直毅

4140812184 アルビン・トフラー―「生産消費者」の時代 (NHK未来への提言)
アルビン トフラー 田中 直毅 Alvin Toffler
日本放送出版協会  2007-07

by G-Tools

 一方でより安いものを、より安くていいものを、効率的な運営を、と要求を叫びながら、一方でより多くの賃金を、より多くの雇用を、より多くの有給休暇を、という要求も叫ぶ、この現状に違和感を感じ続けて数年が経つ。モノが安くなるということは、単純に言って誰かの給料が安くなるか、誰かの仕事がなくなるか、どちらかによって成立しているはずだ。どうして、自分の立場だけが、高い給料をもらい続けられて、モノをより安く買えることを実現できると思いこめているのだろう?僕はこの答えは、個人から、生産者と消費者が分離してしまったからだと思っている。社会が工業化したときの、労働者は自分のところで作っている製品が買えないというようなパラドックスはよく言われるけれど、それでも労働者はまだ生産者でありかつ消費者であったと思う。現代は、その役割が個人の中で完全に分離されてしまっている。生産と消費は循環運動でなければならないのに、個人の中ではその循環を断ち切らされてしまっている。だから、消費者として、生産者として、全く矛盾する要求を同時並行で掲げることができ、循環を断ち切られているが故に結局状況を悪化させることになっているとは気づけない。

 そんなふうに思っているので、アルビン・トフラーの言葉である「生産消費者」というのがどうもしっくりきてなくて、理解するために本書を選んだ。『富の未来』では、「産業の経済」と「知識の経済」の対立が紐解かれているが、「食うに困らない」ことが既に所与で前提の社会になっているという考え方に問題意識を持っていて躊躇いがあるものの、「生産消費者」というのが大枠では「D.I.Y.」を志向する人ということは理解できた。「金銭を使わずに、無償の労働を行い」、その結果のアウトプットが「生み出された富」という考え方。

 自分たちで行うことでの満足感が金銭に取って変わるというのは、あまりにもナイーヴな考え方に感じるけれど、自分たちで行うという姿勢が主流になっていくというのは、圧倒的な情報量の社会で起こる現象としてとても納得できる。そしてこれは、工業化が究極に達しようとする社会で見られるようになった、「何事も専門家に任せればよい」という、徹底した「分業化」による効率性の追求から人間性を取り戻す確かな理論でもあると思う。
 一方で、出来る限りすべてを消費者である自分たちが自分たち自身で行わなければならない社会というのは、相当に自己責任を負う社会ということでもあり、相当に厳しい社会でもある。そしてある種の回帰でもある。工業化前の時代の働き方に回帰する面が存在するが、果たしてそんなにうまくいくのだろうか? 

続きを読む "『アルビン・トフラー「生産消費者」の時代』/アルビン・トフラー 田中直毅"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/12/31

『いま、働くということ』/橘木俊詔

4623061094 いま、働くということ
橘木 俊詔
ミネルヴァ書房  2011-09-01


by G-Tools

 先日、『日本人はどのように仕事をしてきたか』を読んだのですが、あちらが日本人の仕事の歴史を、戦中あたりから、主に経営における人事管理の視線を中心にまとまっていたのに対して、本著は正に「いま」、現代の仕事の捉え方・意義・価値観といったものを、古今東西の哲学、あるいは仕事に対置させうる「余暇」や「無職」の分析によってより深く理解する本です。この2冊を併せて読んだのはちょうど良かったと思います。どちらも非常に簡明な文章で、仕事を考えるための基礎知識を纏めて把握するのに役立ちます。

 印象に残ったこと、考える課題となったことを3点:

  • 「仏教的労働観」の「知識」の説明に感動。「知識」は「情報」ではないのだ。ソーシャルとかコラボレーションとかコワークとかなんだかんだいろいろな新しくて手垢のついていない呼び名で、その自分たちの活動の理想性を表して、他の何かと線を引こうと躍起になっている様をしょっちゅう目にするけれど、僕は今後、「知識」という言葉を自分の行動に活用していこうと思う。
  • 日本人はどのように仕事をしてきたか』でも学んだことで、「勤労」の価値観というのは、その時代の経済のカタチ(日本で言えば高度経済成長)に最も効果のある価値観だから、是とされただけで、普遍的根源的な価値がある訳ではない。資本主義の発展のために、キリスト教が有効に作用した歴史を認識する。同じように、今の日本では「やりたいことをやる」のがいちばんという価値観が広がりつつあるが、この価値観はどんな経済のカタチにとって都合がいいから広がっているのかを考えてみる。
  • 僕がフェミニズムをどうにも好きになれないのは、それが問題の原因を常に「外部」に求めるスタンスだからだ。

続きを読む "『いま、働くということ』/橘木俊詔"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/10/01

『行動主義-レム・コールハースドキュメント』/瀧口範子

行動主義―レム・コールハースドキュメント
行動主義―レム・コールハースドキュメント 瀧口 範子

TOTO出版  2004-03-15
売り上げランキング : 106224


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 レム・コールハースは、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト+ホウ・ハンルゥ というサイトで偶然知った。ハンス・ウルリッヒ・オブリストもホウ・ハンルゥも知らなくて、このサイトを知ったところから本当に偶然。このサイトを見るきっかけになったのは日経朝刊最終面に、森美術館で開催中の「メタボリズムの未来都市展」と関連づけて、メタボリズムが取り上げられていて、「メタボリズムとはなんだろう」と検索してみたところから始まった。そこでレム・コールハースを知り、レム・コールハースが『プロジェクト・ジャパン』という本を出すということを知り、そうしてこの本に辿り着いた。

 レム・コールハースは、こういった風に書籍に取り上げられる他の著名人と同じで、天才であり超人だ。だから、このタイプの書籍を読むときにはいつも「鵜呑みにしてはいけない。自分の頭で考えて取りこむように」と意識している。それでも、レム・コールハースのスタイルには惹きつけられ、鼓舞されるようなところがある。

 最も印象に残っているのは、「コールハースの仕事ぶりについて、彼をいくらかでも知っている人に尋ねると、「レムは編集者だ」という言葉がよく返ってくる」というくだり。「編集とは何か?」というのは、今年ずっと付きまとっている命題なんだけど、ここでは、コールハースの建築家としての活動の、世界と世界の"変化"を受け止め掘り下げその社会的な問題に深く関与していくというスタンスとイメージが重なりあう。コールハースはプラダ・プロジェクトに携わることで商業主義に堕落したという批判を受けるが、現代世界にショッピングが大きなウェイトを占めていることから目を逸らしても意味がない、という。

 同様に、世界は常に変化を続け、好むと好まざるに関わらず、というよりも、ほとんどの人は変化を好み、その結果、今年は去年と、来年は今年と異なる洋服を纏いたいと思うものだ。そういった「欲望」からの変化への圧力と、世界が複雑になったが故に変化しなければならないという「必然性」からの変化への圧力によって、世界だけではなく個人も常に変化の圧力にさらされる。このような世界では、「未来永劫維持できる」建築や品物を創ることは到底不可能なのだ。住居ですら、一生モノではない世界なのだ。その住居の内部に存在させる品々を一生モノにしたところで、何の意味があるというのか?一生モノを謳える製品は確かにそれだけの耐久性とクオリティを保有しているかもしれない。しかし、もはや「一生モノ」を一生保有し続けることなど、「欲望」と「必然性」のどちらの観点からも能わない世の中で、「一生モノを保有すること・選択すること」に優越性を覚えさせるような価値観を流布することは、どちらかと言えば犯罪的だろう。不必要となる時間分の、余剰の金額を払わせてそれを自らの利潤としているのだ。

 変化は受け入れるべきなのだ。変化が存在する以上、一生モノを選ぶモノと選ばないモノの、選ぶときと選ばないときの、その「選択の自由」を尊ぶような価値観でなければ現代には存在する意味がない。これが、僕がコールハースによって自信を与えられた僕の考えだ。そうして僕の興味はここから民藝活動にジャンプする。それはこの一節からだ。

 ”あえて何が僕の本当の審美感かというと、アルテ・ポーベラ(貧しい芸術)が最も深く僕をかたどっている。そのために用意されたのではないオブジェ、日常的でないものの美しさ、ランダムさ。現在の文明には、多くのランダムさと分裂が起こっている。その分裂を見出して美しさに転換すると、妥当なオブジェが生まれる。”

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/08/21

『歴史のなかに見る親鸞』/平雅行

4831860611 歴史のなかに見る親鸞
平 雅行
法藏館  2011-04

by G-Tools

奈良県立図書情報館の乾さんのオススメで読みました。親鸞については通り一遍のことはもちろん知っていて、「行き着くところまで行き着いた」形の思想として「悪人正機」を捉えていたのですが、「悪人正機」が親鸞のものだとする定説がそもそも誤りでありなおかつ大変な問題を孕んだ誤りであること、そして、親鸞の「行き着くところまで行き着いた」思想は、「自然法爾消息」に、「義なきを義とする、その義すら放棄せよ」とある、その思想の到達に涙。「義なきを義とする、その義すら放棄せよ」は、言葉としては誰でも言える。誰でも書ける。だけど、その言葉にどのように到達したかが、その言葉の「生」となる。同じ言葉でも、同じ音を持って響いても、「誰」が「どのように到達したか」で全く別の言葉になる。僕たちがそれを黙読しても声に出して読んでも、親鸞の思想には届かない。そしてこの「絶対他力」を、「思想の発展と見るか、それとも挫折と考えるか」、それは読者にゆだねましょう、という著者のスタンスが、最も親鸞の到達点を深く理解している言葉だと思う。

その他、親鸞を現在の親鸞の地位に押し上げたのは覚如であるが、その著作『親鸞伝絵』は教団としての成功を意図して作為的に作り上げられた話を含むという指摘が、戦略性の重要性と、成功のために本質さえもすり替えることが古くから存在するということに興味。 

この本については書いても書いても書き足りない気がするので、都度都度、引用文とともにエントリを書きたそうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/01/03

『経済ってそういうことだったのか会議』/佐藤雅彦 竹中平蔵

4532191424 経済ってそういうことだったのか会議 (日経ビジネス人文庫)
佐藤 雅彦 竹中 平蔵
日本経済新聞社  2002-09

by G-Tools

佐藤雅彦氏が意外にも?普通の人が「聞きたくても聞けない」ようなとても基本的で根本的な経済に関する疑問を、竹中平蔵氏にぶつける対談集。だいたいのことろは理解できているような内容でも、それを肌感覚で実感させてくれるいい本だと思います。

ここしばらく「自分の仕事を考える3日間」にあわせて、「仕事」に関する視点で読んでいるので、本書もその視点で読んだ部分もあった。その問題意識で読むと、「雇用」に興味の中心が来る。これまで読んできた「自分の仕事を考える3日間」に関する本の趣旨は、多くが「やりたい仕事を、やりたいように、納得できるようにやるためには、少人数のチームが適している」という結論を導いている。組織が大きくなれば維持費用も高額になるし、意思決定のために大きな時間と労力を使う、等々、大きな組織には「いい仕事」をするための弊害が多い、という。

しかし本書を読むと、起業の最も評価される点は「雇用の創出」ではないかなと思う。自分の雇用は自分で作ればいい=起業ということになるかもしれないが、もちろん誰しも起業に向くわけではないので、被雇用者として生きる道を取らざるを得ない人も出てくる。そうなると、より多くの雇用を創出できる企業が、最も評価される企業ではないのか?という疑問が出てくる。そもそも、なぜ分業制を引くのかと言えば、分業することでより大きなアウトプットを残せるからだ。より大きな規模の仕事を成そうとすると、分業制は必須になる。分業制を引くことによって、雇用を創出することができる。起業することで自分の雇用は自分で確保しろというのが21世紀の日本の姿として妥当なのかどうかは、まだわからない。

Check

p54「みんな居心地がいいようにだけして、会社そのものが利益を上げる革新の力を弱めてしまった」
p56「「わが社」っていう意識なんですよ」
p60「実はアメリカで、その中でもデラウェア州の影響」
p63「ブリッシュかベアリッシュか」
p74「(増資とは)資本金を増やすこと」
p98「民主主義の社会において、複雑な制度は悪い制度」
p102「98年に経済が悪くなってきて、政府は景気刺激のためにさらに所得税減税をやりたくなった。ところが税金を払ってない人には減税のしようがない。だからこの前の地域振興券というのは商品券減税になるんです」
p114「オーストラリアの肉のほうがアメリカよりずいぶん安いから」
p125「ロバート・ライシュ」「フー・イズ・アス?」
p131「連邦主義、フェデラリズム」
p140「限界革命」
p160「大量生産・大量消費というのがアメリカですが、大量廃棄は日本の減少」
p186「最初にドルのばらまきをやった」
p188「どっかのODAなんかクルマに化けてて、官僚が使ってたとか言われると、ガッカリしちゃう」
p201「経常収支の赤字は通過引下げ圧力」
p208「タイは・・・よく言えばすごく自由。悪く言うとすごく無節操」
p214「ハンチントンの『文明の衝突』」
p253「住宅投資というのはGDPの7%ぐらい」
p270「アクアライン・・・は半分トンネルで半分橋という妙なつくりになってますけど、あれはセメント会社と鉄鋼会社が半分ずつお金を出したからだ」
p279「いくら有益なことでも知識のように目に見えないものならば、それを取得することは消費」
p284「えっ。起業したって」
p293「電通の「アドバタイジング」」
p300「この(ジレットの)会長にはビジネスの取捨選択には四つの基準」
p304「たとえばNECなんか、昔は要するに電電公社の御用達メーカー」
p305「かつての優良な利益をもたらす商品が、そうでなくなってくる」
p306「一般の人には、10対10の会社に見えてしまう」
p309「マハティールがクリントンを名指しで、いちゃもん付けてました」
p319「カスタマーズ・サティスファクション」
p319「寺田千代乃さんが作ったアート引越センター」
p323「企業とエグジットストラテジー」
p355「シュンペーター」「経済の実感を持ってる人に非常に受け入れられる」
p355「どの仕事にもたくさんの課題があるように、広告も一つのCMを作るのにいくつもの問題を抱えます」
p362「oikosは小さい共同体」
p367「金融システムはその典型」
p371「コンペティティブとコンピタント」
p394「地元もマクドナルドが来ることを望んでいてね」
p397「新しいものをどんどん欲しがっていて、でもなくしたものに対して、あれもあったらいいのにと思っている」
p400「もっと、あざとく言えば、マックの戦略に乗せられる人と戦略を作る人の二つ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/10/25

『「悪」と戦う」/高橋源一郎

4309019803 「悪」と戦う
高橋 源一郎
河出書房新社  2010-05-17

by G-Tools

なんて可愛くないと言い切られるミアちゃんが登場し、ミアちゃんのお母さんが”私は「悪」と戦っているのです!”と言い、そして大声で”わ!””た!””し!””は!””ミ!””ア!””を!””あ!””い!””し!””て!””る!”と叫ぶところまではわくわくしながら一気に読み進めた。そこから、ランちゃん(男の子)が「悪」と戦う夢とも現実ともつかない複数の戦いの話は、予想の範囲内というかなんというか。「何が”悪”なのか」を申し渡すことは自分以外の誰にもできない。だから自分の頭で考え抜いて生きていくしかない。そういう”説教の結論”じみたカンジは微塵もないけれど、だからと言って大人向けかと言われると違う気もするし、でも「使用済みのコンドームが」とかいう表現があるから、児童向けとはとても言えない。

僕はどうしても「言葉」「言語」に関するところで興味が膨らむので、「悪」と「言葉」がもうちょっと引っ張られてたら、頭の中をかき回されるような快感にもうちょっと長く浸れたのかな?この本を読みながら頭の中で歌っていたのはもちろんイエモンの『JAM』:

”あの偉い発明家も 凶悪な犯罪者も
みんな昔子供だってね”
(『JAM』/THE YELLOW MONKEY)

「あ、これで十分じゃん」なんて言うほど、僕ももう子どもではありません。

p33「キイちゃんにいうみたいに、パパにもいって」
p105「下駄をはかせてもらった」
p111「ヴァルネラビリティ」
p112「じゃあ、みんな、『隙間』に落っこちたって、気づいてないんだ」
p176「シロクマが立っていた」
p199「(ランちゃん、あなたの仕事をするのよ!それが、どんな仕事だとしても。イッツ・ショー・タイム!)」
p279「わすれものって・・・いみわかんない・・・ぱぱ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/01/21

『GIRL』/タマキ・ジュリアン

4861139341 GIRL(ガール)
ジュリアン タマキ
サンクチュアリパブリッシング  2009-08

by G-Tools

日系女子高生スキムの16歳の日々。

この絵にピンときた人、もしくは、もしかしてこの読書百”篇”を見て、本の趣味が似てる、と思った人がいたら、絶対に読んでみてほしいくらい、オススメ。

「神は細部に宿る」ということを鮮烈に思い出させてくれた。青春真っ只中の感性と感情は、ディティールに凝らないと絶対に蘇ってこないとわかっているけれど、日々、以下にディティールを切り捨ててマスで見るようにサマリーするようにと求められる社会人生活を送ってると、毎日がほとんど同じだと思い込んでしまってて、何かの力を借りないとディティールを大切にできなくなってしまう。その「力」をものすごく秘めてた。

主人公は外国で女子高に通う日系人のスキム、彼女が日系人だからという独特のものがこの話の中にどれだけあるのかは正直僕にはよくわからない。ほとんどが16歳の女の子の世界特有のもののように思えるし、その中にもしかしたら日系人特有のものがあるのかも知れない。反対に、この話の舞台が日本でも全然違和感ないから、なんとなく日本特有の出来事と思ってるようなことが、意外と世界どこでもそうなんだ、と思えることのほうが大きいのかも知れない。

だから、いじめとか、同性愛とか、自殺とか、そういった出来事のいっこいっこに、ややこしくて濃密に共感するんだけど、僕がいちばん引き込まれたのは「疎外感」。アジア人だからとか、いじめのテーマに通じるところとか、青春時代特有の「自分は特別」感とか、いろいろあるけれどそれだけじゃなくて、周りに馴染めないというか馴染みたくないというか、周りと違うからじゃなくて、とにかく馴染みたくないんだ飛び込みたくないんだという、自分から生み出してしまう「疎外感」。スキムにはそれが滲み出てる。それはやっぱり日系人だからかも知れないし、単なる反抗期なのかも知れないし、性格の問題なのかも知れないけれど、何かを大切にしているから、何かを大切にできる人間だけが、味わうことのできる「疎外感」。そういうものを強く感じた。

スキムと、スキムとはいろいろありつつやってきた友人のリサは、巻末、それぞれが何かを「愛」だと信じて変わっていく。その「過程」がまた切ない。

イグナッツ賞というのも初めて知ったので、この賞を受賞した作品を調べて読んでみようかな。作者のタマキ・ジュリアンとタマキ・マリコはそれぞれイラストレーターと小説家という、漫画家ではない人が初めてコミックを作ったというその経緯も惹かれた。「つくりあげる」という感触がすごい出てる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010/01/03

『グーグル時代の情報整理術』/ダグラス・C・メリル

4153200093 グーグル時代の情報整理術 (ハヤカワ新書juice)
Douglas C. Merrill
早川書房  2009-12

by G-Tools

 「この本の最大の要点は?」と聞かれたら、「整理ではなく検索する」ということになると思う。あるいは、「自分自身に最適なやり方を冷静に見極めろ」というメッセージ、ということになると思う。ただ、そこに辿り着くための説得力が半端じゃない。やっぱり、誰かの言葉に説得力を与えるのはコンテクスト。グーグルという時代の最先端で最高峰の会社のCIOを務めたキャリアが滲み出すものには心の底から敬服。

 何もかもが徹底的に理詰でかつ個人化が考え抜かれていて隅々まで役に立つんだけど、敢えてひとつだけ目から鱗だったことをあげるとすれば、ストレスに関する記述だ。本書のいろんなところで、ストレスがなぜ生まれて、それがなぜ人から気力を奪い、その結果どんな悪影響を及ぼすか、だからいかにストレスを生まないようにするべきか、というのが説明される。これは当たり前のことのようで僕には目から鱗だった。なぜなら、「ストレスなんかに負けない強靭な精神力を」「ストレスなんかに負けない体力づくりを」というような、ある意味日本的根性論主義精神主義のみで乗り切ろうとしていたからだ。僕はそういうのが大嫌いで、そういうのを否定してやってきたつもりだったのに、やっぱりそういうのにどっぷり使っていて、「極力ストレスを減らす」という発想ができていなかったのだ。「どうせがんばってもゼロにはできないんだから、負けない気力と体力を」みたいな発想になってた。間違ってはないけど、対処は他にもある。そう、「目標」を決めたら、方法はいくつも持っておこうと本書がいうように。 

 整理術としてだけでなく、「仕事にあたるスタンス」を学ぶ書として、あらゆる世代の人にお勧めできます。

p11「人間の短期記憶には、一度に五~九個の物事しか保持できない」
p16「自分自身を見つめなおしてみよう」
p36「物語を使って覚える場合は、情報を記憶する前に、そのデータをあとでどう利用するかを考えよう」
p48「産業革命は、一八世紀後半のイギリスに始まった」
p53「そのライフスタイルがすでに私たちの文化に深く刻み込まれているからだろう。これは「サティスファイス(満足化)の典型例)
p54「グローバル化は勤務時間を長引かせているだけだ」
p64「ところで、スキルと知識は別物だ」
p70「知識を独りで抱え込み、特別な知識があるのは自分だけだとまわりに見せ付けるために、がむしゃらに仕事をするよりも」
p89「恐怖こそ、何よりも無視すべき制約」
p93「病歴カードと医療委任状」
p127「ウェブのクローリング」
p136「site:」
p162「繰り返しの効果」
p177「忙しいときは、突然浮かんだアイデアや頭の片隅に引っかかっている疑問を紙に書き留めるようにしている」
p178「難しい物事を理解したりするときには、ポストイット・イーゼルパッドの巨大シートに書き出す」
p179「紙で作業することにより、コンピューター画面では見逃しがちな物事に気付くことができる」
 ・・・ペーパーレスだった某コンサルティング会社
p217「ラベル」
p253「文脈」
 ・・・ハイコンテクスト批判への批判
p284「文脈の変化を見越して、メモを取っておこう」
p297「つまるところ「仕事の時間を減らしたい」ということだ」
 ・・・ワークライフバランス
p300「ストレスがたまる原因のひとつは、九時から五時までだけではなく、それ以外の時間にも、仕事のメールへの返信など、何らかの作業をしているからだ。」
p308「私がロンドンで朝一番にするのは、メールの確認だ」
 …ネットネイティブの世代ではこうはいかないのでは?(当たり前すぎて効果薄では?)
p319「なぜだろう。思い付きもしなかったからだ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/12/31

『静人日記』/天童荒太

4163287205 静人日記
文藝春秋  2009-11-26


by G-Tools

 第140回直木賞受賞作『悼む人』を執筆するために、著者が主人公の静人となって三年間つけ続けた日記を元にした小説。

 『悼む人』は読んでないんだけど、なぜかこちらが先に気になって購入。『悼む人』を超える感動!と帯には書いてあるけど、読んでないので超えてるかどうかはわからない。わからないけど、日記形式というのが効果的でかなりずっしりと読ませられる小説だった。

 人は何のために生きるのか?とか、何が幸せなのか?とか、根源的な問いが頭を過ぎる。遣り切れない死を迎えた人の無念さは、残されたものが受け止めないといけない。近しい人は言うまでもなく受け止めさせらるし、受け止められないくらい受け止めさせられるので押しつぶされてしまうくらいだ。だから、その他の人が何を為すべきか?というのがこの世では大事になってくる。この世では、その他の人たちは、遣り切れない死を迎えた人の、生前の幸せな日々を自分の記憶の中に留めていつまでも生かしておくことが、その人の無念に対してできることではないか、そのように思い日々過ごすべきではないか、というのが静人が訴えかけてくることだと思う。そして、それには僕は全面的に賛成。

 その一方で、それは、「遣り切れない死」を迎えた人に対してだけなのか?という疑問が浮かぶ。本書の中では遣り切れない死に接することが多く、どちらかと言うと普通のことと思える老衰や病死があったかどうか、すぐに思い出せないのだけど、そういった多くの「普通」の亡くなり方に際しても、同じ姿勢であるべきではないのか。戦争で亡くなる方と、老衰で亡くなる方の間に、違いがあるのだろうか?あっていいのだろうか?この問題意識は、本書の中でも、ユーゴスラビアの大統領の話が引用されたりして深く掘り下げられ、静人は最後にひとつの結論に至る。

 「何をどう考えようと、人は自分の主観というものから逃れられないでしょう。であれば、自分なりの悼みを徹するように心がけたいと思いました。その代わり、自分以外の何ものかの欠落と結びついているかもしれないなどと、あやふやなことは申しません。自分のための悼みです。」

 自分のための悼み。この言葉を言い切るために費やされた時間。宣言すればそれが事実になる、というのではない言葉は、有限実行が褒め称えられるこの現代にも確かにあって、この言葉はその最たるものだと思う。ただひとつ静人の行動で同感できなかったのは遙香とのこと。『悼み』は自分のためであっても、まったくの個人に帰属させてしまっては、その悼みは悠久の時の流れの僅かな単発の出来事で終わってしまう。もっと時空を超える思想を描いてほしかった。そこまで拡張していくともはや宗教なのかも知れないけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/10/12

『Talking Rock ! 2009年 11月号』

B002PN201C Talking Rock ! (トーキング・ロック) 2009年 11月号 [雑誌]
トーキングロック  2009-10-05

by G-Tools

読みたかったのはザ・クロマニヨンズ…ではなくて、ザ・ピロウズの916武道館レポ!

レポートもさすがトーキング・ロック!というか吉川氏というか、愛情たっぷりのレポートで、MCがかなり正確に再現されてたと思う。ああいうの、ライターの人とかはレコーダー持込できるもんなんかな?もうちょっとページ数があってもいいのになーと思うけどそりゃ贅沢ってもんか。916の前後にピロウズ本とかthe pillows castとか、分量たっぷりの本を読み漁ってるので、916のレポートもどーんと長いのを読んで楽しみたいな~思い出に浸りたいな~という気持ちがあるんだろうな。

写真がよくって、特に、確か「Please Mr.Lostman」のときのだと思うんだけど、スクリーンのあの木がめっちゃ綺麗で!あの写真は見るだけですべてを思い出してうるっときます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/09/06

『Talking Rock ! (トーキング・ロック)2009ネン10ガツゴウゾウカン ザ・ピロウズ 2009年 10月号』

B002MQJDBC Talking Rock ! (トーキング・ロック)2009ネン10ガツゴウゾウカン ザ・ピロウズ 2009年 10月号 [雑誌]
トーキングロック  2009-09-05

by G-Tools

 『Lightning Runaway』を買い忘れ、失意の中『Talking Rock!』のブログを見てたらピロウズ特集号が出てることを(いまさら)知って慌てて購入。これも忘れてたら目も当てられん!

p10「自分に正直に曲を書いて、誰よりもピロウズが好きという人を今日もひとり、明日もひとりという感じで増やしてみせる!という気持ちがある。自分の能力と努力に見合った出会いをして行きたい そういう思いが今は強くあります。」

 いい言葉だなあ。「自分の能力と努力に見合った」これはすごくいい言葉だと思う。着実に前に進んでいくことが大事なんだと。

p20「なんでこれでOKテイクにしたんだろう?と思った瞬間があったりもして。その時に…すぐに合格点に達して満足しているベテランバンドって、実はヤバイ方向に行ってるんじゃないかなあと。」

 この自省の視点もすごいと思う。常にこうやって我が身を振り返り、おかしいと思ったところは修正していく。それと、仕事は徹底的にやるということ。僕も最近、時間がないことにかまけて、だいたいの及第点の提案書でお茶を濁すことが多い。自分が納得できる仕事をやらないと必ずしっぺ返しがくる。納得できる提案書を書くよう徹底的に時間を使おうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/08/23

『炎の経営者』/高杉良

4167753723 炎の経営者 (文春文庫)
文藝春秋  2009-05-08

by G-Tools

 日本触媒の創業者、八谷泰造を描くノンフィクション。

 一時期、日本触媒担当として出入りさせてもらってたことがあって、ちょうどビルの建替え時期でもあり、これまでの歴史を受け継ぎながら新しい段階に入ろうとされている空気が満ちていたことが思い出される。当時は自分のなすべき業務に精一杯で、日本触媒のバックグラウンドを学ぶ余裕がなく、当時この小説を読んでいたらまた仕事にも違った面白さがあっただろうなと後悔。常に関連するものを調べ、知る意欲が大切。

 「炎の経営者」とは大仰なタイトル、と思ったものの、掛け値なしに「炎の経営者」だと思える。乗るであろう電車にあたりをつけて、財界重鎮の永野重雄に直談判して出資を得る冒頭のエピソードで、八谷のバイタリティに引き込まれる。
 ソ連に技術輸出するをするあたり、技術輸出というビジネスの成り立ちがよく知らないものの、ソ連との交渉のシーンなんかは、現代にもそのまま通じる。というよりも、世界が未知だった時代の人のほうが、世界に打って出る意欲や度胸があったようにいつも思う。世界が身近になった今は、なんというか、消極的になってしまう気がする。

 この10年余り、自社が行うビジネスの内容なんたるかよりも、数字を扱えることが経営者に最優先のスキル、という風潮だったと思う。確かに、数字を読めなければ会社を潰すだけだけど、これまで目を瞑ってこられた、経営者の「人間性」「人格」というものが、けして軽視できない時代に改めて入ってきたんじゃないか?と、『炎の経営者』を読んで痛感。八谷は、「技術屋」「事務屋」と呼び分けていたが、知識まで縦割りにしてはいなかった。

続きを読む "『炎の経営者』/高杉良"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/03/07

『ノーと私』/デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガン

414005557X ノーと私
Delphine De Vigan 加藤 かおり
日本放送出版協会  2008-11

by G-Tools

 発表テーマに路上生活者を選んだ、飛び級で高校に通う13歳の「私」、ルーは同じ年くらいに見える路上生活者、ノーに声をかけた。

 まず僕は恥ずかしいことにフランスでホームレス問題がこんなに一般的なことだということを知らなかった。ヨーロッパの高失業率や若者の求職デモのニュースを見たことはあるものの、そしてホームレスの定義が野宿生活者だけではないという違いもあるものの、若い女性のホームレスがどうも珍しいことではない、という雰囲気が物語から読み取れ、驚くばかりだった。ホームレスの問題自体は、日本と類似しているところも多く、例えば「住所がなければ仕事もない」。戸籍制度の独自性などで、定住を社会的信用のひとつと見なすのは日本の特徴と勘違いしていたが、住所がなければ仕事もないのは欧州も同じのようだ。最近、BIG ISSUEを定期的に購入したりして、ホームレスという問題を知ってみようと努力していたところだけに(どちらかというと僕は少し前まで、ホームレスを努力不足の問題としか見れていなかった)、とてもいいタイミングでこの本に出会えた。

 でもこの本は、社会派小説などではない。ルーの「冒険譚」と言っていい、と思う。現代のハックルベリー・フィン。ルーは、ノーを家に連れて帰りたいと思い、両親を説得する。これが、フランスでなら有得ることなのかどうかは分からないけれど、日本ではおよそ考えられない。およそ考えられないところが、日本の問題の根深さでもある気がする。ルーは、自分の信念に従って行動する。夢を追い求める。そして、夢が現実に負けてしまう悲しみも経験する。フランスにおけるホームレス問題、という地域性とテーマを軸にしながら、少女が冒険の末に成長していく物語は、日本の物語でもおなじみの形式だ。

 ただ、物語の最後が大きく違う。一緒に家を出よう、一緒に船でアイルランドに行こう、と駅まで一緒に来たのに、ノーはルーを置き去りにする。その、(予感はしていた)悲しい別れのあと、独り家まで歩いて帰るルーは、俯かずこう思う。「私は成長していた。怖くはなかった」。そして、頑固で守旧的な教師の典型のように見えていたマラン先生は、ルーにこういうのだ。

 「あきらめるんじゃないぞ」

 最近の日本の物語は、何もかも「あるがまま」「自然がいい」と言わんばかりに、悲しい運命をただ情緒的に受け止めるばかりに流れていやしないだろうか?叙情は確かに素晴らしい日本の感性だけど、現実はもはやそれだけでは未来の情緒を失うところまで来てしまっている。「あるがまま」が「なすすべなく」とイコールになったとき、その先にあるのは退廃だろう。成長がなければ意味がないとは言わない。けれど、困難に流されるだけでなく乗り越えようとすることには意味があり、人間性の最も大事な何かであることは間違いないと思う。


 

 

続きを読む "『ノーと私』/デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガン"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/08/24

『堂島物語』/富樫倫太郎

4620107190 堂島物語
富樫 倫太郎
毎日新聞社  2007-12-15

by G-Tools

 埜登村という片田舎の生まれの少年・吉左が、大阪・堂島で大商人になるまでの立志伝。
 まず思うのは、歴史は繰り返されるということ。堂島の米市場を舞台に繰り広げられる商売や出来事は、そっくりそのまま現代でも起きていること。だから、やはり歴史を学ばなければならないのだと教えられた。商取引にはルールがあり規制があって、そのルールや規制が揺らいでいく流れは、歴史からいくらかは学ことができそうだ。
 しっかり舞台の書きこまれた時代小説だけど、それほど時代小説という印象はなくて、青少年向けの小説といってもいいと思う。商売には誠実さと聡明さが大切だということも、分かりやすく伝えてくれる。
 あと、堂島周辺の知名がたくさん出てくるので、普段自分が往来している場所がかつてどんなところだったのかが感じられて楽しい。土地にも隆盛はあるもので、やっぱりそういう歴史からの空気も持ってるんだなあと感動したりします。

続きを読む "『堂島物語』/富樫倫太郎"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/08/03

『田宮模型の仕事』/田宮俊作

4167257033 田宮模型の仕事 (文春文庫)
田宮 俊作
文藝春秋  2000-05

by G-Tools

 『蟹工船』なんかにハマるより、これを読むほうがよっぽど働くことにとって有意義じゃないかと思う。せっかくメモ用にした付箋を、入力して全部取った後で入力が飛んじゃってわからなくなってしまったけど、一か所焼きつくように覚えているのが、「商売になるから模型をやってるところと、模型が好きだからやっているところの違いを見せてやる」というくだり。好きなものを仕事にしている強さを見せつけられるし、もし好きなものを仕事にしていなくても、仕事に対してどう接するべきなのかを雄弁に物語ってくれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/04/26

『監査難民』/種村大基

4062820668 監査難民 (講談社BIZ)
種村 大基
講談社  2007-09-26

by G-Tools

 システム監査という分野を志しているので、『監査』に興味があり手に取った。最も興味深かったのは、 「『これだけの監査をやったのだから、粉飾を見抜けなくても当然です』と言い訳するための書類づくりに追われているだけじゃありませんか。」という会計士の発言の行だ。これは監査の世界だけではなく、現代の企業活動のあらゆるところで見られる症状だと思う。製造業でも、医療でも、はたまた行政でも、もちろん我々IT業界も。どうやって「自分たちの責任を回避するか」ということにばかり神経が行って、健全な創造的活動が減衰しているように感じる。如何に文書に残し、あるいは残さず、責任を回避するか。こんなことでは結局縮小均衡の道を辿るしかないと判っていながら、そうするしかないというジレンマに陥っている。
 もうひとつ我々IT業界で言えば、プロジェクトに関するリスクを極小化するためのPMOを設置する動きが広まったように、不正や不適切な活動を防止するためのシステムを組み入れているものの、その精神が健全に社内に浸透していないということだ。内部統制でも言われることだが、これらの取組が、営業現場にとっては「売上を阻害するようなくだらない規制」としか受け止められず、かたやPMO側は、急場しのぎで他業界から引き抜かれた法律専門家のような人間ばかりでIT知識やプロジェクト知識が不足しており、現場の実情が分からないまま業務を行うので、営業活動を遅延させ余計な業務を増やす要因となる。中央青山でいうところのRP業務の問題に近い。
 スピード化が進み、規模が拡大すれば、当然業務量が増え、それに押し潰される。勢い、より効率的に稼げる大企業のみと取引をするよう選別を進めるしかない。このジレンマを乗り越えるためには、従来以上の効率で業務を遂行できるような、技術の向上やITの導入を推進するしかないのだが、なぜか日本の現場ではこの当たり前の考え方が当たり前でないと決まっていることが多い。

続きを読む "『監査難民』/種村大基"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/02/11

『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』/竹中平蔵

4532352487 構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌
竹中 平蔵
日本経済新聞社  2006-12-21

by G-Tools

p13「大局判断を間違えないために細部を捨てる勇気は、まさにトップ・リーダーに求められる資質だ。真に腑に落ちたことだけを持ち帰る。」
p20「おそらく国民は、このような姿勢を直感的に感じ取り、小泉総理に対する大きな期待を形成していったのであろう。」
p60「「志を共有する専門家のネットワーク」(エピステミック・コミュニティ)」
p62「ここは、レトリックを巧みに駆使するしかない。私は「当面、不良債権処理に集中しなければならない。だからこの間、完全を期すためにペイオフ解禁を延期する」」
p64「権限の行使には厳格な規定があること、したがって、そのプロセス一つひとつを丁寧にクリアしていくことの必要性」
p68「大臣というのは病気になることが許されない。」
p75不良債権処理のポイント

①資産査定の厳格化のため、市場価格による算定を徹底させる
②大口債務者の債務者区分を統一させる(横串)
③銀行による自己査定と検査による査定の差を公表し、自己査定をより健全なものにする
④必要があれば公的資金を活用する用意があることを明確にし、さらに新たな公的資金についても検討する
⑤繰り延べ税金資産の計上を適正にする
⑥経営健全化計画が未達成な銀行に対しては業務改善命令を出す

p82「参院幹事長(当時)の青木幹雄氏がきっぱりと言った。「これでは選挙は戦えない。選挙の前に株を下げないでもらいたい」」
p91「私は、事務方に協力を求めながら、しかし自分自身が積極的に細部の議論に関与するよう努めた。多くの政治家や評論家は、こうしたレベルの議論になると、ほとんど無関心・無理解になる。」
p101「株式会社日本総合研究所の資産である。それによれば、金融再生プログラムによって発生する離職者数は、78万人から165万人に達するというものだった。・・・「試算には大きなバイアスがかかっており、信頼できません。不良債権処理をいやがる銀行の子会社の試算ですから、やむをえないんじゃないでしょうか」」
p129「栃木県選出の森山真弓前法務大臣から、「いま、栃木選出の国会議員が集まっている。ここに来て、状況を説明してもらいたい」」
p137「ダイエー問題で前向きな議論を進める産業再生機構に対し、経済産業省から露骨な圧力がかかり、これに講義して再生機構の幹部が辞表を提出する騒ぎになっている」
p139金融改革の教訓

①「戦略は細部に宿る」
②無謬性にこだわる官僚マインドが、いかに改革を阻む岩盤になっているか
  民間のプロフェッショナルにも、無謬性の問題が存在していた
③日本ではいまだに過去の政策と行政の総括が十分に行われていない

p156「郵政のそれぞれの事業(郵便、銀行、保険など)が自立すること、そのために分社化が必要だという点だった」
p187「法文にどのような書き方をするか、まさに戦略は細部に宿るのである。これまでは官僚がまんまと政治家の目をごまかしてきた手法を、我々は逆手に取って、抵抗勢力の反対をかわしていった。」
p192「大臣、気合いの勝負です。こういうときは怖い顔をして、徹底的に正論で戦って下さい」
p222「各方面から様々な要望が寄せられる中で、その中身は法案の内容に一切影響を与えないものにしなければならなかった。」
p228「要するに、対案なく批判するのはかくも簡単なことだった。」→永遠の真理・レッテル
p250「「政府部門の民間への委譲」「頑張りがいのある税制」「年金の抜本改革」「画期的な人材再教育」「地方財政の見直し」「特定財源の見直し」」
p254「第一は、「この国を変えるのは並大抵のことではない。世界的に見て普通のことが本当にこの国では容易に通用しない」」
p276「私は政界のドンと言われる人の志の大きさと人間の奥深さを、様々な形で学ばせてもらった。(山中貞則元通産大臣)」
p284「塩川財務大臣は、「諮問会議は具体的なことではなく方向について議論すべきだ」
p288「歳出削減は主計局の問題、減税は主税局の問題」
p304「与謝野大臣は、こうした様子を一切伝えていないことがわかった。」
p310「与謝野大臣も、谷垣大臣もこうした「堅実な前提」という言葉を多用した。しかし、これはおかしなレトリックだった。堅実の反対は放漫である。」
p315「しかし議論の取りまとめ段階で、進行役の与謝野大臣はなおも次のように主張したのである。「成長率と金利の組み合わせをどう見るかで、必要とな る収支改善努力が変わってくる。財政健全化を確実なものにするためには、ほぼプライマリーバランス2%以上の黒字を目標にすることが必要だということは、 概ね共通の認識ではなかったかと思う。」
p320地方財政政策パッケージ

①国と地方の役割分担を明確にするための「分権一括法」を制定すること
②交付税の配分を、面積や人口などわかりやすい客観基準に基づいて行うこと(新型交付税)
③地方行革の新指針を作ること
④不交付団体を画期的に(例えば人口一定規模以上の都市の半分に)増やすこと。またそのための税源委譲を行うこと
⑤自治体の責任を明確化するために再生型の破綻法制を制定すること
⑥地方債の自由化を進めること

p322「とりわけ、NTTの影響力は聞きしに勝るものがあった。まさに、与党と野党双方にである。」
p339「難しい問題を難しい問題として、まず社会全体で認識し直すことの必要性を感じているのである。」
p342「しかし、10キロ先ではなく「1メートル前進しなさい」「次は10メートル前進しなさい」と言われたら、抵抗するのは容易でなくなる。

続きを読む "『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』/竹中平蔵"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/01/02

『東京・地震・たんぽぽ』/豊島ミホ

4087753832 東京・地震・たんぽぽ
豊島 ミホ
集英社  2007-08

by G-Tools

 『檸檬のころ』より断然こちらがおもしろかったです。『檸檬のころ』はああいう空気というか雰囲気というかに共感できる経験がないとおもしろさ半減だとわかってるんですが、こちらは構成が抜群に練られてて面白いです。地震の混乱の中亡くなってしまうあきと純一の姉弟、子供と一緒に巻き込まれてしまう、育児に疲れ果てていた(でもブログは外面保ってマメに更新する)舞とその夫で仕事のできる(でも舞に困窮しきっている)康隆、その他いろんな立場の人々が大地震に遭って考えること・起きることが生生しく描かれます。
 地震の描写はそんなに多くないけれど、その瞬間その瞬間で人が何を思うのか?というところが丁寧に書かれていて一気に読んでしまいます。実際に阪神大震災やその他大地震に被災した方がどんなふうに読むのか感想を一度聞いてみたいです。

続きを読む "『東京・地震・たんぽぽ』/豊島ミホ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/06/17

『ナンバー9ドリーム』/デイヴィッド・ミッチェル

4105900595 ナンバー9ドリーム
デイヴィッド・ミッチェル 高吉 一郎
新潮社  2007-02-24

by G-Tools

 屋久島で育った詠爾が、まだ見ぬ父と会うため上京する。イギリス人作家が東京を舞台に書いた村上春樹的小説。

 話の筋があちらこちらに飛ぶし、語り口もトレインスポッティングみたいで洒脱でおもしろいんだけど、いかんせん長い!英語だと疾走感あるんだと思うんだけど、仮名漢字交じり日本語で見開き全部改行なしだと正直困惑する。本の厚さ以上に長く感じるし、名詞が重ねられて重厚な情報量であるところとか都会的なんだけど、ここってところでちょっと薄くなってしまってるところとかある。例えば、回天日記を素材とした章で、…

続きを読む "『ナンバー9ドリーム』/デイヴィッド・ミッチェル"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/17

『僕のなかの壊れていない部分』/白石一文

4334923631 僕のなかの壊れていない部分
白石 一文
光文社  2002-08

by G-Tools

 分かりきったことを何故聞くのだろうとか、分かってもらうために伝えることをなぜしないのだろうとか、自分の考えは自分で守る分には構わないけれど他人にまで強要するなとか、主人公の「僕」の考え方と自分が似てると思うところもあるけれど、大きく捉えるとこの主人公はどうしても「逃げてる」という印象が残っています。
 生と死と家庭について様々なトピックがあって、日々は繰り返しなのか積み重ねなのかという視点が交錯します。幼少の頃母親に捨てられ迷子で保護された際、何かを思い出さないと家に帰れないという不安と戦った経験から尋常ではない記憶力を持った主人公は、…

続きを読む "『僕のなかの壊れていない部分』/白石一文"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/05/16

『春のいそぎ』/立原正秋

4062753731 春のいそぎ
立原 正秋
講談社  2006-04-14

by G-Tools

 不破篤子・保江・数馬の兄弟のそれぞれの不倫愛憎劇。数馬は自分を捨てて資産家と結婚した敏江と、篤子は両家に嫁いでいながら起源寺の茶会で知り合った中畑と、保江は同じテレビ局に勤めている既婚のプロデューサーの高遠と。数馬は更に、資産家の妾の加代子とも関係を持っている。その発端となっているのは、昭和二十年、終戦の日の彼らの父の自決。
 終戦の自決と言っても、殊更にその意味を重く描かれてはいない。国に殉ずる思想に完全に囚われていた戦中の人であるという範囲を超えない。この事件が兄弟に破滅の思想を強く植えつけたというほどに色濃く言葉を重ねられてはないと思う。・・・

続きを読む "『春のいそぎ』/立原正秋"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/04

『両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム 』(寺山修司/新潮文庫)

両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム
寺山 修司

新潮社 1997-09
売り上げランキング : 23,782

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

続きを読む "『両手いっぱいの言葉―413のアフォリズム 』(寺山修司/新潮文庫)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『ベッカム すべては美しく勝つために』(David Beckham/PHP)

ベッカム すべては美しく勝つために
デイヴィッド ベッカム 東本 貢司

PHP研究所 2002-04-18
売り上げランキング : 321,928

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 ”すべては美しく勝つために”-このサブタイトルに強く惹かれた。高い理想を掲げ、誰にも文句の言えないパーフェクトな勝ち方を目指す志。そんなベッカムの精神理論を期待したのだが、さすがにそこまで明確に書かれてはいない。書かれているのは、ベッカムという一個人の割とありのままの心情の吐露だ。
 俄かサッカーファンの僕にとっては、FAカップやチャンピオンズリーグに始まる大会名とその権威や、入り乱れる選手名が判らず、どれほどの意味のあることなのか感じ取れない箇所は間々あった。それでも、ベッカムがどれだけ高い志を持って、高い理想を掲げて努力を積み重ねてきたかはひしひしと伝わってくる。いかに地に足をつけてフットボーラーとして歩んでいるかも。
 印象に残るのは、ワールドカップについて書かれた箇所で、何度も「国を代表している」と語られること。かつて何度も議論されてきてるけど、日本では「国を」という言い方が封じられて久しい。問題なのは「国を」ではなくて、「お国のために」という、絶対的なもののためにその他のものが犠牲になるシステムや精神だったはずなのに。XXのためにと言って何をやっても許される免罪符作りに精を出す気質だったはずなのに。スーパースターベッカムの言葉を聞いて、「国を代表している」という部分におや?と思う日本人は何人いるのだろう。そんなこと関係ないくらい、写真集の部分も出色のでき。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『白い犬とワルツを』(Terry Kay/新潮文庫)

白い犬とワルツを
テリー ケイ Terry Kay 兼武 進

新潮社 1998-02
売り上げランキング : 35,650

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 確かに爽やかだと思う。誠実な老人が最期まで背筋を正して生きていく姿は、世間や世界がどうあれなるべく誠実に生きていこうという気概を持たせてくれる。しかしやはり僕にはこの物語も、死を目前に控えたときの、気持ちの持ちようを知るための手立てだった。それが一番大きなテーマだった。
 サムのように、誠実で、気骨を持ち、包容力と寛容を持ち合わせるように努めれば、癌で余生一年と知ったとしても、あんなに毅然とそして従容と死を受け入れることができるのだろうか?彼の資質に程遠い僕が、長い年月をかけて彼の資質に仮に近づけたとしても、あんなふうに落ち着いた佇まいで死を迎えゆくことはできそうにない。これから癌による苦痛が日毎増えていき、モルヒネで抑えるしかないと判っていて、その苦痛に怯えないだけの精神力が僕に備わるとは到底思えない。
 白い犬の正体は、作者がこれ以上ないさじ加減でぼかしているこの小説の主題だが、正体はともかく、この白い犬が思い起こさせる何かが、死を正面から見据えても怯まない精神力を与えてくれる何かなんだろう。「それをある人は神と呼んだり、ある人は仏と呼んだり、、、」と何かを何かのままにするための記述方法はいくつもある。でも大事なのは「何か」を感じ取れることであって、「何か」の正体を明らかにすることではない。感じ取れさえすれば、正体はわからなくってもいいんだ。作者はそのために、必要以上とも思える登場人物やサブストーリーを巧みに駆使してぼかしているようにも思える。

続きを読む "『白い犬とワルツを』(Terry Kay/新潮文庫) "

| | コメント (0) | トラックバック (0)